第92話 工場完成

 「ミスリルナイフとか、永久電池エターナルバッテリーとか、兄妹だけで経営してるんじゃないかとか、とにかく謎の多い会社で……」


 沢田は興奮気味に話す。

 高田も、永久電池エターナルバッテリーの話は聞いた事が有った。

 もしそんな物が本当にあるのなら、エネルギー問題なんて一気に解決するじゃないか、嘘臭い。

 そう思っていた。しかし……


 「こんなのを見せられたら信じるしか無いよなぁ……」


 建物の外観は、プレハブ小屋程度の大きさの窓も無いドアが一つ付いただけのコンクリートの立方体だ。

 しかし、中へ入れば体育館程の広さの空間に成っている。

 信じ難い、しかし、信じるしか無い。


 しかし、このお婆さんは一体何者なのだ?

 高田は疑問に思った。

 どう見てもごく普通の農家のお婆ちゃんにしか見えない。


 「あのう……」

 「ああ、申し遅れましたのぅ、あたしはここの地主で、異世界堂本舗の役員じゃよ」

 「やっぱり!」

 (ははあ、この人がこの謎の会社の黒幕なんだな。ただの農家の婆さんの振りをして、実は…… ってところか)


 沢田は、自分の予想が当たった事に喜んでいたが、高田は花子お婆ちゃんをこの会社の実権を握る大物だと勘違いした。

 ここは是非コネクションを築いておくに限ると思った高田は、恭しく名刺を差し出し、自分の名前を強調した。


 「高田たかださん?」

 「『たかた』と申します。濁点が無いんです」

 「ああ、通販会社でそういう人おったね。九州の方の人なのかい?」

 「良くご存じで、お見知り置きを」


 男は名前を印象付ける事に成功したと、心の中でガッツポーズをした。

 男達は、建物の内部を測量し、図面を引いてまたお伺いしますと言って帰って行った。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 会社に戻ったその男は、早速『異世界堂本舗』なる謎の会社を調べ始めた。

 法人登録してあるなら、ある程度の事は分かる筈。

 ウェブサイトに記載されている法人番号を使って検索してみると、いろいろと情報を取得出来る。


 「何々、異世界堂本舗、合同会社として法人登録されているのか。役員数三人、社員ゼロ、会社評価額約1800億ぅ!?」


 たった三人の会社で会社設立から間も無いのに? 民間調査会社の査定で、しかも現在の売り上げからの予想でしか無いのだが、その1800億円という数字に驚いて、思わず声を上げてしまった。

 その声を聞きつけた沢田が近寄って来た。


 「高田たかたさん、異世界堂本舗を調べていたんですか?」

 「あ、うん。一応あちらさんの財務状態とか確認しておかなくてはな」

 「分かります分かります。僕も以前にこの会社の事を調べましたから。色々怪しいっていうか、不思議なんですよね」

 「やっぱりそうか、それで何か分かったのか?」

 「ミスリルナイフ一本一千万円って、冗談かと思うでしょう? で、これ」


 購入者のレビュー動画を見せる。


 「マジかよこれ」

 「そして、永久電池がこれ」

 「うおお」

 「未確認ですがこの永久電池は、その大型版が自衛隊に納入されるという話もあります」

 「そして、この地方新聞のニュースなのですが、『ドラゴンズピー』とかいう謎の害獣避け剤のニュースが数日前に小さく掲載されていて、これも関係有るんじゃないかと」

 「お前よくこんな小さな地方ニュース見付けて来れたな?」

 「そして、今日のあの工場ですよ。あの時先輩も感覚麻痺しちゃってたみたいだけど、どう考えてもおかしいですよね?」

 「ああ、なんかだまし絵とかエッシャーの画集でも見ている様な気分に成ってたな」

 「僕はね、あのお婆さんの正体は大体想像が付いているんですよ」

 「本当か!? 何なんだ!」

 「宇宙人です」


 高田たかたは、ガタンと椅子から滑り落ちた。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 数日後、高田たかたと沢田は花子お婆ちゃんの家を訪ねていた。

