第117話 森の中の門

 場所の目途はついた。

 ただ、そこまで歩いて行くのがしんどい。

 ユウキは、日本の地図の道路情報を今の地図に重ね合わせて表示させてみた。

 すると丁度その小道は、日本側では国道299号線とそこに接続する林道矢弓沢線に多くの部分が重なっている事が分かった。


 「地形が同じなら道を通すルートというのも大体同じ様な感じに成るんじゃないかな」

 「でも、川沿いの道はゲート開くの怖くない?」

 「大丈夫、今は異世界側の詳細な地図が有るからね」


 ユウキは、いきなり車道へ出て車に轢かれては堪らないので、ぎりぎり路肩に転移出来るような位置まで移動して、ゲートを開いた。


 「うわっ!」

 「きゃあっ!」


 落ちた。高低差が約3mは有ったみたいだ。

 山の中を通る道路は、結構山肌を削って、あまり急勾配こうばいに成らない様に作られている場合が多い。

 優輝とあきらは、偶々地面を多く削った場所でゲートを開いてしまった様だ。

 上から見た航空写真だけで位置を合わせたので、高さに違いが有る可能性を失念していた。

 だが、3mも落ちたと言ってもバリアが作動したので、もちろん怪我は無い。ちょっとびっくりしただけだ。


 二人は、道がカーブして見通しが悪そうな位置まで来ると、優輝がカーブの先まで行って車が来ていない事を確認し合図をして、あきらが路肩にストレージからベンツを取り出した。

 車に乗り込み、国道299号線を東方向へ進み、途中から林道へ入る。

 林道は成るべく環境を壊さない様に通されているので、地形に合わせてかなり曲がりくねっている。

 しかも、林道の制限速度は時速20kmなんだそうで、ちょっとスピードを出した自転車程度だ。

 工事車両が通るし、道幅も狭く曲がりくねっているので、これは仕方が無いだろう。


 先程違和感があるとマップにピンを立てた場所の近くまで進み、車を降りて車をストレージへ格納する。


 「左の山肌に低い擁壁が在るね。ちょっと削ってあるのかな…… 左の山側の斜面の続きがこう、右の崖側へ続いていると考えると……」

 「左側で1m位ね。出来るだけ右へ寄ってゲートを開けば何とかなりそうかな?」

 「うーん、まあ、開いてみるか」


 優輝がゲートを開き、直ぐに入らないで足でつついて向こう側に壁が在るかどうか確認してみると、大体50cm位の段差が在る事が分かった。


 「この程度なら乗り越えられるかな。あきら先に入って」


 優輝はあきらの尻を押しながら向こう側へ押し込むと、今度は向こう側からアキラに手を引っ張ってもらい、よいしょっと段差を乗り越えてゲートを潜った。


 「ふう、この辺りの筈だけど……」

 「実際に目で見ると、凄く分かり難いわね。ミバルお婆さんはどうやって見つけたのかな?」

 「虫や鳥なんかは人間とは違う紫外線が見えたり色域が広かったりするみたいだけど、高等動物の目はそんなに人間とは違わないと思うんだけど…… においかしら?」

 「でもさ、夜行性動物は人間よりも暗い所が見えたりするわけじゃない? 動物の特徴を持っている獣人は夜目が利いたりしてるのかも?」


 もう慣れたもので、意識しなくても性別が切り替わると、パッと言葉も男言葉女言葉にそれぞれ切り替わる様に成って来た様だ。


 「ユウキの今言った色覚で思い出したんだけど、高等動物でも色覚能力が違ったりする場合があるらしいんだ」


 人間の目は『RGB』の光の三原色で物の色を見ている。レッドグリーンブルーの三色である。

 よく、テレビの発色の仕組みと同じなんだと驚く人も居るのだが、それは逆で人間の目に合わせてテレビやモニターディスプレイが作られているのだ。

 RGBの三色の掛け合わせで人間が認識している全ての色を作り出す事が出来ている訳だ。


 ここで勘の良い方はお気付きかと思うが、この三色の中には黄色が無いのだ。

 つまり、人間は直接黄色という色を見る事が出来ない。

 え? 見えてるよと言われるかも知れないが、それは見えているのでは無く、頭の中で合成された色でしかない。

 RとGの二色を掛け合わせると、黄色として認識する様に脳が出来ているのだ。


 何故黄色に関してだけそんな事に成っているのか?

