第87話 バリアを改良する

 ラコンさんもビベランもノグリも皆、ワーシュの無事を喜び、中へ招き入れて夫婦と子供を椅子に座らせた。

 ユウキとアキラは、家族水入らずで積もる話も有るだろうとその場を離れようとしたら、ミバルお婆さんに怒った様な声で呼び止められた。


 「待ちな! あんたらはいつもいつも、この福の神が! 勝手に逃がさないよ!」


 ユウキとアキラはミバルお婆さんに捕まり、ぎゅっと抱きしめられて逃げられない様にされてしまった。


 「本当に、いつもいつも、恩ばかりが際限無く積みあがって行くよ。なんてお礼を言ったら良いか…… ん? クンクン、何かあんた臭うね?」

 「洗っても落ちないんですよ。ドラゴンの唾液なんですけど、臭いがきつくって」

 「ええっ!? ド、ド、ド、ドラゴンだってー!?」


 ユウキは事の経緯を話した。

 せっかく生き別れの我が子に会えたと言うのに、部外者のユウキの話ばかりして良いのかなと思うのだが、良いらしい。

 西の方の火山島で、龍神様と崇められているドラゴンに会って、人間を食わない様にと説得した話を簡単に説明した。


 「龍神様と話をしたって? そんな馬鹿な…… 信じられない」

 「ちょっとパクッと咥えられて、口の中でコロコロされちゃったんだけど、割と話せる良い奴だったよ」

 「マジかよ、とんでもねえな、あんたら」

 「でも、この臭いは害獣避けに成るんでしょう? 落とさない方が良い?」

 「害獣は避けるかもしれないけど、人間も避けるよ」

 「それもそうか。ブロブにも効く?」

 「どうかな? そもそもあれに鼻が有るのか?」


 鼻の問題では無いと思うのだが、ああいった原生生物みたいな生き物には恐怖と言う感情は無いだろうから、多分効かないだろう。

 下手すると、逆にドラゴンの事だって捕食しかねない、そんな生物だ。


 「獣が避けるなら、この臭いの付いた何かが有れば、こっちで売れるんじゃない?」


 ユウキの何気無い一言に、その場の全員が注目した。ビジネスチャンスを感じ取ったのだろう。

 ユウキはちょっと引いた。


 「でも、ドラゴンの臭いの付いた何かって何だろう?」

 「ユウキの髪の毛とか?」

 「こらまて!」

 「祭壇の所の土とかはどうだろう?」

 「なんか、今迄食われて行った人達の怨念も染み込んで居そう」


 「尿」

 「!!」


 皆が一斉にアキラに注目した。

 ユウキはいきなりアキラがとんでもない事を言い出したと思ったのだが、アキラの説明によると熊避けにその天敵のオオカミの尿を小瓶に入れてハイカーが持ち歩いたりするらしい。


 「確かに尿や糞が手に入れば、害獣避けに成りそうだよ」

 「いや、糞の方は人の成れの果てだと思うとちょっと……」

 「尿の方は何とか手に入らないかね」

 「えー! 誰が取りに行くのさ」


 皆がユウキの方をじっと見る。


 「マジか。ここには人で無ししか居ないのか」

 「冗談だよ。そんな事させられやしないよ。採取出来たら良いなって話で」


 とは言いつつ、その熱視線は何なんだ。


 「じゃあ、取って来れる様だったら取って来ますよ。嫌だなー」

 「イエーイ!」


 こらそこ、ハイタッチするんじゃない。


 「それはそうと、ワーシュの国……」

 「カグ国」

 「そのカグ国の物産をこっちで、こっちの物産をカグ国で売ったら、儲かると思いません?」

 「!」


 「そうだ、そうだよ! そんな遠くの国の物なら絶対に売れるよ!」

 「で、何が有るの?」

 「何が有るって言ってもなぁ…… 海産物と野菜位しか……」

 「海産物!」

 「野菜!」

 「それだ!」

 「珍しい遠国の食材を使った料理を店で出せば、絶対に当たる!」


 ビベランが超食い付いて来た。

 もうビベランの頭の中には構想が出来上がっている様だ。


 「ワーシュの奥さんとノグリの奥さんも、自分の国で店を出すんだよ!」

 「「えええぇぇ」」

 「それから、あんた達! 今すぐ独立しなさい! 開業資金は私が出す!」

 「「ええええぇぇ」」


 末っ子の二人も今すぐ独立して店を出す事に成る様だ。

 ノグリの子供とワーシュの子供は、歳が近いので直ぐに仲良く成って、大人の話なんて関係無しにキャッキャと走り回っている。


 「有難う、有難う! 私の福の神!」


 ユウキはビベランにギューッと抱きしめられた。


 「うーん、臭い」

 「しくしくしく」




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ロデムの中の小川を洗剤で汚染したくないので、日本の我が家で風呂に入る事にした。

