第100話 ザオ国

 日本側の地面は、20cm位低く成っている様だった。階段を一段降りる時みたいにガクンとなった。


 「あ、着替えるの忘れてた!」

 「あ!」


 あきらは慌てて学校側のフェンスに拡張空間をセットした。

 この時二人は、金網にもセット出来る事を初めて知った。

 中へ入ってこちら側の服へ着替える。

 周囲に人が居ない事を注意して空間から出ると、あきらはストレージから車を出した。

 車種は、アキラの希望通りのベンツSクラスだ。

 電気自動車EVならあきら永久電池エターナルバッテリーで給油無しで走れる車を作れるのだが、一応資産に成る車という事を考えてベンツにしてある。


 運転するのは、レンタカーの時と同じくあきらが担当し優輝は助手席に座った。『妊夫にんぷ』さんなのだから運転は駄目だと、ハンドルを握らせてもらえないのだ。


 スマホのマップで確認したところ、反対側の国の位置は山形市辺りじゃないかと思われる。

 それ以外は山岳地帯で、平地はその辺りまで行かないと無いのだから、多分その予測は当たっているだろう。


 あきらは車を飛ばして山形市へ入り、適当な物陰で車を降りて再びストレージへ格納する。


 「市街地を中心に探してみましょう」

 「そうだね、何か美味しいものでも食べながらダラダラ行こうか」

 「そうね、山形の名産って何だっけ?」

 「いも煮?」

 「いも煮って、家族や友人と河原に集まってやるやつじゃないの? 店で食べられる物なのかしら?」

 「良く分からないな。あ、米沢牛が有るよ。焼肉食べたい!」


 二人は目についた焼肉屋へ入った。

 注文したお肉が来て、あきらは甲斐甲斐しくそれを焼いては優輝の皿へ取り分ける。


 「自分で焼くからいいのに」

 「優輝は焼き過ぎて炭にするから駄目」

 「良く焼いたのが好きなのにな…… ジャーキー位歯応えが有るのが良いのに」

 「それって、せっかくの米沢牛でやる必要ある?」


 ごもっともで御座いますと、優輝は心の中で思った。

 パリパリに焼いてしまっては、せっかくのA5ランクのお肉が台無しだ。


 ちなみに、お肉のグレードが一番良いのを一般的にA5ランクとテレビなんかで良く聞くが、実はアルファベットの方は肉のランクとは関係無い。

 その牛の食肉に成る歩留まりの事で、A、B、Cの等級で表し、その牛からどれだけ食肉が取れるかを示している。

 つまり、牛自体の評価であり、生産者が気にする等級でしかなく、A等級の牛は高く売れますよという事だ。

 本当の肉質のランクは数字の方で、1から5までのランクがあり、5ランクが最も高く、その肉の脂肪の色やサシの入り具合を評価した等級となる。

 つまり、A5もB5もC5も一緒だという事。

 さらに言うと、この数字のランクも肉質の評価でしかないので味とは関係が無い。

 脂が好きな人には良いかも知れないが、赤身が好きな人は5ランクに拘る必要は無い。赤身の多い肉は5ランクには成らないのだから。


 あきらは、自分の食事はそっちのけで、せっせと肉を焼いては優輝の皿に盛ってくれている。

 人のお世話をするのが好きな性格なのかも知れない。


 「優輝は今、沢山栄養を付けなければいけない時期なんですからね」


 ヤバい。この人所謂いわゆる養豚農家さんだ。

 人を太らせる才能が有るのだ。別名お菓子の家の魔女とも言う。

 出産までに丸々と太らされるのかも知れない。


 「俺の仮説が正しければ、心霊スポットと言われている所が町の有る場所なんじゃないかと思うんだ」

 「異世界側の人間が見えている場所って事よね」


 優輝は肉を頬張りながら話題を変えた。

 心霊現象、特に幽霊が見えるという人が時々居るが、それは異世界側の人間を視認出来る人が稀に居るという事では無いかと優輝は考えていた。

 つまり、心霊スポットと言われる場所の異世界側には、人が居る。

 頻繁に幽霊が目撃されるという事は、そこに町や村が在る可能性が高いのではと思われるのだ。


 「この近くにも有名な心霊スポットが在るみたいだよ」

 「行ってみましょう」

 「ちょっとあなた達、面白半分でそういう所に行くものじゃないよ。最近も行方不明に成った人が居るんだから」


 偶々食器を下げに来た店員さんに会話を聞かれ、そうさとされてしまった。

