第89話 試験農場

 「出来たね」

 「出来た!」

 「本当に売れるんかのう、こんなうんこ汁」

 「こっちの固形物の方は?」

 「あたしが田舎の方へ持って行って向こうの農家さんに見せてこようか?」

 「あ、それなんだけど、やっぱり止めて置いた方が良い気がしてきたんです」


 アキラがちょっと何か気に成るらしい。


 「これ、異世界堂本舗うちの商品だとバレると、絶対に分析されると思うんだ」

 「何かマズイっけ?」

 「これの元って何か覚えてる?」

 「あ!」

 「どうしたんじゃ?」

 「あー…… うん、やめとこう」

 「何か危険物でも入っとるんかい?」

 「いや、そうじゃ無いんですけど、ある意味そうかも?」

 「煮え切らんのう、なんなんよ」

 「えーとですね、ドラゴンの食料がー……」

 「人なんです」

 「へ?」

 「だから、ドラゴンは人間を食ってたんです」

 「へ? は? ひいっ!」

 「やっぱ、そうなるよね」

 「触っちまったよー」

 「バリア有るから付いてはいないですよ」


 いかに消化済みの成れの果てとは言え、やっぱり元が人間だとなれば気持ちの良い物では無いだろう。

 尻餅を突いたホダカさんの両隣に座り、ユウキとアキラは、『どうしようねー』と思案した。

 ユウキとアキラは、ドラゴンとの遭遇から、話し合ってもう人間は食わないと約束させた事までをホダカさんに話した。


 「でね、そっちの国にミバルさんの死んだと思われてたお子さんが居てね」

 「ドラゴンの臭いが付いた物は、害獣避けに成るとそのお子さんの娘さんに教えて貰ったの」

 「それで、ドラゴンのうんちをグルグル掻き混ぜてたんかい」

 「でもちょっと元が何かだなんて最初失念してたよね」


 そう、最初はうんこだくさい! ってはしゃいでたのだけど、能々よくよく考えれば…… ね。


 「ふん。まあ、良いじゃろ。ただのうんこだし」

 「ミバルお婆さんに話して相談して見ましょう」


 ホダカさんは、戦争を経験しているし、人が死んで行くのだって何度も見ている年齢だ。

 最初はちょっと驚いたが、今更それで取り乱す程初心うぶでも無い。

 ただ、こっちの世界での倫理観や価値観に照らし合わせて、忌避されるなら商品化は諦めようと思う。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「なあんだ、そんなもの。だあれも気にしやせんよ」


 拍子抜けした。

 こっちの世界では、人の命は安い。

 森で行き倒れて死んだ遺体を見付けても、そこから金目の物を頂く程度の事に罪悪感は全く無い。

 『だって、そのまま捨てたら勿体無いじゃない』位の感覚だ。

 一応土に埋めてやる位はするだろうが、それは弔うというよりも、その場で腐ったら臭いし、害獣を呼ぶから埋めて置こう程度の価値観だ。

 見知らぬ赤の他人の死に感傷的に成ったりはしないし、まして動物に食われて排泄物に成ってしまった物に対して、元は人間だったのにと恐れる事等無いだろうとの事だった。

 生きている人に対しては優しいが、それとこれとは別なのだ。

 日本人みたいに、魂がいつまでもそこに在るとか、死んだら全部仏様だとか、幽霊が化けて出るとか、そんな価値観は無いのだろう。

 日本人だけが特に死に対して感傷的に成り過ぎるだけなのかも知れない。


 「じゃあ、商品化は出来ますか?」

 「ちょっと見せて貰えるかい?」


 アキラは、50cc程度の小瓶に入った液体を一つ、ストレージから出して見せた。

 それを出した途端、ミバルお婆さんは、鼻を摘まみ、椅子から立ち上がって、部屋の窓まで逃げて行った。


 「仕舞って! 早く仕舞っておくれ!」


 アキラは直ぐにその瓶をストレージへ仕舞った。

 お婆さんは、直ぐに窓を開け、仰いで換気をし始めた。


 「想像以上だね。死ぬかと思ったよ!」


 これでも大分薄めたのだが、獣人は鼻が良いのを忘れていた。

 栓も開けない内にこの有様じゃ、店に置いて貰え無さそう。

 尤も、ガラスの密閉容器なんだから、外に少量着いた臭いを洗い流せばにおわなくは成るだろう。

 でも、獣人に持たせた場合、害獣は逃げるかもしれないが、自分も失神してしまいそうだ。


 「どうしよう…… 新たな問題発生だね」

 「どの位薄めても大丈夫なのかの加減が分からないよね」

 「んーとだね、その十倍薄めても大丈夫だと思うわ」


 ミバルお婆さんが鼻を摘まみながらそう言った。


 「固形物の方はどうするね。肥料に使えそうかい?」

 「ヒリョウって何ですか?」

 「えっ? 肥料を知らないの?」


 どうやらこっちの世界では肥料の概念が無いらしい。

 畑を作っても、何故か年々作物が育たなく成り、畑を数年休ませると、また作物が実る様に復活するという事は経験上知られているそうだ。

 でも、そこ止まりのレベルらしい。

 そこはホダカお爺ちゃんの出番だ。


 後日、ミバル商会で緊急会議を開く事に成った。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 場所は、ノグリの住むユウ国近くを流れる川に在る広い河原。この辺りはかなり広い砂州が点在している。そこの一つで会議は始まった。

