第102話 御釜

 目指すは蔵王連山。そこの御釜という火口湖。

 多分異世界側にはそこへ行く為の登山ルートは無いので、日本側から車で行く事にした。


 「少し南に行った所から、蔵王温泉スキー場へ行く道へ入って」

 「了解」

 「スキー場から蔵王エコーラインという道に入ると、御釜まで通じている」


 助手席の優輝がスマホの地図を見ながらナビゲーションをする。

 最も、車にはGPSナビは付いている訳だが……


 「俺の役割……」

 「あっ、会話しながらの方が運転楽しいよ!」


 あきらに気を使われてしまった。


 蔵王エコーラインから蔵王ハイラインへ入り、蔵王山頂レストハウス前のパーキングへ車を停めた。

 そこから展望台へ出てみると、御釜と呼ばれる火口湖を望める。


 「この辺りでどこか拡張空間をセット出来る場所は……」

 「レストハウスの裏にと思ったのだけど、意外と観光客が多くて死角を探すのが難しいわね」


 入り口ドアに重ねて、という方法も適度に人が少ないので却って不審に思われそうだ。

 辺りは開けた土地なので、見通しも良く、身を隠せる様な場所は柵の外へ出ないと見つからない。柵を越えたら直ぐに人が飛んで来そうだ。

 二人は周囲を見回すと、一つの建物が目に入った。刈田嶺神社の奥宮だ。


 刈田嶺神社は、麓から『白鳥大明神』、中腹に『里宮』、そして山頂の『奥宮』と別れており、奥宮は山頂カルデラの縁に建てられている、小さなやしろだ。

 二人はその奥宮の所までやって来て、周囲を見回した。


 「都合良くない? これ」

 「良いわね」


 二人は社務所から死角となるやしろの側面に拡張空間をセットし、その前でゲートを開くと異世界側へ移動した。

 異世界側には当然やしろは存在しないので、目の前でパッと神社だけが消えた様な錯覚に陥る。

 近くに在った岩に拡張空間をセットして、その中でこちらの世界の服へ着替える。

 異世界間移動した時のいつもの行動パターンだ。


 ゲートポイントの前には、どちらの世界にも必ず拡張空間を近くにセットする事にしている。

 移動した時に直ぐに着替えが出来る様にと、何か緊急事態が起こった時には直ぐに地元へ帰れる様にだ。

 ここで言う地元というのは、日本側では自宅、異世界側ではロデムポイントの事を言っている。


 「さて、この辺りにロプロスの出られる空間をセットしたい訳だけど……」

 「観光地として整備されていない、柵も安全な道も無い山頂ってすごく怖いね」

 「そうだね」

 「さっきの展望台付近になだらかな斜面が在ったよ」

 「この足場の悪い所をあそこまで行くのは無理だよ」

 「もうここでいいか」

 「良いんじゃない? そこそこの広さはあるし」


 展望台の在った位置まではそれ程離れてはいないのだが、何も整備されていない、足場の悪い山頂を素人が歩くのは自殺行為だと諦めた。

 もし落ちたところでバリアが発動してくれるとは思うのだが、高い所が怖いという様な恐怖感覚まではバリアは防いでくれない。

 仕方ないので、目の前の少し開けた位置にロプロスの出口を作る事にした。


 「どうかな? ぎりぎり20mは確保出来そうかな?」

 「今マップで距離を測ってみたら、短い方でも30mはあるみたい」

 「あ、そうなんだ? 雄大な自然の中だと距離感って狂うね。じゃあ余裕じゃない」


 二人は目の前のちょっとした広場はもっと狭いと思っていたのだが、距離を測定してみたら十分な広さが有る事が分かったので、そこの地面へ20m四方の拡張空間に魔法陣のテクスチャーを張り付けた出入り口をセットした。

 そして、空間通路を通ってロプロスを呼びに行ってロケーションを確認してもらう。


 「どうかな?」

 『素晴ラシイゾ。特ニ火口ガイイ!』

 「気に入ってもらえて良かったよ。あっちとあっちには人里があるから、あまりそちらの方へは近づかない様にしてくれると助かる」

 『了解ダ友ヨ』


 ロプロスは二人を友として認識してくれた様だ。


 「もっと狩場に成りそうな場所を増やしていくからさ、期待してて」

 『ソウカ何カラ何マデ世話ヲ掛ケル』

 「大丈夫! 『友』だから!」


 ユウキは親指を突き出した。

 ロプロスは、何かの挨拶だと思い、右手の爪をそっと突き出してユウキの親指にチョンと触った。


 『少シココヲ探検シテイテモ良イカ?』

 「構わないよ。自由に行き来してくれて。でも、なるべく生態系を守りたいので、一か所でばかり食事しないで、順番に使う様にして欲しいんだ」

 『分カッタ。生態系トハ、考エタ事モ無カッタナ』

 「獲物は狩り尽くすよりも、必要な分だけ少しずつ頂いて上手に減らさない様に保護する人間の知恵だよ」

 『心得タ』


 二人はロプロスへ手を振って別れ、ロデムの元へ帰った。


 「藪漕ぎ用のマチェットを特注したけど使わなかったね」

 「まあ、その内役に立つ事も有るでしょう」




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 安静にしろと言いつつ、結構ハードな旅をしてしまっているのだが、以後のんびりと暮らし、ユウキも妊娠二か月と成った。

