第122話 コヴォヴィマテリア商会
「楽しいねぇ、ホダカさんとこうやって野良仕事をするのは」
「そうですか? 足元を気を付けて下さいね」
二人は手を繋いで楽しそうに麦踏をしている最中だ。
ある程度成長した麦を踏んで刺激を与えると、強く育つのだ。
年に数回行われ、寒さや凍霜害にも強くなると言われている。
その場には他にノグリとワーシュと末っ子の男の子も居るのだが、ミバルお婆さんはそんな事は御構い無しの様だ。
未亡人だから恋愛は自由だとはいえ、自分達の母親が他の男にデレデレな様子を見せ付けられている状況はどんなもんなんだろう?
ユウキ達の用事も済み、後から追いかけて来たのだが、ポカーンとした表情のノグリやワーシュを見て、ちょっと苦笑いが出た。
「ごめんねー。うちのお爺ちゃんを連れて来たばっかりに」
「いやそれは良いんだけどさ、あんな母さんを見たのは初めてなんで俺は戸惑ってる」
「俺達を育てるのに相当苦労して来たんだから、俺は嬉しそうな母さんを見るのは嬉しいぜ? どこの馬の骨だってんなら俺も嫌だけど、大恩人のお前等の身内なら無下には出来ねーぜ」
「まあ、そう思ってくれているのなら良いのだけど、これで父親がまたどこかの国で生きてました、なんて事に成ったら面倒臭い事に成りそうだね」
「こらユウキ!
「あっ! やばっ!」
ノグリとワーシュと末っ子が二人を凝視していた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、ビベランのスケジュール調整も付いて、いよいよセンギ国へ向かう日が決まった。
ビベランにはお供にアデーラが付いて来るらしい。
空間通路を通ってあっという間にセンギ国の中央広場までやって来た。
これは一応不法入国に成るのだろうが、バレなければオッケーだ。
バレたらバレたでビベラン達だけは直ぐに逃がす段取りは出来ている。
中央広場から北の大通りを進み、最初の大きな交差点の角に在る、立派な店構えの建物がコヴォヴィマテリア商会の本店だ。
「はあー、立派な建物ねぇ。ま、うちも負けて無いけど」
ビベランは中々対抗意識が強い様だ。
「御免くださーい! ミバル商会から来ましたビベランと言います。店長さんはいらっしゃいます?」
「えっ? ミバ…… 商会? えっと、お約束はー……」
「あっ! この間のお姉さん! こんにちは!」
「えっ!? あっ!! しょ、少々お待ちください!」
その女性店員さんはやっと事態が飲み込めた様で、慌てて奥へ走って行った。
「店長! 店長! 探していたお客様がいらしてますー!」
「何!? 本当か! 今行く!!」
その呼び掛けに答え、奥から慌しい足音と共に立派な身なりの男が走って来た。
「さあさ、どうぞ奥へ! 君! お客様にお茶をお出しして!」
「あ、はい! ただ今!」
ユウキ達御一行は、奥の豪華な丁度を設えられた広い応接室へ通された。
多分そこは、商談用では無く賓客用の応接室なのだろう。
柔らかい染革のソファーは、ビベランの社長室のとどっちが豪華なのだろう?
ユウキがソファーの座り心地を確かめている様を見たビベランが、何故か勝ち誇った様な表情をした。
多分、ビベランの持っている物の方が高級なのだろう。
素人のユウキには違いが全く分からない。
部屋へ通されて直ぐに先程の店長ともう少しお歳を召した感じの男がやって来て挨拶をした。
もう一人の方は商会長だと名乗った。
「初めまして、私はコヴォヴィマテリア商会の会長を務めます、コヴォヴィと申します。こちらは当商会本店長のマルケスです」
「初めまして、本日はお招き頂き有難う御座います。私はミバル商会長代理のビベラン、そしてこの二人がうちの商会員のアキラとユウキです。お手紙では御用件を書いて頂けなかった様ですが、どういった御用で呼び付けられたのでしょうか? 店舗の修理費用が足りないというお話でしょうか?」
ビベランはちょっと怒っている様な喋り方をわざとしている。
笑顔だが、言葉に力を持たせているのだ。そういう性格なのか、商談のテクニックなのかはユウキ達には良く分からない。
言葉の端々に棘が有るがそれはわざとで、相手の出方を見る目的とマウントを取りに行っているのかも知れない。
コヴォヴィ会長は、相手が怒っている雰囲気を瞬時に察知し、弁明を始めた。
「勘違いをさせてしまった事は、誠に申し訳ありません。寧ろ逆にこちらが御代をお支払いしたいという話でして……」
「はあ…… ???」
