第110話 宮内庁

 「あーすまんなぁ。まだ出来たばっかりの会社なんで社食は無いんじゃ。当分の間はお昼は弁当を持参するか、外へ食べに行ってもらえんかのう」

 「外へ、ですか?」


 とはいえ、この近辺は田舎の住宅と畑がまばらに入り混じった地帯で、外食出来るような店もあまり無い。

 電車で二駅程移動すればJRの大きな駅に出られるのだが、それでは昼休みが無くなってしまう。

 花子お婆ちゃんは、広い休憩室なら幾らでも用意出来るので、弁当持参でお願いするしか無いかなと考えていた。


 「近所のスーパーと繋げちゃう?」

 「だったら、何処かの巨大ショッピングモールとかに繋げちゃわない?」


 優輝とあきらがやって来て、そんな事を簡単に言う。

 確かに大きなショッピングモールやデパートの食堂街やフードコートなら、社食を用意するよりもメニューは豊富だし美味しい。ついでに買い物をして帰る事も出来るので便利かも知れない。


 という事で、新宿、池袋、越谷で果物の納入を契約したデパートやショッピングモールへそれぞれ交渉し、一般客があまり来ない搬入口近くの外壁の一部を借りる事にした。

 これは、元々それぞれのショッピングセンターやデパートへ果物を卸す通路として考えていた物なのだが、社員の食事や買い物用の通路としても利用すれば一石二鳥だと考えたのだ。

 この労働環境は好評で、社外からの取材の申し込み等も有り、徐々に知名度が上昇して行った。

 会社として順調に売り上げが伸びるなら規模を拡大する積りも有るし、問題点が出れば逐次対応して行く事にする。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 農業部門の会社立ち上げに忙しく動き回っていたら政府の方でも動きが有ったみたいで、優輝とあきらの管轄部署への引継ぎと顔合わせに来いと内調の麻野に呼ばれてしまった。

 場所は、皇居の坂下門を入ったすぐ目の前に在る宮内庁庁舎だ。

 優輝とあきらを担当するのは、宮内庁内部組織と言って、特別に編成された子組織みたいな所だ。

 今後は、新しい事をやろうとした場合の連絡や苦情等は全部こちらで受け付けるとの事だった。


 「じゃあ、そこの壁に通路の扉を付けて良い?」

 「えっ? 通路、ですか?」

 「うん、家からここへ来る為の拡張空間通路なんだけど、その出入り口のドア」

 「えっ? 部外者がいきなりここへ入って来るんですか? あ、部外者じゃないのか。えっとぉ、聞いてきます!」


 その職員さんは走って部屋を出て行ってしまった。


 「全く、あんな何も決められない様な下っ端にお前らを任せる積りなのか?」

 「私、麻野さんの方が良かったな。決断速くて」

 「済まないな。上の方で決めた事なんで」


 麻野はちょっと不安そうだ。

 そんな愚痴を言っていると、さっきの人が戻って来た。


 「正面玄関横なら構わないとの事です」

 「正面玄関横と言うのは、中ですか外ですか? 雨が降っていた場合とか中が良いんですけど」

 「聞いてきます!」

 「使えねー。何か聞く度にこんな伝言ゲームみたいな事に成るのか?」

 「機能してねえな。ちょっと言ってくるから、お前達一旦帰ってて良いぞ」

 「そうしようか?」

 「そうね、無駄足だったわ」


 何とも不安しか残らない顔合わせ? が済んで、二人は一時自宅へ帰る事に成った。

 翌々日の朝、新しく買い直したテーブルとカップでコーヒーを飲んで寛いでいたら、あきらの携帯へ麻野から連絡が有り、もう一度来てくれとの事だった。


 「何よもう! 来いって言ったり帰れって言ったり!」

 「まあまあ、俺達にとっては隣の部屋へ行く程度の労力でしかないんだから」


 怒るあきらとそれを宥める優輝。

 優輝は国の偉い人と会うのにそれ程免疫が有る訳では無いし、皇居の中と言うのは何かしら神聖なイメージを持っているのでちょっと緊張しているのだ。

 おおらかなのか、それとも権威に弱いのか、あきらはちょっと優輝のそんな所が心配だ。


 「まあ、来いと言うのなら行きますけどね」

 「麻野さんは親身に成って良くやってくれてるよ。そう膨れないで」

 「でも、若者の感覚とはちょっとずれている所が有るのよね」

 「じゃあロデム、ちょっと行って来るね」

 『いってらっしゃーい』


 ロデムに見送られ、ぶちぶち文句をいうあきらを宥めながら、優輝はあきらの背中を押して拡張空間へ入り、再び宮内庁の庁舎へ戻った。


 「「「一昨日は御無礼致しました!」」」


 空間から出た途端、ドアの前に整列していた職員に謝られてしまった。

 年上の大人達にこんなに丁寧に謝られてしまい、とても気まずい。


 「あっ、頭を上げて下さい。何とも思っていませんから」

 (流石だ……)


 優輝はあきらの変わり身の早さにちょっと尊敬の念を抱いた。

 あきらは大学時代に教授の学会出席に付いて行って見学したりパーティーに呼ばれたりしていたので、公式な場での処世術みたいな物は身に付いているのだろう。

 その点優輝はこういう場面では咄嗟に言葉が出ない様だ。


 「で、何で野木さんと三浦も居るの?」

 「俺は呼び捨てかよ!」

 「三浦はこちらへ出向に成ったんだよ」


 麻野が気不味きまずそうにそう言った。

 という事は、麻野と野木は出向では無いのだろうか?

