第247話 その夜

 三浦はアリエルに案内された客間ゲストルームへ入り、部屋の中を見回した。

 そして、『ふうっ』とため息をいた。


 「俺のマンションが幾つ入るんだ?」


 ちょっと広すぎて、この部屋だけで何坪あるのかも分からない。中央にキングサイズのベッドが置かれているが、部屋がバカ広過ぎて小さく見える程だ。掛け布団は無く、何かの毛織物らしい薄手のブランケットが一枚掛けられていた。きっと化繊でも混紡でもなく、天然の聞いた事も無い様な動物の、高いやつなんだろうなと何となく思う。

 空調は完璧に調整されているので、寧ろ何も掛けなくても寒くは無さそうだ。

 部屋の中は暖色系の明かりで夕方位の明るさに調光されており、とても落ち着いた雰囲気だ。

 よく見ると、調度品はどれ一つとっても高価そうで一体一つ幾らするのかも見当も付かない。自分とは別世界のセレブの部屋は、まるで映画のセットの中にでも居るかの様に現実味に乏しかった。

 三浦はベッドにダイブし、仰向けに寝転んで天井を見つめ、自分の今住んでいるマンションと比較して、ちょっと日本人の自分にはこの広さは落ち着かないなと思った。


 明日は早朝に出発するという事なので、目を閉じて眠ろうとするのだがなかなか寝付けない。枕が変わったからなのか、部屋が落ち着かないのか、異世界で女性の体に変わった事で感覚がいつもと違うからなのかは分からないが、五感が鋭敏になっている様で目が冴えてしまっている。そう言えば、今自分は女なんだなと改めて気が付いた。

 自分の胸に手をやってみると、確かに膨らみがある。自分の家系の女達は、母親も姉も祖母も皆胸が大きかった。そういう遺伝子を持っているのだろう。自分が女であれば、こうなるよなと納得した。


 「シャワーでも浴びるか……」


 独り言の様にそう言うと、服を脱ぎ…… というかリストウォッチに『undress』と命令すると、服は瞬時に光の液体化され、リストウォッチの側面に吸い込まれていった。どういう仕組みなのかは分からない。あの服の体積がこのリストウォッチの中に全部入る筈が無いのは科学に詳しく無くても分かる。おそらく拡張空間とかいう物が薄く小さく取り付けられているのだろう。服を着たり脱いだりがこんな一瞬で済んでしまう事に慣れてしまうと、もたもたと着替えをする時間が煩わしい。洗濯やクリーニングに出す手間、汚れが落ちないだのアイロンが掛かってないだのの心配をする事も無い。朝出勤前にどれを着ようかと悩む必要も無いし、時間が無い中着替えにもたつく事も無縁となった。もう以前の生活には戻れそうもない。


 各ゲストルームには全てバス・トイレが完備されているらしい。ゲストルームは何部屋あったっけと思い出そうとしたのだが、それを知った所でただ自分で思い出して一人でビックリするだけなのでやめた。

 ただ、風呂場は三浦の感覚からするとちょっと物足りなかった。シャワーヘッドは壁の高い所に固定されていて、手に持って体の隅々を洗うことが出来ない。バスタブは在るには在るのだが、湯を張ってゆっくりと温まる様には出来ていない。特に追い焚き機能が無いのが不満だった。勿論、蛇口を捻ればお湯は出てくるのだが、ぬるいのだ。三浦は、熱いお風呂に浸かりたかったのだ。仕方ないので、蛇口とシャワーを全開にして、少しでも早く溜まる様にした。温度設定を上げてみたけれど、シャワーは高い所から幾筋もの細い線で落ちて来るので途中で冷めるのか、やはりぬるく感じた。


 バスタブの中に横たわって、ゆっくりとお湯が溜まって行くのを待つ。シャワーの湯は、胸から太股の辺りに当たりマッサージの様に心地良い。

 だけど、皮膚感覚が男の時よりも鋭敏なのか、何だか段々と変な気持ちになって来てしまった。胸を触ると乳首が立っている。右手を臍から下の方へ移動させようとしてピタッと止まった。あきらと野木のニヤニヤした顔が浮かんだのだ。


 「あいつら、きっと俺がこうする事を知ってやがるんだ」


 思う壺に嵌まらないぞと思った。俺は決して流されたりしないぞと思い、バスタブから勢い良く立ち上がった拍子に滑って外へ転がり落ちてしまった。

 バスルームの床におでこをしたたかに打ち付けてしまった痛みを堪えて風呂から上がり、濡れた体のまま用意してあったタオル地のバスローブを着ると、部屋の片隅にホームバーのカウンターがある事に気が付いた。備え付けの冷蔵庫を開けてみると、ロックアイスの他にトニックウォーターやミネラルウォーター、そして値段の高そうな酒瓶が何本も入っている。横のワインセラーにも年代物のワインが何本も置いてある。


