第88話 グアノ採取

 『えー? どういう事? ちょっと悔しいな。教えて』

 「教えて」


 ユウキも本気で知りたい様だ。


 「つまりね、目の前の起こりうる事象を、一々アレは駄目コレはOKなんて選別していたら処理するデータが膨大な量に成ってしまって追い付けないのよ。その方法だと設定物質漏れとか未知の物質が出て来た場合にデータベースに無くて処理エラーになってしまうでしょう?」

 『うん』

 「だからね、もっとふわっとした感じで良いのよ。感覚の世界の話なんだから」

 「えー? つまりどういう事?」

 『あっ、分かったよ!あきらどうも有難う!』

 「流石はロデムね」

 「えー? 私全然分からないんだけど」


 ユウキはチンプンカンプンらしい。あきらとロデムだけが何か納得し合っている。


 「説明してよ、ロデム!」

 『うん、つまり物質を一つずつ定義して良い悪いを決めて行くと、際限が無く成っちゃうんだ。だから、もっとファジ―に、ユウキが好ましいと思うか嫌だと思うかで区別したら良いんじゃないかと思うんだよ』


 良い物質、悪い物質、悪いけど見方によっては良い物質なんて物まで有ると、全部を定義するのは不可能だ。

 例えば、毒薬は極少量だと薬に成るみたいな感じだ。

 水なんかも、体の周囲全部に在ったら溺れて窒息してしまう。だから、最初は液体は全部防ごうと思ったんだけど、これだと体を洗う事も出来ないし、飲む事も出来なく成ってしまう。

 水こそ、場合によっては命を危険に晒す物質であり、命の維持に必要不可欠な物質でもある。どちらにも定義出来ない最たる物ではないだろうか。


 『つまりね、ユウキの感情をモニターして、ユウキが嫌だ、危ないと思ったらバリアが自動排除する。良い、好ましいと思ったら通過させる。と言う風にしたらどうかと思うんだ』

 「なるほど! でもそれだと、最初の一撃は喰らう事に成らない?」

 『そこはそれ。ボクは四次元人だからね。時間軸も弄れる。嫌だと思った瞬間から時間を少し遡って防御する』

 「そんな事出来ちゃうんだ。凄いね!」

 『凄いでしょう。もっと褒めて』

 「ロデム凄い! 大好き!」

 『大好きって言われるの、一番大好き!』

 「ちょっとそこ、私抜きでイチャイチャしないでくださる?」

 「ごめんごめん、あきらも大好き」

 『ボクもあきら大好き』

 「よろしい! 私もユウキもロデムも大好きよ」

 『取り敢えずその設定で使ってみて、また何か不都合が出てきたら都度改良していく事にするよ』

 「うん、有難うロデム! あきらも有難う!」

 「どういたしまして」

 『どういたしまして』


 スマホのアプリをタップして、新しくアップデートしたバリアを起動してみる。

 うん、特に何かが変わった気はしない。パソコンのOSをアップデートした時みたいな物だからね。


 「じゃあ、ちょこっと行って来るよ!」

 『どこ行くの?』

 「バリアの実験と、ついでに仕事」


 ユウキは、ストレージの中に、以前住んで居た学生アパートの私物を仕舞い込んだのを思い出した。確かその中に、バケツがあった筈だ。

 ストレージの画像を検索してみると、確かに水色のポリバケツがあった。スコップもあった。

 ユウキは、あきらが買ってくれたツナギに着替え、麦わら帽子をかぶって首にタオルを巻き、バケツとスコップを持って野良仕事スタイルで出かけて行った。


 目的の場所は、ロプロスの巣の在る山の上の火口跡だ。

 拡張空間通路を通ってやって来たユウキを見て、ロプロスはビクッとした。


 「そんなに怯えないでよ。仲良くしよ」

 『イヤ済マン。ドウモ慣レナクテナ。何ノ用ダ?』

 「あのね、あなたのおしっこ貰いに来たの」

 『!……』

 「ん?」

 『!!……』

 「あ!」


 何だか酷く引いている様子が窺える。


 「誤解しないで、決して変な事に使う訳じゃ無いから!」

 『排泄物ヲ欲シガルノガ、変ナ事デハ無イト?』


 うん、ヤベー奴だと思われたみたいなので、事情を説明した。


 『フム、最強ノ生物ノ私ノ排泄物ガ害獣避ケニ成ルト?』

 「そうそう!」

 『ダッタラ、オ前ノ出シタ物デモ良イノデハナイノカ? 私ヨリ強イノダカラ』

 「!」

 『ダロウ?』

 「えっ? いや、それはー…… 駄目じゃないかな? 絵的にも私の恥辱的な意味でも。多分、生物種として強い生き物じゃないと他の動物が認めないというか、弱っちい人間の中で偶々強いってだけじゃ、他の動物が避けてくれない気がするんだけど……」

