第158話 二つの世界の魔法使い

 「痛たた…… 何? 変な所が痛いんだけど」

 「何か変化に気が付かない?」


 そう言われてデクスターは周囲を見回した。

 森の中だ。それはいい、だけど老婦人は老紳士となり、女の子は男の子になり、一人だけ男だった先頭に居た彼は、この中で紅一点の可愛い女性と変わっていた。

 あきらの方を見ると、爽やかな好青年と成っている。

 デクスターは、自分の体の痛みが何故なのか、その原因が直ぐに分かった。

 女性物の下着が体に食い込むのだ。

 肩幅が広く、胸板が厚く成ったせいでブラが食い込む。

 それはまだいい、下の方がもっとヤバい。


 「へ、変身術! バトルスーツ!」

 『 Rogerロジャー、変身術起動』

 「ギャアアア!!」


 デクスターの服が液体の様に溶け、身体にピッチピチのバトルスーツへと変化すると、デクスターは悲鳴を上げた。


 「そりゃあ元の身体にピッタリサイズの服になんて変えたら、余計に窮屈でしょうよ」

 「こんな事なら最初に言っておいてよ」

 「言ったわよ? いいから早く解除しなさい。服を貸してあげるから」

 「へ、変身術解除―!」

 『 Rogerロジャー、変身術解除』


 デクスターは慌てて変身術を解除したため、その場で一人だけスッポンポンの丸裸に成ってしまった。

 その姿を見たユウキは、デクスターの下半身の方へ目をやり、赤面した。


 「ウヮーオ…… アメリカンサイズ!」

 「ユウキ! あっち向いてなさい!」


 アキラに怒られてしまった。

 デクスターは、アキラに出して貰ったこの世界の男物の服を貸してもらい、それを着てやっと人心地が付いた様だ。


 「ふう、ヤバいわねこれ! でも、男性が私達を見る時の気持ちが良く分かるわ。女性が凄く可愛く見えるんだもの」

 「ちょっと、私のユウキにちょっかい出さないでよね」


 デクスターがユウキを見つめながらそんな事を言うものだから、アキラはユウキを背中に隠して文句を言った。


 「でもさ、女の人を見てるとすっごいムラムラしてくるわ。こんなの、皆どう処理してるの?」

 「そうそう、そうなのよね」


 同意する御崎桜ことミサキ君を皆が見た。

 この子、こっちに来た当初はどうしていたんだろう?


 「まあ、訓練というか慣れと言うか、段々とコントロール出来る様に成るわ。男性が思春期の長い時間を掛けて徐々に会得して来たものが今一気に来ているみたいな感じだから」


 花子お婆ちゃんことホダカお爺ちゃんは、もうそんな感情はとっくに枯れてしまっている様で、あまりピンと来ていない様だ。


 「それはそうと、ディディーのこちらでの呼び名を考えないとね」

 「それは何故?」

 「魔法の有る世界なので、真名を隠そうと思って。一応用心の為にね」

 「ふうん…… そんなもんなの?」

 「じゃあ、マンダークで」

 「何故そんな怪しい野菜の名前を?」

 「じゃあ、スーザンで」

 「急に普通に成ったわね。OK、それでいきましょう」


 ユウキの命名はハチャメチャな様だが、一応共通項はあるみたいだ。大体はアニメから取っているらしいとうのは内緒だ。

 スーザンは女性の名前の様な気がするが、男性でも稀に居るらしい。


 「じゃあまず何処へ行こうかな」

 「こっちの世界に居る、魔法使いに会いたいな」

 「へえ、こっちにも魔法使いさんが居るのかい? カボチャを馬車に変えたり、人間を白鳥やカエルに変えたりするんかい?」


 ホダカお爺ちゃんの魔法使いに対する認識は、相変わらずそんな感じらしい。


 「私も魔法使いに会ってみたいです」

 「そう言えばホダカお爺ちゃんもミサキ君も魔法使いを見た事無いんだっけ?」


 という訳で、皆をサマンサの庭へ案内する事にした。

 ロデム空間の中には、サマンサの庭へ通ずる門が設置してあるのだ。

 ロデム空間へ入ると、ミサキ君が驚いた声を発した。


 「あっ、ここ! 動画の撮影場所だ!」


 ミスリルナイフや永久電池の販促動画を撮影した場所だと直ぐに気が付いた様だった。

 そういえば、ミサキ君はロデム空間へ入った事は無かったかも知れない。

 外の木の幹に設置した倉庫から直にノグリ農場へ行くだけだったのだから。


 ロデム空間とサマンサの庭との間の門でノッカーを鳴らしてみるのだが、一向に返事が返ってこない。

 一応お互いに呼び鈴を鳴らして返事が有ってから入るルールを取り決めてあるのだが、この前の様に魔法の試射で怪我をして倒れている可能性も有るので、そっと開けて中を覗いてみた。

 そうしたらユウキの心配通り、案の定倒れていた。しかも二人。


 「またかよ…… しかも今度はアリエルも一緒か」


 呆れ顔のユウキとアキラだったが、デクスターことスーザンは急いで倒れている二人へ駆け寄り、呼吸を確かめていた。

 こういった応急処置は、アメリカの方が多くの人が身に付いているそうだ。

 多分、学校で必須で習うんじゃないかな?


