第248話 ユウキと三浦

 次の日の朝、出発前に皆はリビングルームへ集まっていた。


 「なんだよルーカス、目の下の隈作っちゃって」

 「お前らのせいだろ! それに寝不足なのは全員じゃねーか!」


 そう、何故か全員が生あくびをしている。ルーカスばかりを責められない。ルーカスは部屋の外から聞こえて来る嬌声に一晩中悶々とさせられ、という事は他の部屋のカップルは、どいつもこいつも一晩中いたしていた、という事になる。


 「ここはラブホか! 良く平気で人の別荘でヤれるな」

 「お前らも同罪だからな!」

 「「てへっ」」


 自分達だけは第三者みたいな顔をしていたが、ユウキとアキラも同罪だった。


 「ま、それは良いとして」

 「良くないだろ!」

 「三浦が来ていないな」

 「あ、じゃあちょっと私が呼んでくるよ」


 ユウキはそう言うと、三浦の部屋へ向かった。確か今いるリビングの二つ上の階で、階段から一番離れた廊下の奥だとアリエルに教えてもらった。しかし、階段を駆け上がったものの、ホテルみたいにドアに部屋番号が書いてあるわけでもなく、似た様な扉が幾つもあるので、ユウキは部屋を探す羽目になってしまった。廊下もホテルみたいに真っ直ぐで部屋が整然と並んでいない、無駄にお洒落な配置なのだ。そして常識外れな程でかくて広い。廊下が90度曲がり、陽光が入る謎のクッションだらけの開放スペースがあったかと思うと、その隣にゲストルームがあり、ガラスの天窓の渡り廊下を抜け、今度は右にゲストルームのドアがあり、ベランダに出られる観葉植物の置かれたガラス張りの開放スペースがあり、廊下は二又に分かれ、今度は左と思いきや右にゲストルームがあり…… と、『迷路かここは!』と心の中で突っ込まずにはいられない構造をしている。

 というか、そもそもどこが奥なのかさえ良く分からない。廊下がぐるっと一周して元の場所へ戻って来るのだ。そのせいでユウキは奥の辺りと言われた部屋を順番にノックして行かねばならなくなってしまった。

 ユウキの目ならば、そんな事をしなくても部屋の中に生命のエネルギー体が居るのは見えると思うのだが、その時は何故かうっかりしていたというか、あまり使用頻度の高くない能力をつい使い忘れていたのだった。


 その時、ユウキが次にノックしようとした先の部屋のドアがカチャッと開き、ロミリオンが出て来た。


 「あ、ロミリオン、皆もうリビングに集まっているよ。支度して早く行って」

 「わかった。今行く!」


 ロミリオンはそう言うと駆けて行った。しかし、ロミリオンが廊下の角を曲がって見えなくなってからユウキはある事に気が付いた。


 「あれ? ロミリオンの部屋は下の階じゃ……」


 ロミリオンの部屋は今自分が居るフロアの一個下だった気がする。そう思いながらちょっと考え事をしたら、やっと自分の能力を思い出した。ユウキがその目を使い生命エネルギーを探ると、やはりその部屋の中に反応が見える。

 ユウキはドアをコンコンコンコンと四回ノックした。世界標準公式マナープロトコールマナーではノックの回数は四回なのだそうだ。ユウキはアメリカ人の別荘だしなという考えがあったのかどうかは分からないが、四回ノックをしたのだった。ちなみにユウキはプロトコールマナーなんて知らない。何かどこかで聞いた雑学で、二回はトイレの時のノック回数だというのを聞いた事があったのだ。だからその倍の回数を叩いてみただけなのだったが、偶然正解を引き当てた様だ。アメリカのホームドラマでは、ガンガン五回位叩いているのを見た事もある。

 ドアをノックすると、部屋の中で人が動いた気配があった。


 「ユウキだけど、入るよ」


 ユウキはドアを開けた。私邸なので、各部屋にカギなんてついていない。人のいる部屋に入る時にマナーとしてノックする程度の事だ。

 ユウキが部屋の中へ入ると、三浦は裸の体に薄いブランケットを纏っただけの姿で、立膝で座り両手で顔を覆って項垂れていた。その姿は妙に艶めかしいというか、ぶっちゃけエロかった。


