第55話 卒が無いとか有るとか
異世界側の路地のゲートポイント脇の石壁に作られた拡張部屋の中で現地の服に着替えた優輝と
「何か俺達色々と卒というか、不手際が多すぎるよな」
「アキラの男言葉も段々と様に成って来たよね」
「え、そう? ありがとう」
アキラが不手際と言ったのは、色々と無駄な行動をしていたという事が段々はっきりして来たから。
まず最初に思ったのは、全国各地に小さな土地を買って拡張空間で繋げて移動拠点にしようとしていた点。
「別に土地を買わなくても、こうやって適当な壁とかに入り口を作って中に部屋を作れるよな。入り口は周囲の材質と同じテクスチャーにすれば分からないし、入出権限を与えなければ誰も入れないからセキュリティー上も全く問題が無い」
「うん、土地を買おう計画は全くの無駄だった」
「もう一つ、ホテルに泊まらなくても、拡張部屋の中に泊まれるし、何だったらロデムの所へ戻って泊っても良かった」
「うん、ホテル代は全く無駄だったよね」
「日本側でも、伊豆ヶ崎駅の拠点まで一々電車で行かなくても、そこのゲートポイントの傍に拡張拠点を作って置けば移動も楽だった」
「うん、それは私が気が付いて対処済み。電車賃も移動時間も全く無駄だった」
「そして、今と成っては伊豆ヶ崎駅ポイントは最初だけで、もう必要無い」
「確かに今ではロデムポイントから移動して来れば良いだけなんだけど、安全にゲートを開けるポイントは結構少ないから予備として取っておくのは無駄じゃないと思うよ」
「それは…… そうだね」
「一つ気に成る問題としては、拡張空間から外に出る時に扉前に人が居るか居ないかを確認出来ない事なんだよね」
「そうそれ! 壁の中から外へ出るのを人に見られるのは避けたいよなぁ」
「うーん、よっぽど人の来ない目立たない場所にドアを作るとか?」
「それだと利便性が損なわれるしー」
「だったら小さな覗き窓を作ったら?」
「団地のドアに付いているみたいなやつ? うーん、あれはあれで目立つんじゃないかな? 何も無い所に急に覗き穴が出来て誰かの目がその奥に見えたら直ぐに気が付くと思う」
「言われてみればそうかも、人の目って意外と分かるもんなんだよね」
『ちょっといい?』
「どうぞ」
『扉というか境界面は双方向素通しじゃなくて、片側からだけ見える様に出来るよ』
「「早く言ってよー!」」
製作者は細部まで仕様を分かっているけど、使う人は自分が使う機能しか分かっていない。ソフトウェアあるあるである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
最初に行くのは一番近い洋服屋さんだ。
店の前迄やって来たら、ご婦人方で賑わっていた。
「うん、今はこの店に寄るのはパスしよう」
「そうだね」
次は狸獣人のお婆さんの道具屋さんを見に行ってみた。
ここもそこそこ賑わっているみたいだ。皆白い粉まみれの革袋を持って出て来るのを見ると、消石灰は結構売れているっぽい。
お婆さんがキラー商品と言っていたのも頷ける。
お店の裏へ回って、裏口から中へ声を掛けてみる。
「おお、お前さん達かい。未だ納品には早いと思うが。持って来てるなら買い取るよ。幾らでも売れるからね」
「いえ、今日は商売じゃ無くて、売れ行きの確認をしに来たの」
「そうかい、もう直ぐすればお昼に成るから何か食べて行くかい?」
「良いの!? ご相伴に預かります!」
「ふっふ、遠慮しない子供は好きだよ。その辺に掛けて待ってておくれ」
「子供じゃ無いんだけどな俺達、なあ」
アキラがユウキに向ってそう言うのを聞いていたお婆さんが意外そうな顔をして二人を見た。
「えっ? お前さん達未成年じゃないのかい?」
「れっきとした成人です。夫婦です」
「ちょっと」
アキラがいきなりそんな事を言うのでユウキは戸惑ってしまった。
まあ、結婚するつもりではあるのだけど、未だ籍は入れていないのだからどうなんだ? でも、子作りは始めちゃってるんだよなとユウキは思った。
こっちの世界では戸籍みたいなのは無さそうだし、結婚も両人と周囲が認めればそれで良いって感じなのかもしれない。
まあ、アキラが言う様にこっちの世界では夫婦って事で通そうとユウキは思った。
「こりゃ驚いた! あたしゃてっきり兄妹で一生懸命に生きてる子供だとばっかり思ってたよ。人種が違うとこうも見た目が違うもんなんだねぇ」
「もう二人共二十歳過ぎてるんですよ」
「へぇえー」
そんな会話をしていると、お昼に成ったらしく客足は途絶えた。
こっちの世界ではお昼は何処の店も休むらしい。
「ちょっと待ってな、お昼ご飯作ってやるからね」
お婆さんは台所へ消えて行った。
「母さーん、来たよー」