 まあ、そんな話は置いといて……

 呼吸をしている事を確かめたデクスターは、呼吸を楽にしようと服の胸元の紐を緩めようとした。

 すると、アリエルは目を見開き、大きな悲鳴を上げた。


 「きゃああああああ!!! 男!!」


 デクスターはびっくりした。

 今迄倒れていた二人が急に立ち上がったのだから。


 「ぶ、無礼者! いきなり何をするの!?」


 今迄倒れていたとは思えない程の気迫で怒りをあらわにしている。

 確かに王族の姫の衣服を見知らぬ男がいきなり脱がそうとしてきたので吃驚びっくりしたのだろう。


 「王女から離れなさい! マジックミサイル!!」


 ドーン!!


 サマンサは王女の前へ出て彼女を庇い、スーザンに向ってマジックミサイルを発射した。

 しかし、アキラの渡したスマートウォッチによる心拍数モニターにより自動的に絶対障壁バリアーが張られ、マジックミサイルを防御した。


 「なっ、何よあなた!?」

 「何って、倒れてたから助けようとしただけなんだけど。いきなり魔法攻撃とは酷くない?」


 確かに、どちらの言い分も尤もで、どちらにも悪意は無いのかも知れない。


 「では、こちらの魔法もお見せしよう。ロテ・クーゲル!」

 『 Rogerロジャー 赤い球体Rote Kugel起動』


 スーザンの耳飾りが音声応答し、スーザンの目の前に赤みのかかった拳大の光る球体が出現した。

 空気が超断熱圧縮され、高熱の球体と成っている様だ。

 それをスーザンは指先でコントロールし、一回転させてからサマンサ達の足元の地面へ放り投げた。

 球体は地面へと吸い込まれ、一拍置いた後、爆発して土砂を巻き上げた。


 「きゃあっ!」

 「な、何これ!」


 サマンサ達はその衝撃で後ろへ吹っ飛んだ。

 更に自分達の知っている魔法とは違う魔法に戸惑った様だった。


 「もう、頭に来た! マジックデトネー……」

 「はーい!! ストップストップ!!」


 アキラとユウキは慌ててサマンサの魔法詠唱を止めた。

 こんな所で核爆発起こされてはたまったものじゃない。


 「ちょっと二人とも落ち着いて! その魔法は人に向けて使っちゃダメでしょ!」

 「ちょっとユウキ、何なのよこいつ!」

 「紹介する間も無く喧嘩始めるんだから。びっくりしたのはこっちよ。そもそも、何で二人して倒れてたのさ」

 「なんでって…… ねえ」


 アリエルとサマンサは、顔を見合わせて口籠っている。

 問い詰めると、前回ユウキ達が来た時に倒れていたらベッドまで運んでくれて御馳走にまでありつけたからなのだという。

 だから、ユウキ達の来る門の呼び鈴が鳴ったのでまた御馳走が食べられると思って、二人して倒れたふりをしていたそうだ。


 「餌付けされた野生動物かよ…… 王女様迄何やってんの」


 アキラが呆れていた。

 そうしたら、男が駆け寄って来ていきなり服を脱がそうとしてきたので攻撃してしまったという事だった様だ。


 「えっ? この世界のエルフって皆こんな面白い感じなの?」

 「こんなのサマンサだけだよ」

 「失礼ね!」

 「王女も品格無く成るから程々に付き合った方が良いよ」

 「私、ボロクソに言われてる!?」


 サマンサが外聞が悪いとばかりに抗議して来るが、彼女が何かとセコイのは事実だろう。

 これでも一応王族の血統の末席には居るらしいのだが、とてもそうとは思えない所が悲しい。


 「そんな真似しなくても、ちゃんとお土産は持って来てるから」

 「「やったー!!」」

 「王女様も嬉しいの? 感化されすぎでしょう。まあ良いけど」

 「今回は異世界堂本舗農業部門のフルーツ農場で採れた南国フルーツの詰め合わせと、スーザンが用意したハンバーガーとピザだよ」


 アメリカ人は、結構ハンバーガーとピザを御馳走だと考えている人が居るぞ。

 しょっぱいだけのカレーとか、本気で吃驚した記憶がある。

 カレーを不味く作るのは逆に難しいだろと言いたくなるレベルだった。

 食文化だけは正当なイギリスの末裔なのかも知れない。


 「でもまあ、ハンバーガーとピザは割と当たり外れの無い美味しさである事は認めよう」

 「なによそれ、馬鹿にしてるの?」

 「揚げバターとか、天才の発想よね」

 「私はあんなもの食べないわよ!」


 最初は行き違いが有ったけど、一緒に食卓を囲めば皆仲良しだ。

 食事後、サマンサ執筆? の『シン・魔導書』を見せて貰い、スーザンは色々な魔法に満足げだった。


 「それで、スーザンはいつうちに来ますの? 父上の予定もありますから」

 「え? 何で私?」

 「だって、私達結婚するのに両家の挨拶は必要でしょう?」

 「はあ?」


 何かアリエル王女が変な事を言い出した。

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