第101話 消えた女子高生

 四時間程歩いて、大体ザオ国のマッピングは済んだ。

 今日はもう遅くなってしまったので、あまり目立たない場所に作った拡張空間からロデムの所へ飛び、ここで寝る事にする。

 アキラに自宅の方へ送ろうかと言ったのだけど、ユウキと一緒に居たいというので一緒にお花畑で寝た。


 翌朝小川で顔を洗い、ロデムの外の木に作った拡張空間倉庫から商品を補充して、再びザオ国へ。


 南側に在る街道への出口へ行こうと歩いていると、一人の青年がじーっとこちらを見ている事にアキラが気が付いた。


 「ユウキ、あいつずーっとこっち見てるんだけど、気が付いた?」

 「うん、昨日も帰る前にこっち見てたよ。心当たりある?」


 アキラは首を左右に振った。二人には全く心当たりが無い。

 センギの武器屋の追手かと身構えた時、向こうの方から声を掛けて来た。


 「あなた達、日本人?」

 「えっ? 日本語?」


 二人は驚いた。

 まさかこの異世界で日本語を聞くとは夢にも思っていなかったから。


 「何で日本語?」

 「あ、ちょっと待って…… もしかしてあなた、心霊スポットで行方不明に成った女子高生?」

 「そうっ! そうです! 助けて下さい!」


 青年はアキラにしがみ付いて泣き出してしまった。

 帰りたい帰りたいと泣く。

 二人は青年を落ち着かせる為に近くの食事処レストランへ入り、話を聞く事にした。


 青年の話によると、高校の夏休みに友達数人と心霊スポットで肝試しをやっていたのだという。

 しかし、気が付くと自分一人だけこんな所に居て、友達は誰も居なくなっていたそうだ。

 最初は友達に悪ふざけをされていると思っていたのだが、どうもそんな様子でも無い。

 自分だけうっかり違う道へ入ってしまったのかも知れないと思い、迷った時には無暗に動き回らない方が良いと聞いていたので、物陰に身を寄せて夜が明けるまでじっとしている事にした。

 きっと友達や捜索の人が探しに来てくれるに違いないと信じて。

 しかし、夜が明けるにつれその思いは絶望へと変わってしまった。

 周囲の景色も回りを歩いている人達も何もかもが現実離れしているのだ。


 こんな所に町なんて無かった。

 歩いている人達は日本人じゃない。

 話している言葉も日本語じゃない。

 そして、自分は女子高生では無くなっていた……


 ここは日本では無いどころか、同じ世界でも無いという現実に圧し潰されそうに成る。

 門の外で泣いていた所、親切な門衛さんに保護され、服も貸し与えられ、農作業の仕事を斡旋されて今日まで生き延びて来られたのだそうだ。


 この国には、十数年に一度位似た様な『漂流者』がやって来る事があり、その門衛さんも過去に一度だけ見た事が有ると言っていた。

 漂流者は決まって黒髪、黒い瞳、黄色い肌を持ち、知らない言葉を話すと言われている。


 青年はその人はどうしたのかと聞くと、綺麗なお嬢さんだったので大店の跡取りと結婚が決まり、子供も生まれて幸せに暮らしていると教えてくれた。


 なんでもこの辺りの国では、『漂流者』は幸運を運んで来るという言い伝えが有り、その店も大層繁盛しているとの事。

 門衛さんに教えて貰ったその店へ行って見ると、店員さんは店の女将さんへ直ぐに取り次いでくれたそうだ。

 店の奥には年の頃は四十代位だろうか、立派な身形みなりの女性が待っていてくれた。

 女性は、全て分かっていると言う風に穏やかに話をしてくれた。

 まずここは、日本が存在するあちら側の世界とは違う世界で、自分も帰る方法を何年も探しているのだが、今に至るまで見つける事は出来ていないと言う事。

 自分はもうこの歳で、結婚して子供も生まれてしまったので、旦那と子供を捨ててまで帰る気はもう無いと言う事。

 こちらで身を立てるなら、同郷のよしみである程度援助してあげられるという事。

 実は自分は、向こうの世界では会社員をやっていたのだが、地元の友人と肝試しをしに心霊スポットへ出かけて行ってこの世界へ来てしまったのだと言う。

 向こうの世界では男だったそうだ。

 会社員時代の知識と経験を活かしてこちらの世界での商売を成功させ、店を大きくする事が出来たと言っていた。


 青年も彼女からの支えも有ったお陰で、自棄に成らずに今日まで生きて来られたそうだ。

 しかし、こちらへ来て未だ一年程度という事も有り、望郷の念は募るばかりだという。


 そんな時に、町でユウキとアキラを見かけた。

 自分と同じ人種という事は、同じ日本人なのではと思った。

 年の頃も同じ位に見えるのだが、不思議な事に狼狽うろたえて居る様子は無いし、身形みなりもしっかりしている。

 何者なのだろうという疑問が沸き上がり、二人の後を着かず離れず付けて行って見ると、どうやら二人の話している言葉は日本語で間違い無さそうだと気付く。

 というか、手に持っているあれはスマホなのでは!?