 『ソンナモノカ?』

 「多分そうだよ! 最強生物であるドラゴンの臭いだから、他の生物は恐れるんだよ!」

 『フム、ソコマデ言ウナラ分ケテヤル。ソコノ岩壁ノ白イ所ガソウダ』


 壁際へ行ってみると、確かにそこに白っぽい鳥の糞みたいな物で小山が出来ていた。


 「あっ! これはグアノか!」


 熱帯地方の島や海岸近くには、海鳥が長い年月にした、糞尿が山の様に堆積した場所が在り、それがサンゴ等と合わさり化石化したものをグアノという。

 窒素やリンが豊富で、主に肥料として利用される。

 ナウルと言う島は、これが堆積したリン鉱石で出来ていて、最盛期は世界一の金持ちの国だったのだが、今はリン鉱石は掘りつくされて枯渇してしまっている。


 「ねえ、これを少し貰って行って良い?」

 『少シト言ワズ全部持ッテ行ケ。掃除ノ手間ガ省ケル』

 「いや、今回はこれだけで良いや。使える様ならまた貰いに来るよ」

 『ソウカ、他の場所ニモ先代ガ住ンデイタ巣ガ在ルゾ。何ナラソッチノモ全部持ッテ行ケ』

 「うん、有難う。それじゃ、また来るね」


 どうやら糞と尿が別々では無く、鳥の様に一緒に排泄する様だ。

 ドラゴンは飛ぶ為に体を軽くする必要が有り、そのせいで食事の回数が二週間に一回と少なかったのだろう。水もあまり飲まないのかも知れない。

 糞の状態も、殆ど鳥と一緒の様に見えた。

 リンや窒素が豊富に含まれているのなら、肥料としての需要も考えられるかも知れない。

 もしそうなら、害獣の寄り付かない肥料として、画期的なものが作れるかも知れない。


 とか想像しながら帰路に付く。

 ロデムの所へ戻った所であきらから連絡が有り、花子お婆ちゃんと一緒にこっちへ来たいと言うので、迎えに行って戻ると、二人が鼻を摘まんで臭い臭いと言い始めた。

 何の臭いだこれはと言うので、バケツを示し、ドラゴンの糞だよと言うと、これはたまらんとロデムの中へ逃げ込んでしまった。


 「そんなにくさいの? 新型バリアのおかげで全くにおいが分からないや」

 「それ! ロデムの中へ持ち込まないでよ!」


 アキラにそう言われて、一人ロデムの外に取り残されてしまった。

 仕方無いので、一人で作業をする事にする。

 ドラゴンの糞は、このままでは粘土みたいで扱い難いので、水で溶いて柔らかくする事にする。

 大き目の洗面器を取り出し、取って来た半量位を入れて等量位の小川の水を加え、溶けるまでぐるぐると掻き回していた。


 暫くすると、新型バリアにアップデートしてもらった二人が外へ出て来た。

 ドラゴンのうんこをぐるぐるかき回しているユウキを見て、何だか言い様の無い顔をされた。


 「ユウキちゃん、何をやっているの? うんこで遊んじゃだめですよ」

 「遊んでないよ! うんこを解いているんだよ!」

 「何の為に?」

 「この上澄みを、怪物避けとして販売するんだよ」

 「ああ、なーる程。オオカミの尿的に使う訳ね。尿は採取出来なかったの?」

 「どうやら鳥と同じ様に一緒に排泄するみたいなんだ」

 「そうなんだ。とすると、におい成分を抽出する加工が面倒ね」

 「こっちの沈殿した方は、畑の肥料として売れるでしょう。害獣の寄り付かなくなる肥料として」

 「おお! それは良い考え!」

 「それって、あたしらの世界でもイノシシや猿の被害避けに売れるんじゃないかのう?」

 「「!」」

 「ホダカお爺ちゃん、冴えてる!」


 倍量程度に薄めた程度ではまだにおいがきつ過ぎるというので、もっと薄めて販売する事にした。

 大きなタライがお婆ちゃんの家に有ると言うので、早速それを取りに行き、三人共野良着に着替えてせっせとうんこを掻き混ぜた。

 それを、そのまま放置し、固形物が沈殿したら上澄みを掬って、アキラが100均で買って来たガラスの小瓶に小分けして商品化する。

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