第90話 ドラゴンズピー

 ユウ国があまり裕福では無いのには理由が有る。

 防衛の要である為に、生産よりも軍事の方に力が入っているのだ。

 生産収入が少ない為に、借金も多い。

 結果として国民の生活にしわ寄せが来ている。

 こちらの世界での生産と言えば、主に農業、漁業、鉱業なのだが、地理的にユウ国では農業しか有り得ない。川魚は個人が捕る程度で、産業としては成り立っていない。

 しかも、こちらの世界では農業の知識が原始的な上害獣が多く、何かを作っても直ぐに荒らされてしまう。

 畑は町の外に作るしかないので、そこへ行くのにも危険が伴うという訳だ。

 害獣対策は急務と言える。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ユウキとアキラとホダカ、ミバルとノグリと末っ子の男の子の六人は、町と例の関所の村の間に在る広大な荒れ地の前に立って居た。


 「ここら一帯を買い上げたよ。ここで大規模農園を作るよ!」

 「一体いくら使ったんだよ?」

 「なあに、捨てられた農地と森だ、格安だったよ。それに、新たに開墾した分は全部あたし達の物に成るからね」

 「マジかよ。これだけの広さの農地が全部俺達の物に成るのかよ」


 そこは結構な広さの農地跡なのだが、前にも言った様に連作障害の理屈等はこちらの世界の人は理解していない。

 広いと言っても、実稼働するのは三分の一で、次の年にはその隣の三分の一、さらにその次の年にはまた隣と言う風に、グルグル回して使っている。畑を休ませると作物はまた育つ様に成ると言うのは経験的に知っている為なのだ。

 とても効率の悪いやり方な上、広い割には作付面積は三分の一しか無いので、生産効率が極端に悪い。

 害獣に荒らされまくるし下手をすると作物が全滅してしまい、その年は無収入なんて事もざらにあった。

 そう言った理由で農業をやる奴は馬鹿だとユウ国では思われている始末なのだ。


 そこへあの畑を買いたいと言う余所者が現れた。

 農地の地主は大喜びで売り払った。

 あんな二束三文どころかマイナスの価値しかない農地を欲しがるなんて、余所者を騙している様で心が少し傷んだそうだ。

 そして、『何も知らないで、農業を甘く見ていると大けがするぞ』と内心思ったと後に語った。


 「さて、これからここを耕さないと成らないんだが……」

 「それなら任せてくれ。俺とこいつとワーシュも引っ張って来てやっつけちまうからよ」


 五日位時間をくれと言うので、五日後に再び集合する事にした。


 「うん、良い感じに耕せているね」

 「そうだろうそうだろう。皆頑張ったもんな」

 「うん!」

 「軍隊に居た頃には穴掘りなんて毎日やってたからな。この位朝飯前よ」


 なんかノグリが良い顔してる。野良仕事に向いてるのかも知れない。


 「では、植える植物を発表します。これです」


 ホダカお爺ちゃんが持って来たのは、麻袋に入った小麦だった。

 既に水につけて発芽状態にしてある。

 それをホダカお爺ちゃんの指導で線状に蒔いて行く。


 「こんなに間隔開けるの?」

 「そう、小麦の収穫時期が近く成ったらその間に大豆を植えるんじゃよ」

 「何故そんな事をするんです?」

 「豆類を植えるとな、根粒菌が窒素を固定してくれるんじゃよ。窒素と言うのは、植物の栄養の事なんじゃ」

 「そう、それに加えて、ドラゴンの糞のブロックを砕いて土に混ぜ込めば、リンも補えると言う訳。リンも植物の栄養素なんだよ」

 「そして、都合の良い事に作付け時期が小麦と大豆では丁度反対に成るので相性が良いんじゃ」

 「小麦、大豆、小麦、大豆、とローテーション出来る訳ね」

 「そうじゃよ」

 「そうか! 難しい事は良く分からねーが、上手く行くって事なんだな! よし、皆で小麦を蒔くぞ!」


 全員で小麦を蒔き始めると、町の方から元地主の男がやって来た。


 「あーあー、全部耕しちまって馬鹿だなー。三分の一ずつ交代して土を休ませないと育たなくなるんだぞ。これだから素人は」

 「いや、これで大丈夫なんですよ」

 「大丈夫なもんかい! それに畑を大きくすると森から害獣が出て来て余計に被害が大きく成るんだ。知らねーぞ」

 「まあまあ、大丈夫ですから、見ててください」

 「そうだよ! あたしらが買った畑で何をどう作ろうが勝手だろ! 邪魔するなら帰っておくれ!」

 「何だい、人が親切に教えてやろうと思ったのに。勝手にやって勝手に失敗してろ!」

 「まあまあ、あの人も親切心で見に来てくれたんでしょうから、そう荒立てずに」

 「そ、そうだね、ホダカさんは優しいねぇ」


 ノグリとワーシュは苦笑いをしていた。

 ここはこの世界初の連作障害と害獣被害を同時に解決した、スーパーファームなのだ。

 一年後には、国中の農家は皆その凄さを思い知る事に成る。

 そして、ミバル商会の名もユウ国で広まる事に成る。


 種蒔きが終わった後、道の脇に縄を張り『ミバル商会ノグリ農園』と書かれた立札を何カ所か立てた。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 農業は年単位の仕事だし、芽が出るまでは時々手入れしたりする程度で即収入には繋がらないのが辛い。