裏口から入って来たのは三人の狸獣人の男女と一人の人間の女性だった。
「あれ? 君達来てたのか」
そう言ったのは、ラコンさんだった。
近くに住んでいるお婆さんの子供達は、お昼にはここへ食べに来るのだそうだ。
他の二人の獣人は、末っ子の弟とその一個上の妹なんだそうだ。二人とも独身で他の地区で一緒の店で働いているそうだ。
もう一人の人間の女性は、ラコンさんの奥さんらしい。
異種族で結婚出来るんだと二人は思った。
ラコンさんの奥さんは、家から持って来たパンを台所へ持って行った。
「うちの一族はね、独立して一人前に成る迄こうして皆で助け合っているんだ。俺はもう結婚して独立はしているから援助する側だな。後はこの二人が一人前に成ったら俺達の役割は終わり」
「そうなんですか、良いご家族ですね」
そうこうしている内にお昼の用意が出来て、それぞれの前に皿が並べられる。
皆が腕を組んでお祈りを始めたので、ユウキとアキラも真似をして腕を組み目を閉じる。
「天に
お婆さんがそう唱え食事の許可が出ると、皆一斉に食べ始めた。
「えー!? 君達夫婦なんだって!?」
「あらまあ驚いた。私達の目から見ると子供にしか見えないねぇ。兄妹だと思っていたよ 」
「こら、失礼だよ!」
「いえいえ、大丈夫です。慣れてますから」
さっきお婆さんも同じ事言ったのにと思ったが、黙っていた。
そんな感じで和気藹々とした雰囲気で食事は進んだ。
「俺達、次の町へ行ってみたいんですけど、近い町は何処ですか?」
「んー、そうだな、東に40km位行った所に大きな国が在るよ。北にも同じ位の距離の所に国は在るけど、そっちはちょっと治安が良くないかもしれないから、行くなら東の国の方がお勧めだよ」
「町じゃなくて、国、なんですか?」
「ん? 国の市街地を町と呼んでいるけど、キミ達の所では違うのかい? その翻訳の道具の翻訳違いなのかな?」
どうやらこちらの世界は、大きな国の支配する領地の中に町や村が点在するという形では無く、どうやら古代ギリシアに在った
小さな国があちこちに点在しているのだろう。
聞くと、お婆さん達一家が以前に暮らしていたのが西の山を越えた先に在る小さな国の村だったそうだ。
逃避行の旅の途中で最初に通り掛ったのが北の国だったのだけど、その頃のその国の治安はあまり良くなかったそうなのだ。
今では少しは改善されているのかもしれないが、当時のお婆さん一家は治安の悪いその国をスルーして、比較的治安の良かったこの国へ辿り着いたのだという。
ラコンさんによると、東の国へ行った方が確実に安全だし街道も整備されているから良いだろうとの事だった。
東の国はここと同じ位には治安は良いという話だ。
お婆さんの子供がそっちで店を構えているから、何か有ったら訪ねてみてくれと紹介状を書いてくれた。
「それは良いんだけどね、また戻って来てくれるんだろうね? 仕入れがストップするのは勘弁だよ」
「それには心配要りませんよ。鍛冶屋さんと服屋さんでも仕事がありますので」
「ああっ! あの鍛冶屋、最近安定した仕事を手に入れたとか言っていたけどあんた達かい!?」
「そう言えば私の良く行く服屋さんで新しい下着という物を扱う様に成ったのもあなた達のせいなの? あれ私も欲しいんだけど、ちょっと値が張るのよねぇ」
「じゃあ、今度来た時に持って来ましょうか? 仕入れ値で良いですよ」
「えっ!? 良いなー! 私も私も!」
女性陣にはあの下着はそんなに魅力的に見えるのか。えらい食い付き様だ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、その下着とやらは一体幾らするんだ?」
「中金貨一枚よ!」
ラコンさんだけではなく、ユウキとアキラも食べていたスープを噴出した。
「何やってんだい! 汚いねえ、もう!」
お婆さんに怒られた。
(あのおばさん、仕入れ値の四倍で売ってやがるのか、ボッタクリ過ぎだろ)
ユウキもアキラもこっちの商売人の逞しさを痛感した。
後でラコンさんに耳打ちして、お世話に成っているから小金貨一枚でお分けしますと言ったらホッとした顔をしていた。
それにしても下着一枚三万円相当だよ? 大丈夫なのかなラコンさん。最初に凄い値段言われたせいで安く感じたのかもしれないけど。
通販番組みたいに最初に高い金額を言って置いて、徐々に安くして行くのは購買意欲を掻き立てるセールスのテクニックなのだが、図らずもそんな形に成ってしまった事に、ユウキは少し罪悪感を覚えてしまった。
ラコンさん、奥さんと妹さんに買ってあげるつもりだったらしい。
後で二人のサイズを測らせてもらった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます