第157話 デクスター異世界へ行く

 「干渉縞模様、つまり魔法円が毎回違って出るってどういう事なの?」

 『体の表面の座標を決める部分が毎回違うからなんだよ』

 「そっか、人間て動くもんね…… という事は、私達のバリアも似た様な計算を都度やっていて座標を定義し直しているの?」

 『いや、人間の体って、動くだけじゃなくて筋肉や脂肪や皮膚がタンパク質のゼリーみたいな物でしょう? 伸びたり縮んだり、偏ったり皺が寄ったり常にしている。そんな物の表面の座標を常に計算していたら、膨大な計算量に成ってしまうから、もうちょっと大雑把な方法を取っているんだ』


 ロデムの説明によると、衣服やアクセサリーを含めた体のサイズや体積を大まかに算出して、それを覆う様な弾性体の被膜を想定して、それを若干縮小する様な形で体に密着するようにさせているのだそうだ。

 尤も、ロデムの言う『大まかな計算』はスーパーコンピューター、はたまた量子コンピューターかそれ以上のレベルなのだが。


 「という事は、ディディー達の持っているあの道具はスーパーコンピューター並みの計算能力を持っている、という事なのね?」

 『おそらくはね。直に調べてみたいな』

 「とは言っても、ディディーは見せてくれないでしょうね」

 「あきらのスマホと交換なら触らせてくれるんじゃない?」

 「どうかしら? 一応聞いてみる?」




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「はいこれ」

 「意外とすんなり触らせてくれるのね」


 あきらはデクスターのオフィスへ行って、スマホと交換でそのピアスを触らせて欲しいと言って見たら、デクスターは躊躇う素振そぶりも無くピアスを外して差し出して来た。


 「だってそのスマホを触れるなら喜んで貸すわよ」

 「そんなに? 何の変哲も無い、あなたの国の林檎社製品よ?」

 「変哲有るでしょ。中身改造しているのは知ってるんだから…… って、何これ重っ!」


 あきらがスマホをデクスターの掌に置いた途端、彼女は吃驚した様な声を出した。


 「ああそれ、電池が長持ちする様に鉛の塊が入っているのよ」

 「鉛が?」

 「そう、質量をダイレクトに電流に変換しているから、なるべく重い元素の方が長持ちするの」

 「長持ちって、だったら数グラムも有れば一生持つでしょうに…… ああ、バリアがエネルギー食うのね」

 「まあね、だから多少重い位は我慢なの」

 「それにしたって、ダンベルじゃないんだから。あなたよく平気ね」


 やはり異世界間を何回も行き来していたせいで、生体エネルギーの方も徐々にではあるが増加しているのだろう。

 きっと今のあきらの運動能力を測定すれば、鍛えた男性アスリート並みの数値を示すに違いない。


 「ねえ、このスマホ、少し操作させてもらえない?」

 「ロック解除しろって事? ちょっと危ないアプリも入っているんだけどな…… ま、いいか、その代わりそっちのピアスも少し見させてもらうわよ?」

 「お好きにどうぞ」


 あきらはスマホのロックを解除してデクスターへ渡した。


 「ビームアプリだけは本気で危ないから触らないでね」

 「了解…… って、全然動かないんですけど?」

 「そう? 電話もだめ?」

 「あ、それは使えるみたい」


 デクスターは、あきらのスマホから自分のスマホへ電話を掛けて確かめてみていた。

 デクスターが自分のスマホの番号をタップすると普通に呼び出し音が鳴り、会話も繋がる。


 「このオフィスは、イージス艦に搭載されているソレと同等の電波妨害装置が設置されているのだけど、普通に繋がるのよね。不思議だわ」

 「アプリの方は生体ロックが掛かっているのだわ」

 「そうなの? 残念ね」


 デクスターはスマホをあきらへ返し、今度はあきらがピアスをどう見るのかに興味が移った様だった。


 「ありがとう、ちょっと見させてもらうわね」


 あきらがそう言い、エネルギーの流れの詳細を見ようと意識を集中した途端、耳をつんざく様な悲鳴が鳴り響いた。


 『キャアアアアァァァァァアアアァァァァ!!!!!』


 その悲鳴は声では無く、脳に直接響く様な大音量の金属音の様な音だった。


 「ちょっと、耳がキーンと成ったんだけど、何なのよ!」

