第156話 謎の地下施設

 そこは王立魔法科学院。

 イギリス政府公認の魔法科学研究所なのだった。

 字面だけ見ると学校と勘違いしそうだが、研究機関だ。

 「王立『魔法科』学院」ではなくて「王立『魔法科学』院」です。


 アメリカの超巨大企業のCEOであるデクスターと、彼女の連れた黒髪の謎の東洋人女性は、周囲の注目を集めた。


 「やばい! 秘密基地っぽい! こういうの好き!」

 「お気に召した様で何よりだわ」

 「何でディディーが自慢げなのよ」

 「だってここ、私の所が50%出資しているもの」

 「ええー……」


 つまり、日本とアメリカで始めたあの拡張空間内の研究ラボと似た様な立ち位置の物らしい。

 イギリスはやはり魔女の本場みたいなところがあるので、アメリカには無い技術が有るらしいのだ。

 それはあきらも大いに興味が有った。

 しかし、ここと日本を繋げるというのは、あきらの一存で出来る話では無い。一応神管にお伺いを立てる必要が有りそうだ。


 「ちょっと電話して聞いてみる」


 その言葉は、周囲の研究者達の注目を浴びてしまった。

 周囲の高価な計測器に干渉するからと止めに入ろうとする者、この地下1,000mの空間から電波が届くと思っているのかと馬鹿にした目で見る者、その結果を興味深そうに見守る者、ただこの物知らずな日本人が失敗して赤面する様子を想像してニヤケる者達、その色々な意味の視線が集まる中、あきらはスマホを取り出すと、電話を掛け始めた。


 「もしもし、あきらです」


 日本人は電話で話す時に本当に『もしもし』と言うんだ! 日本のアニメでは見た事有るけど、本当にそう言うのは初めて見た! ……などどいう事も少し頭をよぎったが、研究者達は直ぐに事の異常さの方へ意識を集中させた。


 電波は1,000mの岩盤を貫通出来ないし、この研究施設の空間だって電磁波の類は吸収し反射させない構造に成っているのだ。

 それは、精密な計測機器の測定誤差を成るべく出さない様に設計された深度と構造なのだ。

 しかし、あきらは普通に電話を掛け、会話をしている。

 スマートフォンからも応答の声が漏れ聞こえて来ているので、彼女が本当に通話しているのは間違いない。

 これは一体どういう事なのだろう?


 驚いた研究者達は直ぐ様、考え付く限りの計測器を持ち出し、今何が起こっているのかを究明しようと動き出した。

 研究員達の自分の予測とは違った結果への対応、そして今やるべき事の優先順位、謎を解明しようとする判断の切り替えの速さは尋常ならざるものだった。

 流石に国家に選別され選ばれたスタッフ達だ。

 己の間違った予測結果を瞬時に切り捨て、強制的に軌道修正する状況判断の的確さは目を見張るものがある。


 「……なんか、OKだって。あなたあの時、麻野さんとどんな契約したの?」

 「んーと、何だったかな? 確か、アメリカ側の魔法は全部提供します。日本の方のは製品の買取のみ、みたいな感じよ」

 「それって、アメリカ側に不利な不平等契約なんじゃ……」


 確かに、アメリカは技術全部出します。日本は技術は見せないけど完成品だけ売ります、などといいう不平等な契約をアメリカ人自ら結ぶとは不思議な話だ。


 「別に不思議な事でも無いわよ。私達の技術はあなた達とは比べ物に成らない位遅れている。魔法の製品化すら出来ていない状況なのよ? うちの遅れた技術を出すだけでそれを製品化してくれて、おまけに数段優れた技術で作られた製品も購入出来るなんて、夢の様な話じゃない」


