第123話 伝説の鍛冶師

 「これ、剣に加工済みの物を処理するとそんなに危ないものなの?」

 「うん、この薄い方向に魔力? が噴き出して、壁や天井を切ちゃった」

 「ふうん、ちょっと見て見たかったわね」

 「屋内だとヤバいかも」

 「私も直には見ていないので、少し興味が有りますね」


 ビベランはともかく、コヴォヴィ会長までそんな事を言う。

 仕方無いので広い裏庭へ出て見せてみる事にした。

 裏庭で剣を店長から受け取ると、皆から距離を取り、手に持った剣のブレードを垂直に立て剣先を上へ向けた。

 ブレードを寝かすと噴出したエネルギーが横方向に居る誰かに当たる可能性が有るからだ。

 ユウキは映画のスターウオーズのポスターみたいに剣を頭上に掲げ、剣にエネルギーを通してた。


 ブシューン! ……ブゥン、ブゥゥン……


 音もそれっぽい。

 剣のブレード横方向へは見た感じ50cm位、剣先の方向へは1m程も光の幕の様な物が噴き出している。

 見える範囲ではその位のサイズに剣が拡大した様に見えるのだが、光っている部分の更に外側がどの位の距離まで安全なのかは分からない。


 「こんな感じ」

 「まるで光線剣ライトサーベルみたい」

 「今はライトセーバーって言うんだよ」

 「古風な女で悪かったわね、あ、男か」

 「でもこの剣幅じゃ使い難いよね」


 ユウキがそう言った途端、光の噴出は横方向がすすっと狭まり、大体5cm位に、剣先方向は50cm位縮まった。

 その分、輝きは激しさを増した。


 「あ、この位なら使い易いよ」


 剣を軽く振ると、ブォン、ブォンと映画みたいな音がする。

 その時、ユウキが振った剣先の光が中庭に置いてある大きな庭石に触れてしまい、その石の角を15cm程切り取ってしまった。


 「あっ! ご、御免なさい!!」


 ユウキはそれが高価な庭石だったらどうしようと焦った。

 しかし、コヴォヴィ会長もビベランもポカーンとした顔をしている。

 やや間が有った後、急に電源スイッチが入ったかの様に大騒ぎに成った。

 それは、大事な庭石を傷付けてしまったからでは無く、剣の性能の方だ。


 「こ、こ、こりゃあ、なんて切れ味だ! それはミスリルの原石ですぞ!」

 「わた、私も初めて見たわよ! 石が野菜みたいに切断出来てしまうなんて!」


 あれ? イスカ国の武器屋では何度と無く見せてた様な気がするんだけど、そんなに驚く事だったのだろうか? とユウキは思った。


 「イスカの武器屋じゃ、アンビルや真鉄木なんかを何度も試し切りしてたけどなー……」

 「えっ? そうなの? 初めて聞いたわ」

 「このナイフとかマチェットとかを特注してるから、その試し切りでね」


 この国では魔法を見せても問題無さそうなので、ストレージからナイフとマチェットを出してそれを見せた。


 「刃先エッジの所だけに細ーくミスリルを張ってあるの」

 「なんと! こいつは凄い。いや、凄い技術です。これならかなりミスリルの消費を減らせるし、重量も軽減出来る。さぞ名の有る鍛冶職人なのでしょうな」

 「あの親方が? そうなの?」


 ビベランの方を見たら、外人みたいに両手を上げて、私分かりませーんみたいなポーズをしていた。


 「確かドワーフの名の有る職人だった筈よ。えーと、名前はなんて言ったかしらね。ドリンだかドラーンだったかしら……」

 「ドゥーリン!」

 「あ、そうそう! 確かそんな名前だわ」

 「なんと! 彼は今イスカに居るんですか!」


 聞くと、彼は以前にセンギ国に居た事があるそうで、そこに居た伝説の鍛冶師バヴォルの弟子に当たるのだそうだ。

 その伝説の鍛冶師というのは、コヴォヴィマテリア商会の前身である、小さな町の刀剣屋の所縁だったそうなのだけど、その彼は既にこの世には居ないそうなのだ。

 一番弟子のドゥーリンはその後何処かへ旅立ち、今の今迄行方知れずに成っていたという。


 「それがまさかイスカの様な田舎に居たとは……」

 「失礼しちゃうわね。ミバル商会の本拠地よ!」

 「これは御無礼しました。貴商会の本拠地はアサだとばかり」

 「まあ、本拠地と言っても、母が小さな雑貨屋をやっているだけなんですけどね」

 「そうでしたか。今度改めてご挨拶に伺いたいと思います。そのついでと言っては何ですが、ドゥーリンさんの工房をご紹介頂けないでしょうか?」

 「良いですよ。私のお得意様だし」

 「有難う御座います」


 ユウキは快諾した。

 コヴォヴィ会長は、ユウキの持っていたナイフとマチェットを縦にしたり横にしたり、目を近づけて刃先を確認したりしていた。

 そして、ナイフの柄を握り、魔力を通してみた。

 刃先が白く光るのが見える。

 この人はかなり魔力が強い様だ。

 そして、さっきの庭石の所まで行くと、まるで生ハムでも削ぎ切りにする様に硬いミスリルの原石を薄く切ってみせた。

 切り口は金属成分が多いのか、金属特有の光沢で光っている。


 「これは凄い! こ、これ、譲っては頂けないでしょうか!?」