 「あなた、何をしようとしたの?」

 「何も? ただ手に持って見ようとしただけよ?」


 それはまるで、意志を持った何かが中を覗き見られるのを拒むかの様だった。

 あきらは左手の人差し指を耳の穴に突っ込み、ピアスをデクスターへ返した。


 「なんだか道具と言うより生き物みたいだわ。私に見られるのが嫌みたい」

 「この中には妖精が入っているのよ」

 「妖精?」


 あきらは両手を肩の辺りで小さくパタパタと動かして、妖精の真似をしてみせた。


 「そう、まあ、信じるわ」

 「信じるんだ」


 あきらは、本当に妖精が居るのかどうかはともかく、何らかのエネルギー体が入っているのだろうとは見当を付けていた。

 スマホ等に入っている、言葉で命令出来るAIコンシェルジュ程度の言語認識性能が有り、人の魂程の巨大なエネルギーを持つ何かがそこには入っていた。


 「これの研究が進まない原因はこれなのよね。世界に数点しか存在しない貴重品だから、絶対に壊す訳にはいかないの」

 「分解して中を見る訳には行かないって事ね。じゃあ、X線や超音波やMRIで中を見る事は出来なかったの?」

 「真っ白に成っちゃって写らないのよね。しかも今みたいになるし」

 「ふうん……」


 あきらはさっきチラッと見えた何かが気に成り、考え込んでしまった。


 「ねえ」

 「……」

 「ねえってば!」

 「……」

 「あきら!!」

 「はっ! え? 何?」


 あきらは所構わず、気に成る事が有ると自分の世界に入り込んでしまう癖が有った。

 デクスターに大声で呼ばれて、やっと我に返る始末だ。


 「もうっ! さっきから言っているのに!」

 「だから、何?」

 「私も異世界へ行って見たいな」

 「はあ?」


 お互いの持つ道具の話から、何故急に異世界の話になったのか、あきらはちょっと理解が追い付いていなかった。

 多分、あきらが自分の世界に入り浸っている間に話題が変わり、生返事している内にそんな話に成っていたのかも知れない。

 あきらは大学時代もちょくちょくそう言う事が有り、研究室の友人にも呆れられる事が多々有ったのだった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「と、いう訳で、ディディーを異世界へ連れて行く事に成っていたらしい」

 「ほんとかよ。まあ、構わないけど」

 「神管とはあきらの希望通りの契約を結んであげた訳だし、今度は私の願いを聞いてくれる番よね」


 どうやらそういう話に成っていた様だ。

 あきらもどうやって借りを返そうかと思っていた所なので、これでギブアンドテイクが成立するなら御の字だと思っていた。

 ただし、優輝がうんと言うかどうか次第なのだが。


 「良いよ」


 何だか意外とあっさりしていた。

 優輝はあきら程深く考えない性格なだけかもしれないが。

 尤も、優輝からすれば、花子お婆ちゃんや御崎桜、オーノ・ヒロミさんなんかを移動させている訳で、今更デクスターだけ駄目という理由も無いのかも知れない。

 「じゃあ、その前にちょっと服を買いに行きましょうか」

 「服? そんなの要らないわ。変身術でどんな服にも着替えられるんだし」

 「そうなの? 前に見せて貰った戦闘服以外にも?」

 「一応プリセットでカジュアルな物からフォーマルな物まで十種類位は」

 「ああ、プリセットなんだ。じゃあ、メンズは無いわよね?」

 「男物メンズ? 何故?」

 「必要に成るのよ。まあいいわ、私と大体同じ位の背丈だからゆったり目のを貸してあげる」

 「どういう事?」


 どうせ異世界へ行くのなら、花子お婆ちゃんと御崎桜も一緒に連れて行く事にした。

 二人を携帯で呼び出し、集まった所で異世界へ移動する為に玄関ホールへ集合した。

 流石にこれだけ大所帯に成ると、広めに作った玄関も狭く感じる。


 「じゃあ、移動しますから、みんな手を繋いで下さい」


 ヘッドホンを付けた優輝を先頭に、ロデム、花子お婆ちゃん、御崎桜、デクスター、あきらと並び、順番にゲートを潜って行く。


 「痛っ! いたたた!」


 デクスターが悲鳴を上げた。

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