 今日は優輝とあきらも同席している。

 和室の大きなテーブルの上に図面が広げられ、三人は説明を受ける。


 そのオートメーションの機械は、まるでし尿処理の浄化設備の様にも見えるし、野菜ジュースか何かの製造ラインの様にも見える。

 何を作るのかは両者の間で機密扱いとなる契約書を交わす。

 ここで特注で作られた機械のノウハウも流出禁止だ。

 何故なら、ある会社がある画期的な商品を開発したとする。それの製造機器を請け負った会社がライバル会社へ同じ機械を販売してしまったら、特許も企業秘密もあったもんじゃないからだ。

 昔はそう言った契約は暗黙の了承だったのだが、製造機器メーカーからの流出が大問題となり、今では契約でガチガチに守られるように成っている。


 「この、ドラゴンズピーと肥料ペレットの製造ラインですが、こちらの別室に在るコンピューター制御の液晶パネルで濃度をコントロール出来る様に成っています。そして、二つ目のラインをここに設置します」

 「この二つ目は何でこんなに曲げて設置するんじゃ?」

 「それはですね、工場の奥行きの問題で、こうしないとレイアウト出来ない為……」

 「なあんだ、そんな事なら言ってくれればこっちで調節したのに。最初にこの広さで大丈夫か聞いたじゃろう」

 「は? え?」

 「広さなんて自由に変えられるんじゃから、同じ物を平行に並べてくれてええんよ」

 「え? あ、そうなんですか? でしたら、設置費も幾らか節約出来そうです……」


 普通の打ち合わせとは全然違う流れに、高田たかたは戸惑ってしまった。

 優輝とあきらと沢田は、当然だろうと言う様にうんうん頷いていた。


 「何でお前がそっち側で頷いているんだよ」


 この面子めんつの中で混乱しているのは自分だけかよと、高田たかたは当然の様に優輝とあきらの側に居る沢田を睨んだ。


 いざ工事が始まると、幾つか問題点が浮き彫りに成った。

 それは、水道が無い事、下水も無い事、床にアンカーを打てないという事。

 電源は有った。建屋の隅っこに謎の四角い箱が在り、そこから電気を取り出せるらしい。

 沢田は、『これが永久電池という物なんですかねえ?』と色々な角度から眺めたり写真を写したりしていた。

 高田たかたは、企業秘密やセキュリティ上の問題有りと思い、沢田に注意しようとしたのだが、お婆さんに良いよ良いよと言われてしまった。


 水は、壁のパイプから必要な量を幾らでも取れるとの事。

 排水は、床の穴に落とし込めば良いと言われた。

 半信半疑なのだが、壁のパイプからは本当に水が出るし、床の穴に水を流しても特に溢れて来る気配も無い。

 高田たかたは、これ絶対に上水道にも下水道にも繋がって無いんだろうなと思った。


 床にアンカーボルトを打てない件は、床上に耐震ゴムを噛ませたコンクリート床スラブを設置する事で解決した。

 配管や電線もその下を通せるので却って都合が良かったかも知れない。


 完成の日に成って、最終動作確認の為に工場を訪れた高田たかたと沢田は、驚いた。

 最初の一つは、『あれ?入り口の扉ってこんなのだったっけ?』というもの。

 確か最初に来た時は、団地の玄関ドアっぽかった気がしたのだが、今はシャッター付きの搬出入口みたいに成っている。

 そして、中に入って見ると、なんか工場内の空間が普通の工場っぽく成っている。

 以前は、灰色一色のただ四角いだけの空間だったのに、天井も壁もそれっぽく成っているのだ。

 そして、以前には無かった制御室みたいなものが入り口ドアの横に出来ている。

 ただ、腹立たしいのは、これに驚いているのが自分一人で、隣に居る沢田は『知ってた』とでもいう様にウンウンと満足げに頷いている事だ。

 高田たかたはもう、つっこむのは諦めた。

 何だか、この状況に慣れてしまって、驚くと言う感情が段々と希薄に成って来ている様に感じる。


 その翌日から工場は稼働を開始し、害獣忌避剤『ドラゴンズピー』と肥料『竜糞』の製造が開始される。

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