 「えーと、それは特注品なのでー…… あ、さっきの処理前のミスリルのインゴット一つと交換なら良いですよ」

 「えっ」


 ヤバい、吹っ掛けすぎたかな? とユウキが思った瞬間、会長が口を開いた。


 「ほんとですか!? たったそれだけで譲っていただけるんですか!? 今取って参ります!」


 会長は工房の方へ走って行ってしまった。

 ユウキの気が変わらない内にと思ったのかも知れない。

 どうもこっちが考えている値段と向こうが考えている値段の乖離が大きい様に思える。


 「ビベラン、あのナイフの値段って幾ら位だと思う?」

 「さあ、私はナイフの目利きは出来ないけれど、金貨百枚位?」

 「じゃあ、ミスリルのインゴット一個は幾ら位するのかな?」

 「こっちは産地だから、私達の国で買うよりはかなり安いとは思うけど、それでも金の二百倍位はするんじゃないのかなぁ?」

 「だよねぇ、やっぱ……」


 ユウキはあのナイフを日本で一千万円で販売している。

 ビベランの見積もりでも、日本円で大体一千二百万円位だからほぼ近い。


 では、ミスリル銀のインゴットは一つ1kgだとするとその値段は?

 今の金相場で大体グラム七千円とした場合、金の1kgのインゴットは約七百万円。

 ミスリル銀は、イスカでは金の三百倍強、産地のセンギではその三分の二の値段だとした場合でも二百倍だから、約十四億円だ。

 しかし、こちらの世界では元素比率が違っている様で、金の価格は日本の三分の一位の感覚なのだ。

 実際、日本でも四十年位前は、グラム二千三百円程だった時代も有る。

 その値段で計算し直すと、四億六千万円となる。

 だとしても、ナイフとミスリルインゴットでは全然釣り合う金額では無い。

 コヴォヴィ会長は、あのナイフの価値を一体幾らに見積もったのだろうか?


 「あ、これ受け取ったらヤバいやつ? 取り込まれる?」

 「大丈夫よ。あなた達単独で交渉はさせないから。全て私が交渉窓口に成ります。ミバル商会うちの会員は、私が全力で守ります」

 「かっけえ!」

 「ビベラン姉さんイケメン!」


 そんな会話をしているとビベランとユウキとアキラは、マルケス店長に呼ばれ再び応接室へ戻った。

 応接室へ入ると、コヴォヴィ会長がテーブルの上にミスリル銀のインゴットを二つ置き、ニコニコ顔で三人が戻って来るのを待っていた。


 「では、これを……」


 ミスリル銀のインゴットをアキラとユウキの前へそれぞれ一つづつ押し出した。

 「あの、こんなに高価な物を二つも頂けません」

 「いえ、良いのです。あのナイフの代金としてはこれでも安い位です。どうぞお納め下さい」

 「意図をお話しください」


 会長はそう言うが、ビベランは言葉通りには受け取っていない様だ。


 「意図等は御座いません。このナイフはとても優れた物で、その対価に相応しい額の分をミスリルでお支払いしているだけです」


 会長の話を聞くと、このナイフと同等の物は、現在のコヴォヴィマテリア商会では作る事が出来ないという点。

 外に置いてあった庭石は、ミスリルの原石なのだが、大き過ぎて炉に入らない為止む無くあそこに置いてあった物だそうだ。

 砕こうにもハンマーもつるはしも受け付けない為、掘り出されたまま先代の頃からあそこに置きっぱなしなのだとか。


 それを加工可能な夢の道具が今正に目の前に在り、それが手に入ると成ればミスリルインゴット二つ分位お安い御用だと言う。


 「それだったら、あの剣でも良かったのでは?」

 「あの剣はミスリルの量が多い為魔力の消費が激しく、魔力の少ない職人には使い勝手が悪いのです。その点、このナイフは道具として扱うのに丁度良い大きさで、工場こうばで使うのにも都合が良いのです。そして、ここに使われているミスリルは、通常の物とは比べ物に成らない程の質の高い物の様です。その加工技術、ブレードのエッジにだけ細く繊細に張り付けられる技術、ナイフ自体の重量バランス、デザインの美しさ、どれを取っても特級品です! 素晴らしい!」


 べた褒めである。

 ミスリルは、アキラが持って来た日本製の合金で、ロデムも凄いと言っていた代物だ。

 多分そのせいも有って、魔力の少ない人でも扱えるのだろう。

 ドゥーリン親方とのコネクションと、ユウキとアキラのミスリル銀活性化技術、それら全部をひっくるめて会長は未来を買ったという事なのかも知れない。


 「工場こうばには魔力を持った人は他に何人居るんですか?」

 「私の他にだと…… 一、二ぃ…… 四人程ですかな」


 会長はやや上を見上げながら指折り数えてからそう言った。


 「では、後四本差し上げます。これで貸し借り無しです」

 「いやしかしそれでは……」

 「ドゥーリン親方への紹介と、インゴットの活性化は勿論引き受けますよ」

 「そうか! ありがとう!」


 両商会、皆それぞれが固い握手を交わした。

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