 どうしても声を掛けてみたいと、いや掛けなければ成らないと決意し、二人へ近付こうとしたら、その姿を見失ってしまった。

 しまったと思い、周囲を一所懸命に探したのだが、とうとう見つける事は出来ず、がっかりしてその日は家へ帰り、諦め切れずに早朝から二人を見失った辺りを探していると、やっと見つける事が出来た。


 「それで、意を決して話しかけて来てくれたという訳だね。正解だよ」

 「私達は君を元の世界へ返してあげる事が出来るよ」


 青年は泣き崩れた。

 跪き両手を組んで二人を仰いだ。


 「今直ぐ送り届ける事も出来るよ。準備とか、挨拶しておきたい人とか居るなら待つよ?」

 「がえれる…… やっどがえれるよぅ、うああああ!」


 店内で大号泣である。

 ちょっと他の客の迷惑に成るので、泣き叫ぶ青年を宥めながら店を出て、親切にしてくれた門衛のおじさんへ挨拶し、働かせてくれた農家の一家へ挨拶し、最後に援助してくれた大店の女将さんへお礼と挨拶を言いに立ち寄った。


 「あら? 新しい漂流者さんかしら?」

 「いえ、俺達は向こうとこちらを行き来出来る者です。彼を日本へ連れ帰るので、そのご挨拶に伺いました」

 「…… そう、帰れるのね……」


 少しの沈黙の後、女将さんは『ちょっと待ってて』と言い、すっと立ち上がって奥へ入って行った。。

 そして一通の手紙を手に戻って来た。


 「あなた達とはもう少し早く出会いたかったな。私はもうこの世界で骨をうずめる覚悟が有るの。代わりにこの手紙を日本で心配している両親へ届けて貰えないかしら。未だ生きていると良いのだけど……」

 「分かりました。必ず」


 手紙には、所々涙の滲みの様な跡が見える。

 手紙は、こちらの世界で良く見る巻紙に封蝋という形では無く、封筒に入った日本の手紙の形式だった。

 いつかこういう時が来るかもしれないと、あらかじめ用意してあった物なのかも知れない。


 「あなたも元気でね」


 アキラは手紙を受け取り、女将さんは青年をハグして最後の挨拶を終えた。

 そして、ユウキとアキラは、青年を元の世界へ送り届ける為に、最初にこの国へのゲートを開いた場所へやって来た。


 「あのね、あっちの世界に戻るとあなたはまた女性に戻るから、今の内に着替えておいた方が良いと思うの」

 「あ、はい」


 ゲートポイントの傍に作って置いた拡張空間へ入り、青年が大事に取って置いた当時着ていたセーラー服に着替えた。

 2021年現在、女子高生の制服がセーラー服の学校は絶滅していると思っていたのだが、結構生き残っているらしい。

 アキラとユウキは、着替えて出て来たセーラー服姿の青年を見て、思わずプッと吹き出してしまった。


 「ちょっと、酷く無いですか!?」

 「いや御免御免、私達も初めてこっちへ来た時にちょっとヤバかったのを思い出しちゃった」

 「だから、私達は成るべくスカートは履かない様にしているんだ」


 セーラー服姿の青年は、ちょっとふくれっ面をして見せた。


 「では、日本へ御一名様ご案内ーっ!」


 ユウキは例によってブルートゥースイヤホンを装着し、スマホの再生ボタンを押すと、何時もの黒板を引っ掻く音が爆音で流れ、目の前にゲートが開く。

 他の二人にはゲートは見えていないので、ユウキが二人の手を取り、先に立ってゲートを潜る。

 景色が一転して変わり、道路脇にある看板の日本の文字を見て、日本に移動した事を知る。


 セーラー服の青年は可愛い女子高生へ変わり、道端の日本の文字を見つめて涙を流した。


 「帰って来た…… 帰って来れた!」


 女子高生が振り向くと、そこには男に変わった優輝と女に変わったあきらが立って居る。

 女子高生は、二人に抱き着き、涙を流しながら何度もお礼を口にした。


 「ありがとう! ありがとうございます!」


 女子高生をベンツで最寄りの駅まで送り届け、途中で見つけた郵便局へ寄って預かった手紙を出し、車を走らせ国道へ入った。

 優輝は地図を確認して当初の目的地までの道をナビゲートする。


 「ちょっと寄り道しちゃったけど、万事OK!」

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