 最近と言っても一年前位の話なんだそうだが、物見遊山で友人とそこへ遊びに行った女子高生数人の内一人が行方不明に成ったそうなのだ。

 警察は事故や誘拐事件として捜査をしていたのだが、全く手掛かりが掴めず、ついこの間捜査本部も解散と成ったという。

 地元の人は、神隠しだ妖怪に攫われたと噂しあっているという。


 「ゲートが開き易い場所なのかも?」

 「その可能性はあるわね」


 ユウキ達は別に心霊現象目的では無いので、夜ではなく昼間の明るい内にくだんの場所へ行ってみる事にした。

 現地に着いて、直ぐに優輝にはここで間違い無いという事が分かった。


 「うん、見える」

 「私の方も確認したわ」


 いつも通り、付近の物陰に拡張空間を設置し、その前でゲートを開き、向こう側の世界へ移動する。


 「ビンゴだね!」

 「心霊スポットは盲点だったな」


 そこは町の門の近くだった。

 町へ入る人達、これから出て行く人達がごった返し、門前広場はさながら市場の様な活気が有った。

 出入国審査待ちの人達目当ての屋台が沢山立ち並び、ちょっと座って飲食しながら順番をを待てる様に成っている。

 こちらの町も、向こうのセンギ国と似たような感じで、鉄や銀といった鉱物資源と農業で成り立っているそうだ。


 ユウキとアキラは、ミバル商会発行の旅商人証明札を持っているので、イスカ国と国交の有る国ならば大体の所は通行可能だ。

 最も、拡張空間通路で移動してしまう場合は、門を通らずにいきなり市街地へ入ったりしてしまうので、有って無い様な物だが。

 密入国でいつか捕まるのではないかと思うのだが、それで今までトラブルを起こした事は無いので、きっと大丈夫なのだろう。

 そもそも、一応大きな街道へ繋がる門は在るが、国の周囲に城壁も堀なんて物も在りはしない。何処からだって入れるのだ。

 ファンタジーの世界だと、国の周囲を高い城壁が囲っている場合が多いのだが、そんな莫大なお金のかかる施設は作らないよね、って事みたい。

 ただ、貴族や王族といった支配階級のお屋敷の周囲は高い塀で囲まれている場合も有るという程度だ。


 門でのチェックは、厳密に出入国者を記録している訳では無く、どこそこの王族や貴族が通りましたよとか、何かの有名な人が来ていますよ程度の記録と、手配されている者が来たか犯罪歴が有るか無いか位の見極め程度で、通って良いか駄目かの判断しかしていない。

 だから、中に居る人間に対してちゃんと門を通って入ったかどうかなんて調べたりしないのだ。

 どういう経路ででもいったん中へ入ってしまえばこっちのものなのだ。それは大体他の国でも同じ様なものみたいだ。


 という訳で、ユウキとアキラは、楽々と国の中へ入る事が出来た。

 ここの国の名前は、ザオ。隣のセンギと同じ位発展した良さげな国に見える。

 門を通り過ぎて数歩ばかり歩いた所で何かに気が付いた門番に呼び止められた。


 「ちょっと君達待って! 君達、センギには行った事あるかい?」

 「ええ、センギ国にも寄って来ましたが」

 「ああ、やはり君達で間違い無いのかな? 黒髪の若い男女で、少し肌の色の違う人種の二人を探していると手配書が回って来ている」

 「ええぅ!? 私達何にも悪い事なんてしていないよ! 指名手配なんてそんな!」

 「いやいや、勘違いしないでくれたまえ、犯罪の手配じゃなくて、超重要人物の行方調べ手配だよ」

 「え? 何ですかそれ?」

 「詳しくは書いていないのだけどね、とても大事なお客様の行方が分からなくなってしまったので、見かけたら教えてくれという手配だね」

 「んー? 何だろう? 身に覚えが無いな……」

 「えーとね、探しているのは、コヴォヴィマテリア商会という所だ。センギに寄る事が有ったら顔を出してあげてくれないか? 確かに伝えたからね、それじゃよろしく!」


 門番は軽く手を振って走って戻って行ってしまった。


 「それじゃよろしくって言われてもなぁ。マテリア商会って事は、きっとあの武器屋だろうなぁ…… 何の用なんだろう?」

 「まあ、気が向いたら行く程度で良いんじゃない?」

 「そうだな」


 どうも当初の目的から脱線しがちなので、町の中を歩き回ってマッピング開始だ。

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