 あの匂いの出る液体を室内で、いや町中で披露するのは躊躇われた為だ。

 それにユウ国なら多少くさくてもあまり怪しまれないだろう。


 「失礼しちゃうね! まったく!」


 ノグリの奥さんがプンプン怒っている。

 幾ら貧しくたって、ちゃんと綺麗にしているよって怒っているのだ。


 河原で焚火をし、それを囲む様に商会のメンバーが車座に成って適当に座る。

 まあ、怪しさ満点だが、人数がそこそこ多いし、軍隊上がりで屈強な体付きのワーシュや見た目ヤクザにしか見えないノグリが睨みを利かせている、素行の悪い奴が来てもちょっかいを出して来る者は居ない。


 「議題は、この商品の取り扱いについて」


 小瓶を三本程、適当に渡して、興味の有る人に回して貰う。

 皆、栓の上からクンクンと鼻を近づけている。


 ユウキ達は、一旦ロデムへ帰ってその液体を薄めるかどうか考えた。

 薄めれば確かに臭いは軽減されるだろう、だけど効果も薄まってしまうのではないか?


 「俺思うんだけど、これのにおいがキツイのは、アンモニアのせいだと思うんだよね」

 「アンモニア臭を飛ばせれば、ドラゴンの臭いだけの液体が出来るという訳か」

 「田舎では堆肥に肥えを掛けて暫く発酵させたり、日光に晒したりしてたねー」

 「つまり、熱や紫外線を利用してアンモニアを分解してるのね」


 そんなこんなで『改良型ドラゴンエキスVer.2』(うんこ汁)の完成に至った。

 瓶の外は消毒液で綺麗に清拭したので鼻を近づけてもそんなににおいはしないと思う。


 その時ノグリが、においがしないものだから、ポンと瓶の蓋を取った。

 むわーんと辺りににおいが拡散したが、以前の様な刺激臭はしない。


 「何だか、本能に訴えかけて来る様な、根源的な恐怖を呼び起こす様なにおいね」

 「そう、そこなんです。人間ならば知能が高いので、これはただのにおいでしかないと認識出来るけど、害獣は理由の分からない恐怖に襲われて逃げるという訳」

 「これは凄い物かもしれないね。雑貨屋でブロブ避け粉と一緒に売ってみよう」


 日本側の世界では、熊や鹿、猿、イノシシ、狸等の人や農作物に被害を与える、所謂害獣を寄せ付けない為にその天敵であるオオカミの尿が売られている。

 これはそれのドラゴン版みたいな物だ。

 生物界の頂点に位置し、ドラゴンの生息域には、ある程度の大きさの獣は捕食対象と成ってしまう為、寄り付かなくなってしまう。

 恐らくドラゴンを知らない動物でも、本能に刻み込まれた上位捕食者に対する恐怖という物があり、自然と逃げ出してしまうのだ。


 よく、猫の動画で餌を食べている時に後ろにこっそりとキュウリを置いておくと、びっくりして飛び上がる動画を観た事がある人も居るだろう。

 あれは、蛇と間違えて驚いていると言われている。

 猫にとって蛇は天敵なので、蛇を見た事の無い猫でも本能的に怖がるのだそうだ。本能に書き込まれたプログラムというのは、全く不思議な物だと思う。

 ちなみに猫が怒った時にシャーッという音を出すのは、蛇の声を真似ていると言う説も有る。



 固形分の方は煉瓦状に固め、天日で干して乾燥させた。

 このうんこ煉瓦も、日光に晒して乾燥させたお陰で臭いはそれ程気に成らなくなった。ただし、湿らせると途端に鶏糞を超強力にしたみたいなにおいがしてくるので要注意だ。

 それを大きな木の葉に包んで持って来た。


 うんこ煉瓦を地面に置き、棒で一人一人の方へ押して確認してもらう。

 皆、興味深そうに鼻を近づけ、うっという顔をして顔を背ける。

 乾燥しているせいで、かなり顔を近づけるまでにおいに気が付かないのだろう。


 「これならば商品として扱えるだろう。だけど、どこで売るかだね。雑貨屋に置く訳にもいかないだろうし」

 「農業部門を新たに立ち上げて、そちらで専属販売するのが良いだろうね」

 「それを誰にやらせるかだが…… ノグリ」

 「え? 俺かよ! くさい物担当って事かよ」

 「おまえ、土いじりは得意だろう? ユウ国で農業革命を起こすんだよ」

 「農業革命って、そんな大げさな」

 「大げさでも何でも無いよ。ユウ国で農地を買って、試験農場をやるんだよ」

 「俺に出来るかなぁ」

 「大丈夫、こちらのホダカさんが手伝ってくれるよ。農業の専門家なんだよ。あたしも手伝うからね」

 「マジかよ……」

 「お母さんはホダカさんと一緒に居たいだけよね」


 ビベランはクスクス笑っている。

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