 ロデムとアキラの診断でも、心と体とも健康良好との折り紙が付いた。


 「しかし、お腹が目立って来る様に成ったら、日本側へは行き難く成るなぁ……」

 「考えたんだけどさ、ユウキの事も秘密にしないで打ち明けて国に全面的に保護してもらった方が良くないかな?」

 「異世界ゲートを開く能力が私にしか無い事言っちゃうの?」

 「最初の頃はね、向こうの出方も分からなかったから、最後の切り札的に隠して置こうと思っていたんだけど、子供の戸籍の事とかあるじゃない? 何時までも隠して置けるものじゃないのかなって」

 「うーん…… ロデムはどう思う?」

 『ボクの意見としては、もうちょっと待って欲しいかな』

 「そのココロは?」

 『実はね、もう少しでボクも外を歩ける様に成りそうなんだ』

 「えーっ!! 何それすごいじゃん!!」


 ロデムはユウ国の関所村事件で大幅にエネルギー量を増やしたそうだ。

 ユウキもアキラも今更ながら、分割譲渡していたのは魂のエネルギーであって、それは人の魂を喰らっているのと同義だという事に気が付いた。


 ロデムは人の魂を喰らう怪物……?


 ユウキの脳裏にふとそんな考えがよぎった。

 しかし、良く考えるとロデムは、最初にエネルギーなら何でも良いと言っていたのを思い出した。

 エネルギーに種類は無いと言っていたのだ。

 貰えるエネルギーなら質量でも何でも良いと言っていたはず。


 ただ、人の魂のエネルギーは他と比べ物に成らない位巨大だというので、ゲートで異世界を移動する度に増えて行くエネルギーを少し分けて欲しいと言っていたのだ。

 これは、自分達が納得して許諾した事なので特に疑問にも思っていなかった。

 しかし、あの村の一件で、ロデムは村人百人以上の魂と体の構成物質の質量を纏めて奪い取ってしまったという事実を改めて思い出した。


 人の魂を?……


 いやしかし、自分は酷い目に遭わされ、アキラは殺されかけた。あの村は悪人の吹き溜まりだと聞いていた。


 でも、悪人といえど勝手に殺す権利は有るのか?

 いや、こっちは殺されかけている。

 一件に関わっていない人間は?

 悪人なら構わない?

 ロデムは悪人かどうかをどうやって判断していたのだろう?

 アカシックレコードには過去現在未来の出来事が全て書き込まれているというが……

 ロデムはそれを参照して断罪していた?

 でもまだ行われてない罪で人を裁く事は許されるのか?

 しかし、四次元から見たら、時間軸など関係無いのかもしれない……

 そもそもが、ロデムに他人を裁く権利は有ったのか?


 ユウキの頭の中は自問自答でぐるぐると思考が終わり無く回転している。


 『ユウキはボクを怪物だと思う?』

 「ううん。ロデムは私の為に怒ってくれた。人の為に怒れる者が怪物であるわけ無いよ」


 ロデムに思考の揺らぎを気付かれてしまった。

 しかしユウキは即座にそれを否定した。

 ロデムは自分の為に怒ってくれたのだし、助けてくれたのに、自分は何を疑っているのだ?

 今、咄嗟に口から出た言葉の方が自分の真実の気持ちなのだ。

 自分達が不甲斐無いばかりにロデムが泥を被ってくれたのに。それは間違い無い事実なのに!


 「俺もそう思う。もし誰かがロデムを責めるなら、それは俺達が受け止めるべきなんだ」

 「そうだよ! 私達が無知で馬鹿で、何の対策もしないで無防備にあんな所へ行ったのが悪いんだから」


 ロデムの事を信じると誓った筈なのに、あれは嘘なのか?

 こんなに心の弱い自分は嫌だ。

 強くなりたい。


 「私達の代わりにロデムが怒ってくれただけで、そのおかげで私達は無事だったんだから、感謝こそすれ悪くなんて思わないよ」

 「そう、私達は魂の繋がった仲なんだから。ちらっとでも変な事想像しちゃって御免ね」

 「俺も」

 『有難う、アキラ、ユウキ』


 ちょっとしんみりしてしまった。

 もし世界がロデムを排除しようとするなら、ユウキもアキラも全力で戦うだろう。

 そう、自らの心を再確認した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る