 「これ、勝手に飲んで良いんだよな? ゲストルームに置いてあるんだし……」


 ちょっと勝手に飲んでしまうには躊躇う様な高級な酒類を前に三浦は自問自答した。


 「まあいいか、こんな所に置いてあるのが悪いんだし」


 三浦は適当に酒瓶を何本か手に取ると、徐にデキャンタ―にワインを注ぎ、ワインクーラーに氷を入れてその中に突っ込んだ。

 それをベッドわきのテーブルへ運び、ラベルを見て一瞬目を見開いて小さな声で『わお』と言ったが、それを見なかった事にしてテーブルへ戻した。

 最初のワイン1本は直ぐに空けてしまった。再びホームバーの所へ行き、ウイスキーやら日本酒やらの瓶を持って戻って来る。


 「お、獺祭か、俺これ好き」


 既にワインもウイスキーも日本酒もちゃんぽんである。いかに酒が強い三浦でも結構出来上がって来てしまっている。


 「おかしいなー、俺この程度じゃいつも平気なんだが……」

 

 男と女ではアルコールの代謝に差があるそうだ。一般的に女性は男性の半分だと言われている。三浦は男の時の感覚で飲んでしまい、この差に気付かずに酔ってしまったのだ。

 ぐるぐる回る頭で部屋を見回すと、テーブルの横に人影が立っている事に気が付いた。


 「おー、ロミリオンだっけ? お前も酒に付き合え」


 三浦は手に持ったグラスにウイスキーをストレートでなみなみと注ぎ、ロミリオンの方へ突き出した。ロミリオンはそれを無言で受け取ると、一気に飲み干した。

 薄明りで見るロミリオンの横顔はなかなかのイケメンだ、ちょっとドキドキした。そして、ハッと気付き、いやいや俺は男の顔を見て何を考えているんだと頭を振ってその思いを振り払った。


 「お、いけるねー。今夜は返さないぞ」


 三浦が向かい側の椅子に座る様に促すと、ロミリオンは無言で席に着いた。

 酒を酌み交わしながら、お互いの身の上話に花を咲かせる。


 「へー、そんな事が、お前も苦労してるんだな」

 「そっちこそ、頑張っているのが俺にはわかるぞ」

 「分かってくれるか心の友よ」


 お互いの話を酒のつまみに、泣いたり笑ったり意気投合している。初対面の相手だと言うのに古い付き合いの親友みたいな感覚になっていた。

 しかし、深夜にもなると段々と口数も減って来る。既に出来上がってしまっている三浦は、ついに眠気に逆らえず、テーブルに突っ伏して夢うつつとなってしまった。ちょっと前から既に気分はフワフワ状態だったのだが、その時ふっと体が宙に浮いた様な感覚がした。それは魔法アプリの浮上術で空を飛んだ時の感じに似ているなと思ったが、ロミリオンにお姫様抱っこされている事にぼんやりとした頭で何となく気が付いた。

 厚い胸板に抱かれ、下から見上げるロミリオンの浅黒い顔にドキドキが止まらない。三浦は頭の中で、『あれ? 俺って男にときめいているのか? いやこの鼓動はアルコールのせいだろう。男同士でそんな、おれはノンケだぞ』と自問自答している。

 そして、ここは無重力かと思わせる程の程良いスプリングの弾力が効いたマットレスのベッドへ運ばれると、そっと寝かされた。

 そして、ロミリオンにバスローブの紐を解かれる。


 三浦は、『あ、これはヤバいな』と思ったのだが、抵抗は出来なかった。頭の片隅では拒絶したいのだが、何故か体に力が入らない。いや寧ろ体の方は受け入れようとしているのがわかる。下腹部が熱い。

 ロミリオンは既に自室で風呂に入って来たのか、茶黒い油は洗い流され、素肌が露になっている。ダークエルフの呼称の由来は、その体に塗った黒い油のせいでもあるのだが、元々が浅黒い色の皮膚なのだ。

 ロミリオンの顔が目の前に迫り、三浦の心臓は爆発寸前だった。拒もうと前に突き出した両腕は、意思に反してロミリオンの頭を抱え込み、自分の胸へと引き寄せている。

 ロミリオンの顔が三浦の顔に重なり、優しい口づけと愛撫で三浦の頭の中は真っ白と成り、ついにロミリオンは思いを遂げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る