コヴォヴィ会長と店長は、冷や汗を拭いながら頭を下げた。
ドンパチやる気満々だったビベランは、拍子抜けした感じだった。
「実は、折り入ってご相談が有るのです」
店長は、店の奥の部屋から剣を一振り持って来た。
その剣は、あの時ユウキが触って部屋を壊した例の剣だ。
ユウキはその剣を見た瞬間、『あっ』という声が出てしまった。
「どうしたの? この剣は、ミスリル無垢なんですか?」
「いえ、ミスリル無垢だと重すぎて実用には堪えません。鉄剣にミスリル張りなんですよ」
「それでもとってもお高そうな物ですが、これが?」
「ちょっと持って力を込めてみて貰えますか?」
「はあ……」
ビベランは立ち上がってその剣を手に取り、目の前にかざして魔力を通そうと力を込めてみた。
すると、誰の目で見ても分かる位に剣のブレードが輝き出した。
「これは……!」
「お分かり頂けましたでしょうか? ほぼ
「はあ、余程腕の良い鍛冶職人が打った物の様ですね」
ビベランは、魔力を止め、剣をテーブルの上に戻した。
「確かにそれを作った鍛冶師は腕の良い職人ですが、それでもミスリル張りという事を除けばうちに置いてある物の中では、中の上程度でしか無かったのです。こちらのお二方が来られるまでは」
「えーと、どういう事?」
ビベランがユウキとアキラの方を見た。
ユウキは顔を左右に振って分からないという意思表示をしたが、アキラにはピンと来るものがあった。
「ユウキが
「…… はい、私共もその様に考えております。これは重大な発見です」
つまり、ミスリル銀に強い
それは、
「これは重大な発見なのです。ですので、手紙に詳細を書く訳にもいかず、本来こちらから出向かなければ成らない所を、失礼とは知りつつ秘密を守る為にお呼び立てしてしまったという訳なのです」
コヴォヴィ会長は、真剣な面持ちでそう答えた。
つまり、公にはしたくない。うちとあなたの所だけで秘密にしたい。
ついては、得られる利益を折半したいという申し出の様だ。
国の上の方に知られたら、ちょこっと
しかしそこはビベランである。ニヤリと笑うと、スッと右手を出した。
コヴォヴィ会長も右手を出し、固い握手を交わした。
二人共悪い笑顔だ。まるで越後屋とお代官様の様だ。
「と、いうわけよ」
「どういうわけよ?」
「そういうことか」
ビベランが何か『してやったり』みたいな顔で言うが、ユウキには何が何だか分からない。アキラは何と無く理解した様だ。
その後、会長とビベランは何やら込み入った話をして、契約書を取り交わしていた。
「強化ミスリルに関する利益は全部あなた達の物よ」
「えっ? それじゃミバル商会としては何も儲からないのでは?」
「良いの良いの。こちらの商会と強いコネクションを結ぶ事が出来ればうちとしては大勝利なのよ」
ユウキ達の能力を売って中間手数料を取ればミバル商会もかなり儲かる筈なのだがビベランはそういう事はしない。
服屋のドーリスさんの時もそうだけど、商会員から利益を吸い上げる事はしない方針の様だ。
商会員が育って大きく成れば、それに伴って商会も大きくなるという考え方らしい。『ただし、裏切りは絶対に許さない』とはドーリスさんに言っていた。
あれは冗談では無く、本気なのだろう。
「今回は顔見せ程度の積りだったけど、契約はスムーズに済んだわ。今後は、コヴォヴィ商会の製品をうちでも取り扱うし、うちの商品もコヴォヴィで販売して貰える事に成ったの。今日、ミスリルの活性化出来るならお願いしても良いかしら? ギャランティは、月末に清算して支払うわ。現金が良ければそれでも良いけど」
「んーと、税金の計算が面倒臭いから月末に税引きでお願いします」
「了解。じゃあ、ちょこっとやっちゃって」
という訳で、
「刃物に加工済みの物をやると、また大変な事に成りそうなので、素材のインゴットを処理する感じで良いですか?」
「そうですね。その方が良いと思います。はい、素材はこちらです」
そこには大量のミスリルのインゴットが詰まれていた。
それだけで一体幾ら位の金額に成るのか、想像も出来ない。
何しろ、重量当たり金の数百倍の値段はするだろうという貴重な金属なのだ。
「じゃあ、全部は疲れるので、今はインゴット二つ分だけで良いですか?」
「はい、無理の無い範囲でお願いします」
そんな訳で、ユウキ達は月一位にセンギ国へ訪れてインゴット二つを処理するという仕事をする事に成った。
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