 どうやら麻野は、あきらや優輝の事について一番良く知っている人物だという理由で、丁度良いという事でこの内部組織とやらの長官に抜擢されてしまったらしい。

 割と他の官僚にも睨みが効くので丁度良いとの事だった。

 野木は、情報分析のエキスパートなので麻野が引っこ抜いて来たそうだ。

 三浦は部署が手放なさなかったので、出向と言う形に落ち着いたらしい。

 それにしても、異常な程早く再編成されたものだと感心する。


 「でも、せっかくのキャリアが私達の事なんかで台無しに成ってしまうのは申し訳無いわ」

 「私はあきら様のお側に居られる事の方が嬉しいです!」

 (あきら様…… だと?)

 「俺は出向なので、あっちと掛け持ちだな」

 「向こうは内閣官房の内部組織、こっちは内閣府の独自機関。どっちも大差無いさ」


 内閣府は、内閣官房と連携して助けるという位置付けらしいが、宮内庁に限っては、天皇の政治利用は出来ないので、独自機関と成っている。

 以前は内閣府の外局と言う立場で、『宮中府中の別』という、政治や軍事には介入しないと言う原則の元に内閣の一部とはされなかった。

 現在では内閣府の独自機関とは成っているが、「宮中府中の別」の原則は生きており、外局では無く成ったが『外局等』と成っている。

 そして、新設されたこの組織は、宮内庁の内部組織ではあるという建前だが、完全に独立した外局なのだ。


 麻野は新組織の長官、野木は次官、三浦は出向職員という事らしい。それに宮内庁側から調整役として六人が来ている。

 どうやら一昨日までは、小さな内部組織として職員は何か有った場合に上部組織に報告して判断を仰ぐという事に成っていたそうだ。だからドアの設置程度の事で一々上へ聞きに行っていたのだ。

 それを見ていた麻野が、これじゃ全然機能しないと判断し、独自機関として更に独立させたらしい。

 その際に、だったらお前がやれよという事になって長官就任、その際に事情を知っている部下として野木と三浦を引っ張って来たらしい。

 二人共、元居た所よりも階級は上がっている。


 「つまりな、あっちよりも自由度が高いんだよ。上級官庁に縛られないからお前等の為にかなり融通してやれるぞ」

 「ふうん。じゃあ、連絡はいつも通り麻野さんで良いのね?」

 「そういう事だな」

 「分かったわ。優輝、お願い」

 「ああ。麻野さん、右腕出して貰えますか?」


 事前に二人で決めていたのだろう。あきらの合図に優輝は頷き、麻野の右手と握手する形で手を握り、左手の人差し指で肘の辺りから手の甲に掛けてなぞった。


 「う、うおおお!!」


 麻野は、電撃でも受けた様な感触を受けた。

 そして、ストレージから取り出した細長い木箱を麻野に手渡した。


 「これは?」

 「後で家に帰ってから開けて下さい。プレゼントです」

 「ああ、有難う!」


 「ところで、専用の部屋はあるの?」

 「それなんだが……」


 なにぶん急に新設された組織なので空き部屋が無いという事で、大部屋の一番奥の窓も無い一角をパーティションで仕切っただけのこじんまりした場所を宛がわれていた。

 それを見た優輝は、ちょっと怒っている様だった。


 「ふうん…… トイレからも遠いし、結構舐められている居る感じ? でも、窓が無いのは都合が良いや。拡張しちゃえ」


 優輝は、スマホを取り出すと、その宛がわれた一角の壁全面に大きな入り口を設置し、外局員九人に入出許可を与え、拡張空間へ一緒に入った。

 デフォルトで4m四方、天井高も4mの立方体なのだが、スマホでサイズを自由に設定出来る。

 取り敢えず、左右40m、奥行き100mに変更した。

 すると、まるでSF映画でも観ている様にドーンと奥の壁が遠のき、左右の壁もそれぞれ20m近くまで移動して広大な空間へと変わった。


 「「「おおー……」」」


 この様子を初めて見る局員からは感嘆の声が漏れた。


 「どうせなら二階建てにしちゃう?」


 優輝はそう言うと、同意も得ない内にスマホを操作すると、今度は天上が倍の高さまでドーンと上がり、外周に歩行ペデストリアンデッキを備えた吹き抜け二階建ての基地みたいな物が出来上がった。


 「ちょっと広すぎねーか? 職員は九人しか居ないんだぞ?」

 「これってあれでしょ? 映画のMIBの基地」

 「それをイメージしてみました」


 まあ確かに職員九人にこれは広すぎるので、二階部分は取り止めに成った。

 階段もデッキも消えて、天井がガクンと下がって来る。


 「次は内装スキンを張り付けます」


 天井の発光量75%、四面の壁の光量5%、環境光3%、床面の発光量2%、天井のテクスチャーは木目ルーバー、壁面は暖色系薄グレーの光沢無し、床は濃いめのグレーとブルーグレーのマーブル模様のフェルトの様な質感へ変更。

 実はスキンと言っても平面の画像では無く、三次元の立体スキンなのでちゃんと高さや厚み、そしてちゃんと質感も在るのだ。


 中で使う電源用に、ドラゴンズピーの製造工場に設置した物と同じサイズの永久電池エターナルバッテリーを四隅に設置。

 温度22℃、湿度50%、換気微風。


 何かが変わる度に、「おー」「おおー」と歓声が起こる。

 何事かと振り返ると、あいつら何かやってるぞと気が付いた他の部署の職員が仕事の手を止めて覗きにやって来ていた。

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