 マスケット銃百本とCIWSを一つと交換ね、みたいな話なんだと思う。


 「それにアキラ、あなた何故自分がそんな物を作れるのか分かっていないんでしょう?」

 「うっ……」


 図星である。

 正確には、出来るけど何故それが出来るのかその理屈を理解出来ていない、と言うのが正しいかも知れない。

 ただあきらの能力は、ちょっとエネルギーの流れが見えて、それをちょこっと弄る事が出来るだけという、とても物造りに適した能力だった。

 ただそれだけの能力が、非常に有用だったと言うだけの話なのだ。


 「そのおかげで私達にはどうしても出来なかった魔法の製品化に成功したのだから、寧ろ利益が大きいのは私達の方なのだわ」

 「そんなものなのかしらね」

 「そんなものなのよ」


 アメリカ側はただ魔法を見せさえすればそれを製品化してもらえる、日本側はただで色々な魔法の魔法式サンプルを収集出来る。WIN-WINの関係という事らしい。

 だから、ただでイギリスの魔法も収集出来るなら喜んで繋ぎましょうという事に成るのだろう。

 ただし、日米両方にとっての同盟国に限る。


 あきらはスマホを操作し、この秘密基地みたいな地下施設と日米間に拡張空間で作ったラボを連結した。

 イギリス側の地下施設設計技師達は、拡張空間ラボを見るなり膝を着いた。

 自分達が電磁波も振動も温度変化も嫌い、莫大な費用と長い年月を掛けて地面を掘り、その存在を隠し、人の目を避け、セキュリティの為に中へ入れる人間を限定する仕組みを構築し、最新の科学で作り上げて来たその地下研究施設ラボラトリーが、まだ十代位にしか見えない少女によっていとも簡単にそれを上回る施設を造られてしまったという事実に愕然としたのだった。


 「何もかも馬鹿らしくなるな。俺達は今迄何をやって来たのかって」

 「同意するわ。あの娘の会社では、あの超技術を農業に使っているだけなんだもの」


 イギリス側の科学者達は、拡張空間ラボに入るなり、まるで初めて田舎から上京して来たおのぼりさんの様に上の方を見上げてキョロキョロと物珍しそうにしている。


 そんなこんなで日米英の研究者達の顔合わせも済み、研究は加速して行く事に成る。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「まーたお前、出入国の記録が無茶苦茶に成るから止めてくれって言っただろうが」

 「あら、出国した記録が無いのなら、私は何処にも行っていないで良いじゃない」


 帰国したあきらに麻野は開口一番にそう苦言を呈した。

 しかし、あきらの方は涼しい顔である。

 確かに、出国した記録が無く、今現在日本に居るなら、何処へも行っていないで済むのかも知れない。

 だけど、この問題はあきらだけの話では無く、日米英の科学者全員に当てはまる話なのだ。

 日米英の科学者達が自由気ままにその三カ国の国を自由に行き来して、時々外出なんかして遊んで帰ってきたりする。

 この問題は、入管の方から苦情が寄せられた。

 予測出来た事態なのに、対応が全然追い付かない。まるで見えている落とし穴を避けられないで落ちるを繰り返している様だ。三カ国の首脳陣は、胃に穴が開く思いで対応に追われる事と成った。

 早急にこの三か国で話し合い、この問題を解決しなければ成らないだろう。

 麻野は急に増えて来たこの些末な、だけどいちいち面倒臭い問題に頭を悩ませる事に成るのだった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「うーん……」

 『どうしたの? アキラ』


 今日はアキラがオフの日なので、異世界側に居るユウキの所へ遊びに来ていたのだが、どうも仕事の方が気に成ってしまう様で、時々虚空を見つめては唸ってしまっている。


 「アメリカとイギリスの魔法なんだけどね……」


 アキラは、魔法を見さえすればその時現れる干渉縞、俗に言う魔法陣を写真の様に記憶し、再現させる事が出来てしまう。

 それを現代科学に落とし込み、電力のエネルギーで魔法を発動させる魔法装置を作り上げる事にも成功している。


 「だがしかし! 分からない魔法が一つあった!」

 「アキラでも分からない? 魔法円が見えないの?」

 「見えてる。見えてはいるんだけど、再現出来ない」

 「どういう事?」

 『魔法円の模様が毎回違うんでしょう?』

 「え? ロデムは何か知ってるの?」

 『まあね、あれでしょう? 変身術』

 「そう! それっ! あれが不思議でしょうがない! 何回か見せて貰ったんだけど、毎回干渉縞模様が違って出るんだ」

 「へえ、不思議だね」

 「あの魔法だけなのよ、コピー出来ないのは」

 『あの魔法はね、ボク達が使っているバリアとちょっと近いかも知れないよ』

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