第91話 オートメーション

 「花ぢゃん!」

 「あら、みっちゃんどうしたの?」

 「どうすたもこったもねよ、花ぢゃん」


 花子お婆ちゃんは、田舎の農家の知り合いと言っていたが、実は、みっちゃん花ちゃんの間柄の様だ。


 「わんつか花ぢゃん! あのドラゴンズピーなんだげど!」

 「あらどうしたの? 効果無かったの?」

 「いえ、どったにおいがするんだびょんと思って、原液の栓抜いだっきゃ、うぢの飼い犬どちゃぺ(猫)が泡吹いでひっくり返ってまって」

 「おや大変、大丈夫だったかい?」

 「それはいのだばって、直ぐに栓閉めで換気すたっきゃまなぐ覚ますたはんで。でもあの瓶見へるど怯える様さ成ってまったよ」

 「そりゃぁ可哀そうな事をしちまったなぁ」

 「そえで原液はおっかなぇはんで、納屋の方さ隠すてまって、十倍薄めだ方ば畑の回りにわんつか撒いだんだ」

 「うん、効果有ったかい?」

 「あれでもまだ濃ぇみだいでさ、近所のペット怯えるっていうんで、もっと薄めでみでらんだよ」

 「十倍でも濃いかえ。こりゃ困ったな。理想的にゃ数メートル位まで近寄ったら嫌がって逃げる位が丁度良いんだけど」

 「んだの」

 「仕事増やしちまって申し訳無いんだがの、適切な濃度を割り出してもらえんだろうか? 報酬は直ぐに振り込むよ」

 「わがったよ、やってみるよ」


 そこから二日後、再び電話が掛かって来た。


 「花ぢゃん! 花ぢゃん!」

 「どうしたの、みっちゃん。濃度分かった?」

 「どうもこうも無ぇじゃ! なんだいあの大金は!」

 「足りないかい?」

 「わんつか、馬鹿しゃべってんでねじゃ! 多過ぎだよ!」

 「商品の開発費と、ご近所さんにも迷惑かけちまってるからね。その迷惑料も込みで色を付けておいたよ」

 「わんつか! あった大金受げ取れねよ」

 「大丈夫、うちの会社の方針だから。貴重な時間と手間を掛けてくれた人には、ちゃんと報酬を出す会社なんだよ」

 「そう、なのかい? 何だか申し訳無いよ」

 「いいからいいから、受け取って下さい。引き続きテストお願いね」


 農業部門は花子お婆ちゃんが社長なので、報酬関係は予算の中から割と柔軟に運用して良い事に成っている。

 今の所一番売り上げを上げているのはあきらで、無限電源装置インフィニティリアクターの売り上げで断トツの一位だ。

 次が優輝のミスリルナイフで、数億の売り上げになる。

 でも、伸びしろが一番大きいのは花子お婆ちゃんの農業部門で、拡張空間農場の可能性はそれこそ無限大に思える。


 異世界側での利益は、こっちの世界へは持ち込まない事にした。

 それぞれの世界で稼いだお金は、その世界へ還元すべきだという方針にしたからだ。

 こっちの世界の利益程では無いが、異世界側でも結構稼いでいる方だと思う。そこそこ裕福に暮らせる位の収入は有るのだ。

 それというのも、ミバル商会へ加入出来たのが大きいのかもしれない。

 商会がバックに付いたおかげで、ユウキ達のアイデアは順調に成果を上げているのだ。個人でやっていたら、こうは上手く行かなかっただろう。


 数日後、再再度電話が掛かって来た。


 「花ぢゃん」

 「みっちゃん、濃度分かった?」

 「えーどね、メールでデータ送ったはんでそれ見でけ」

 「分かったよ。えーと…… なんね! みっちゃん! えろう細かいデータでねぇ? あたしゃパーセントで言われてもようけ分からんよ」

 「うん、それは若ぇ子さ見で貰って。実はわーも良ぐはわがねのよ。あまりにも報酬多ぇはんで、家族総出で農協も巻ぎ込んでデータ取りすたのよ」

 「あれま、それは申し訳無かったね。あの子達も喜ぶよ」

 「そえでね、花ぢゃん」

 「なんね?」

 「あれうぢの農協さ卸せねがって聞がぃだんだげど」

 「まだ商品化して無いんだけど、聞いてみるね。それと、残ったやつは好きに使っちゃって良いからね」

 「わがった。いおべさせ待ってらおん」(わかった。良い知らせを待ってるよ)