 太古の動物である恐竜は、実は『RYGB』の四原色で物を見ていたと言われている。

 しかし、恐竜が居た当時、人間等の哺乳類の祖先はネズミの様な小型の動物で、夜行性だったと言われている。

 恐竜の跋扈する時代は、捕食されない様に岩陰等に隠れながら大型獣の寝ている夜中にだけ行動していた。それが人間を含む哺乳類の祖先なのだ。

 だから、網膜の光の明るさを感じる桿体細胞の方が発達し、色を見分ける錐体細胞の方は徐々に退化して行ったと言われている。

 現在でも夜行性の動物は、二原色しか見えない二色型色覚で、光の明暗を見分ける方に特化した目をしている。

 しかし、更に昼光性へと進化した人間は、進化の過程でどうにか一色を取り戻し、三色型色覚を獲得する事に成功した。


 実際、恐竜の子孫だと言われる鳥は、今でも四原色で物を見ていると言う。

 しかし、哺乳類の中でも四原色の目は完全に退化した訳では無く、稀に先祖返りで黄色を見る錐体細胞を持っている人間が出現する事が有るのだそうだ。

 三色型色覚の普通の人間は百万色を見分けると言われているが、四色型色覚の持ち主はその百倍の一億色が見えていると言われている。


 そして、この四原色で物を見る事の出来る人間は、遺伝子中のX染色体の中に含まれる情報により発現するそうで、この能力を持つ者は殆どが女性で発現率は2~3%と言われる。

 それは、百人中二~三人は居る計算に成るのだが、未だ世界中で数人しか見つかっていない。


 また、他の研究では女性で50%、男性で8%持つという説も有るのだが、その真偽は不明である。

 というのも、現在の色覚検査ではこの四色型色覚の人間を見つけ出すのは非常に困難で、普通に色覚異常と判定されてしまうからなのだそうだ。

 何故そんな事に成るのかと言えば、見えない人間が見える人間を見つけるのは難しいの一言に尽きる。


 この様な言い方は語弊が有るかも知れないが、能力の低い者が能力の高い者を評価するのは困難なのだ。

 超能力や霊能力の類は、能力を持たない人間からしたら、盲目的に受け入れるか断固拒否するかの二択に成るしかない。

 事実、実際にそう成っている。


 しかし、優輝やあきらの場合は、幸いにも周囲に理解者が多くて事無きを得ている。

 こちらの世界は中世レベルなので迫害されてもおかしくは無いのだが、魔法の存在する世界なのでなんとか誤魔化しは効いている。

 日本側でも、そこが日本だったのが幸いしている様に思える。昔から現在に至るまで神仏を奉る文化が存在してるのだから。

 これが外国だったら迫害どころか火炙りに成っていてもおかしくは無かったかも知れない。

 尤も、優輝もあきらもロデムも、大人しく火炙りにされる様なタマでは無いが。



 話が盛大に脱線してしまったが、ミバルお婆さんは、魔女の張った結界を見たのか嗅いだのかは分からないが、とにかく見破ったのだろう。

 そして、魔女と出会った。


 見破った方法が、嗅いだ方だとお手上げだが、もし見た方だとすればユウキ達にも可能性が生まれる。

 マップで解像度の差が在る境界線の所まで行き、ロデムに貰った目で慎重に見てみる。


 「あ、なんか在るよここ」

 「どれどれ? あー…… くぐり戸?」


 それは、大きな門の横に付いている、通用口みたいな感じの扉だった。

 二人は少し下がって、その扉が在る周囲をもっと良く見て見た。

 すると、そのくぐり戸の周囲に大きな門扉が在るのが見えて来た。


 「なあんだ、ちゃんと大きな門が在るよ」

 「でも、呼び鈴的な物は無いんだよね」

 「どうしよう、勝手に開けて入っちゃって良いのかな?」

 「仕方無いでしょう。呼び鈴が無いんだから」


 二人は、門扉をギィッと開けて中へ入った。

 特に鍵は掛かっていなかった。


 中へ入ると、そこはまるで異空間の様だった。

 薄暗い森の中だった筈だが、そこはかなりの広さの空間で草花は咲き乱れ、真ん中に大きな池が在り、中程に島が浮かんでいる。

 そしてそこにいかにもな館が建っていた。

 後ろを振り返ると、広場の中に門だけがポツンと在るだけだ。


 「こういうのさ、どっかで見た事が有るよね」

 「うん、ファンタジー物でありがちな光景だよね」

 「ロデムの空間にもちょっと似てるかも」

 「ちょっとというか、そのものじゃない?」


 池のほとりまで行って、水に手を入れてみると、ちゃんと本当の水なのだ。


 「やるね」

 「かなりの実力の持ち主みたいだね」

 「でも、どうやってあの家まで行けば良いのかな?」

 「舟も無いし…… ちょっと待って、ああ、渡り廊下が在るわ」


 ユウキが指差す所を良く見ると、普通に見ればただ睡蓮の葉が水面に浮かんでいるだけの様に見えるのだが、実は桟橋の様な木の渡り廊下が島まで続いている。

 多分、その睡蓮の葉が、橋の掛かっている場所の目印なのだろう。

 二人はその橋を通って島に建っている館の所までやって来た。

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