 ゲート潜ると体内の薬物は抜けたのに、においは付いて来るって、何だか理不尽だ。

 デオドラントシャンプーと石鹸は、優輝が行くとちょっと騒動に成りそうなので、あきらが一人でホームセンターへ行って買って来た。


 「さあ! 丸洗いするからね!」

 「自分で洗えるよぅ」

 「いいえ! 私が洗います!」


 二人はパパッと服を脱ぐと、シャンプーと石鹸を持って風呂へ飛び込んだ。

 あきらは、楽しそうに優輝を丸洗いしている。

 優輝は成すがままだ。


 「ま、前の方は自分で洗えるから」

 「あらあ? 何かがどうか成っちゃうのかしら?」


 あきらはわざと言って優輝の反応を見て楽しんでいる。

 全身泡泡にした後、頭の上からシャワーの湯をザーッと掛けて流し、二人して広い浴槽へ。

 湯の中で、あきらは優輝の頭を両腕で包み込む様に抱き寄せ、自分の胸に顔を押し付けて優輝の頭のにおいを嗅いだ。


 「よし! 大丈夫」


 その後の事は言うまでも無い。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 あきらは数日ぶりにFUMASフューマスの研究所へ出勤し、花子お婆ちゃんは果樹をせっせと育て、リフレッシュしたユウキはロデムの所でのんびりしていた。


 「やっぱり我が家が最高だね! 旅行でちょっと疲れちゃった」

 『ユウキの精神状態が安定してボクも嬉しいよ。ゆっくりしていってね』


 ロデムがゆっくりボイスで喋る。

 帰って来てから、ロデムはユウキとアキラのパーソナルバリアを改良してくれた。

 まず、バリアを酷使したおかげでバッテリーの消耗が激しい。

 中を開けると、バッテリーの入っていたスペースがほぼ空に成っていた。

 事前に、質量さえ有れば何でも良いと聞いていたので、アキラがデオドラントシャンプーを買いにホームセンターへ行ったついでに釣り用の鉛のテープを買って来てくれていた。

 安価に手に入る物で質量の大きい物と言ったら鉛板を思い付いたのだ。

 それをバッテリーの入っていたスペースへ詰め込み、蓋を元通りに閉めて、ロデムが永久電池化した。


 『今度は前より長持ちすると思うよ。あの使い方はちょっと無茶だったね。こんなにエネルギーを消耗する攻撃を何十分も続けられるドラゴンの方も凄いけど」

 「随分と重く成っちゃった。これが本当の鉛電池だね」

 「古いのか新しいのか良く分からないわね」

 『あきらの方のも後で入れ替えるからね。忘れないでね』


 バッテリー問題の方は解決したけれど、大問題のバリアーの発動条件の方を何とかしてもらいたい。

 噛み付き攻撃なら防御出来たのに、そっと口に含んで飲み込もうとするのはロデムの想定外だったのだ。

 例え弱い力でも、“全周囲から締め付ける様な攻撃も防ぐ”で、この飲み込み攻撃は定義出来る。軽く握って拘束されるのも防げるだろう。

 それと、水中に落とされるとか密閉空間に閉じ込められるとかの状況で、窒息する様な攻撃も対応出来るように変更を加えた。

 速度関係無く、液体の物質は透過させない、バリアが酸素は透過させるという設定だったのを、バリア内部で酸素を生成するという設定に変更して対応した。


 それから、ユウキの切なる願いで、においも防いで欲しいとリクエストされた。

 確かに毒ガス攻撃の様な有害物質を防ぐ事は出来るのだが、くさい物質というのはどう定義したものか。

 悪臭と良い匂いの違いとは何なのだろうか。

 におい物質を全部防いでしまうと、ユウキは全く“におい”そのものを感じられなくなってしまう。


 香水は良い匂いがするが、その原料の一つであるムスクは、ジャコウジカの臭腺から採取された分泌物で、悪臭なのだ。

 その悪臭物質を精製したり極薄めたりすると、良い匂いに感じてしまうと言う不思議な事に成っている。

 つまり、これは悪臭物質だこれは芳香物質だと、完全に線を引いて分ける事が出来ない。


 ロデムは困ってしまった。

 ここで科学者であるあきらの知恵を借りようと、アキラのスマホへアクセスした。


 「はい、あきらです。あら、ロデム。あなたから電話なんて珍しいわね」

 『ちょっと困ってしまってね。あきらの知恵を借りたいんだ』


 ロデムは、ユウキのリクエストに何とか答えてあげようと考えているのだけど、良い方法が思い付かないと説明した。


 「あら? そんなの簡単じゃない」


 あきらは事も無げに言った。

 ロデムとユウキがうんうん唸って解決方法が思い浮かばなかったのに、一体どう簡単だというのだろう?

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