 電話を切った後、花子お婆ちゃんは直ぐに向こうの世界に居るユウキへ電話を掛けて結果を報告した。

 そして、メールをユウキとあきらのスマホに転送した。

 すると、直ぐにユウキからテレビ電話が掛かって来た。フェースタイムのグループ通話だ。


 ユウキ:「お婆ちゃん、メール見たよ!」

 あきら:「私も見ました。凄いですね、この精密なデータ、そしてこのサンプル量」

 ロデム:『ボクも見たよ』

 花子:「みっちゃん一家と農協も手伝ってくれたそうだよ」

 ロデム:『濃度は大体4%というところだね。そちらの世界の動物は、こちらの世界より平和な世界で暮らしているからか、恐怖耐性が低いのかも知れないね』

 あきら:「多分ね。圧倒的な上位捕食者なんて想像も出来ないでしょうから」

 ユウキ:「こんなに薄くて良いなら、かなり量産出来るよ」

 花子:「それでね、向こうの農協に卸せないかって聞かれたんだけど」

 ユウキ:「すごいね、もう商談迄決まったんだ!」

 花子:「いや、そう聞かれただけで、まだ商品化もしてないだろう? 相談してから決めるって言っておいたよ」

 あきら:「良いんじゃないかな。販売価格決めちゃっても」

 ユウキ:「えーと、オオカミの尿は200ccで大体六千円位らしい」

 あきら:「じゃあ、ドラゴンズピーは原液100ccで二万円位でどうかしら?」

 ユウキ:「えっ? 高くない?」

 あきら:「計算してみて」

 ユウキ:「25倍に薄めるから、2.5Lで二万円とすると、100cc八百円か! 200ccでも千六百円だ」

 あきら:「そう、全然安いでしょう?」


 ただし、花子お婆ちゃんの聞いた話からすると、各農家さんの自宅での希釈はペットやご近所さんへの事故が起こる予感しかしないので、薄めた物を200cc単位で販売しようという事に決まりかけたのだが……


 「ちょっとまったぁー!」


 ユウキから待ったがかかった。


 「いや待って! そのうんこをタライでぐるぐる掻き混ぜたり、チマチマ小瓶に小分けしたりする仕事は、私がやるんだよね? 何十本も何百本も」

 「「『あー……』」」


 誰がそれをやるのかまでは考えていなかった。

 あきらも花子お婆ちゃんも自分の仕事が他に有るんだから、当然それをやるのはユウキという事に成りそうだ。

 ユウキとしては断固それには反対したい。うんこ汁を小瓶に何十本も何百本も小分けする作業なんて絶対にしたくない。


 「まあ、言われてみればそうね」

 「でしょでしょ? 何の罰ゲームだよ!」

 「オートメーション化出来れば良いんだけど…… ちょっとそういう機械を作っている所に問い合わせてみるわ」


 あきらからの連絡が来るの待ちで、少しの間ペンディングとなった。

 しかし、ペンディング時間はほんの一時間程度だった。直ぐにあきらから折り返し電話が掛かって来た。


 「OKよ。廃棄物処理のオートメーション機械という事で、オーダーメイドして貰える事に成ったわ」

 「早かったね」

 「現金一括でと言ったら即OKに成ったわ」

 「うーんこの、札束で頬をひっぱたくみたいな感じ」

 「いやいや人聞きの悪い。現金で支払いしてくれるお客は上客なのよ? またお世話に成るかも知れないのだから、コネ作って置いて損は無いと向こうは思う筈でしょう?」


 あきらの経営者としての資質が留まる事を知らない。

 オートメーションのシステムとしてはこうだ。

 ドラゴンの糞を入れるとその重量を計り、その3倍の水を加えて撹拌する。それを第一沈殿槽に流し、上から強力な紫外線ライトを当てながら上澄みを第二沈殿槽、第三沈殿槽と順番に流して、最後はフィルターで漉して、原液が完成。

 それを瓶詰めしてラベルを貼って、ダース単位で箱詰めして異世界側へ出荷する。

 日本側用は、原液の一部を別工程へ流し、更に25倍に薄めて瓶詰めするという流れだ。


 だから正確には日本側用の物は、25倍じゃなくて75倍希釈という事に成るのだろう。

 かなりコスパが良い商品だと思う。


 残った固形分は、別工程の機械へ回し、ペレット状に加工して20kg単位で袋詰めして、こちらも肥料として出荷する。ただしこちらは異世界のみでの販売。理由は、前にも言った通り人骨が出る可能性が有るから。


 工場は、花子お婆ちゃん所有の放棄された畑に建設する事に成った。そこは、僅か四坪程度の売れない土地なのだ。

 例によって宅地造成や道路拡張で細切れにされて残った変形地で、普通なら本当に利用価値が無い。

 通常であれば、そのまま自分の所有にしていると永久に税金を払わなければ成らなくなってしまうので、市町村へ譲渡する事に成る様な土地だ。

 しかし、異世界堂本舗には拡張空間が有るので、土地の形も面積も関係無い。

 その土地にプレハブ小屋程度の大きさのコンクリートの箱を設置し、その壁に拡張空間への入り口を設置するだけなのだから。


 オートメーション機器を設置しに下見に来た業者は、そのあまりにも小さな小屋を見て愕然とした表情をした。

 こんな小さな小屋に入れられる機械なんてたかが知れている。

 こりゃあ、からかわれたかなと思いながら、お婆さんの後に続いてドアを潜ると、そこには市民体育館程もの空間が広がっていた。


 「どうですかな? これで広さは足りますかな?」

 「こりゃあ、一体……」

 「やっぱりそうか!」


 茫然とする中年の技師に、若手の社員が叫んだ。


 「異世界堂本舗ですよ、異世界堂本舗! 本当に存在していたんだ!」

 「おい、どういう事だよ? 何を知っているんだ?」


 高田と名乗る中年の技師は、はしゃぐ若い新入社員の沢田に尋ねた。

 沢田は、スマホを操作し、ある動画を見せて興奮気味に言った。


 「ここ、凄く話題に成っているんです!」

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