 それまではビベランチームの地方物産活用プロジェクトの方で稼いでもらおう。

 ノグリの奥さんは、稼げる仕事が有ると言うので結構乗り気だ。

 乗り気と言うか、かなりグイグイ来るので流石のビベランもタジタジの様だ。

 もしかしたら、ビベランよりもやり手に育つかもしれない。

 ワーシュの奥さん、ラコンさんの奥さんも含め、四人で女性チームを結成して色々アイデアを出し合っている様だ。


 アキラとユウキは、あくまでも卸業なのでこちらの商売人のやり方には一々口は出さない。

 こんな良い商品がありますよと業者に商品のプレゼンをして買ってもらうだけだ。

 ホダカさんは、一応農業指導のアドバイザーという事で時々来る事に成った。

 その時は、必ずミバルさんが同席するそうだ。


 「ドラゴンのうんちの、この固形物の方は分析されて人骨でも出た日には商売どころじゃ無く成るけど、こっちの液体の方は日本でも売れるんじゃないかな?」

 「あたしもこれを商売にしない手は無いと思うんじゃが、アキラ君はどう思うかね?」

 「ドラゴンの居ない世界の動物に効果が有るのかどうかを確かめてからの方が良いと思います」

 「そっか、ドラゴンが居るからこその反応だもんね。実験してからじゃないとヤバいか」

 「実験するなら、凄く薄めたのから試さないと、近隣の山の動物が全部居なくなりました、なんて事に成ったら大変だよ」

 「山の生態系を壊しちゃう恐れがあるのか」

 「じゃあ、あたしの知り合いの農家さんが青森に居るんだけどね。猿の被害が酷いって言うんで、試しに使ってみてくれないか聞いてみるよ」

 「猿って頭が良いからどんな防御策を施しても、直ぐに突破しちゃうらしいよね」

 「猿に効けば、効果は保証されたも同然という事だね」


 という訳で、原液、五倍希釈、十倍希釈の三種類を作って花子お婆ちゃんに持って行ってもらう事にした。

 ナイフ販売の時に日本全国を飛び回った時に、拡張空間通路の出口を青森駅に設置済みなので、そこまでは一瞬で行ける。

 事前に連絡して置いた相手先の農家さんが軽ワゴン車で駅まで迎えに来てくれていた。


 「やあやあお久すぶりだ、花ぢゃん。なんか前見だ時よりお若ぐ成ってませんか?」

 「みっちゃんもお久しぶり 最近生活にハリが出て来てなぁ、楽しく暮らすのが一番の若返りかも知れんよ」


 まあ実際は、優輝とあきらの治療だったり、異世界との行き来で魂と肉体がリフレッシュしている影響ではあるのだが。


 「そぢらのお若ぇ方は花ぢゃんのお孫さん?」

 「いやいや、あたしにゃ孫はおりゃせんよ。こちらは、一緒に会社を経営している優輝君とあきらちゃんじゃ。お隣に住んで居る若夫婦なんよ」

 「おやま、その歳で夫婦なんだがい? すかも会社経営までも? はぁー、都会のわげものは凄ぇねぇ」


 都会と言っても都会の中の田舎で、見た感じこっちの青森駅周辺の方が遥かに発展している感じなんですけどね。

 そんな会話をしながらその農家さんの畑へ到着した。


 「こごがね、網がげでおいでも破らぃでまるのよ。猿って頭いびょん? こっちがなんぼ対策考えでも直ぐにそれ突破する方法思い付いでまるの。イタチごっこなのよ、ほんに困ったわ」

 「ふむ、網を掛ければ捲って入る。下を固定しても穴を掘る、厳重に固定しても弱そうな所や繋ぎ目を見付けてそこを破る、って事か」

 「そえで、何を持って来でくれだの?」

 「これなんですけどね」


 優輝は、濃度違いの小瓶を三本手渡した。


 「うちの会社で開発した、『ドラゴンズピー』って言います。ウルフピーの強化版みたいな感じなんですけど、適切な濃度のテストをお願いしたいと思いまして」

 「ああ、ウルフピーだばおべでらおん。ばって、うぢの畑広ぇびょん。全周囲さ設置するどなるど高すぎるのよね」

 「こっちが原液なんですけど、多分森の動物が全部居なくなる位強力なので、どの位薄めても効果が有るのかを知りたくて、テストをお願いしたいんです」

 「こっちの十倍に薄めた物から試してみて、結果を教えてください。少ないですが報酬を払わせて頂きますから」

 「分がったよー、お安ぇ御用だ」


 その後、その農家さんでご飯をご馳走に成り、駅まで送って頂いて帰途に付いた。

 帰途に付いたと言うか、駅に付いた時点で既に家へ着いたと同義なんですけどね。


 二日後、あの農家さんから花子お婆ちゃんの所へ電話が掛かって来た。

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