 「やっちまったー…… うう」


 まあ、ベッドの乱れとか、サイドテーブルの上に転がった空の酒瓶とかを見れば、大体の事は察せられる。


 「俺…… 変だ、何でこんな事に…… ノンケの筈なのに、男同士でこんな……」


 あなたは今女ですよとユウキは思ったのだが、三浦のあまりの落ち込み様にかける言葉が見つからない。


 「俺、どうかしちゃったのか? 死んでしまいたい」

 「待て待て、はやまるな!」


 三浦が物騒な事を言い出したので、ユウキは慌てて止めた。


 「あのな、三浦は今は女なんだぞ、別におかしくなったわけじゃない」

 「しかし、男のプライドが!」


 ユウキは、向こうの世界から男を連れて来ると、他の男に対する警戒心の薄さからこういった事故が起こりえる事を今更ながら認識した。今は三浦のメンタルをケアしなければならない。


 「魂には性別は無いんだ、だから転生する度に性別が入れ替わる。男だから女だからという概念は古臭い考えの親や親戚からの刷り込みや、肉体の生理反応に引っ張られた思い込みなんだよ」

 「し、しかし…… そう簡単に割り切れるものじゃない!」


 ユウキは三浦が言った男のプライドという台詞に引っかかった様だ。輪廻転生では、男・女・男・女と生まれ変わる度に順番に性別が入れ替わるという説があるが、男男女男女女みたいにランダムにならずに毎回決まって男女男女と順番に性別が変わる所をみると、神様が気まぐれで性別を決定しているという訳ではなく、何か法則がありそうだ。

 例えば、右手に持ったボールを次にどちらの手に持つかと考えると、左手に持つしかない。一旦放り投げて再び右手に持つ、という事も考えられるが、変則的な何かをしない限りは順当に右手左手右手と持ち替える事になるだろう。エネルギー的な視点なら、交流電流の正弦波の様にプラスとマイナスが規則正しく入れ替わる。若しくは磁力のN極とS極が入れ替わる。陰陽太極図の様に陰と陽がぐるぐると入れ替わりながら回っている様子とかだ。

 だが、ルーカスの事例を見るとボールを一旦放り投げてもう一度同じ側の手で掴むという方法が、もしかしたら有るのかも知れない。


 「肉体が女の時は心も女として、男の時は男として振舞った方が、気持ちは楽になるよ。肉体の発する信号には無理に逆らわずに素直に受け入れた方が、心の健康の為には良いと私は思うけどな」

 「そうなんだろうか。俺は今までそんな事は考えた事も無かった。ユウキ君の話を聞いて、だいぶ落ち着いて来た気がするよ」

 「微力ながらお役に立てて光栄です」

 「もっと馬鹿にされてからかわれると思ってたよ」

 「マサキさんやアキラは言ってくるかもね。だけどそれは馬鹿にしているんじゃなくて親しみを込めて距離を縮めようとしているだけなんだ」

 「アキラだってさ、男になったばかりの最初の頃なんて、私に……」

 「わーわー! ストップストップ!!」


 アキラが部屋に乱入して来た。あの時の事を言われそうになって慌ててしまったのだ。

 アキラとユウキは魂の半分程を共有している。見聞きしたり今考えたりしている事もある程度分かってしまうのだ。アキラは最初は部屋の外で大人しく待っているつもりだったのだろうが、ユウキが余計な事を言いそうになったのでつい入って来てしまったのだった。


 「コホン、いつまでも降りて来ないから迎えに来たんだよ」

 「悪い、もうちょっと待ってて。それにしても、女性が裸で寝ている寝室に乱入してくるなんていい度胸だな」

 「うわっ、ごめんなさい。下で待ってるからね!」

 

 ユウキに睨まれて、アキラは慌ただしく部屋を出て行った。


 「ありがとうユウキくん、俺の方が年上なのにみっともない所を見せちゃったね」

 「いいよ、性別反転に関しては私の方が先輩だし」

 「もう一ついい?」

 「なんでも」

 「あのさ…… イク時に宇宙が見えたんだけど……」

 「急に何か哲学的な事を言い出したぞ」

 「いやマジで」

 「ふうん、結構楽しんでたんじゃん? ひょっとしたら受胎したかもね」

 「えっ? マジで? どど、どうしよう。男に戻った時どうなるんだ?」

 「いや、一度灯った魂の火は、そう簡単には消えないから安心して」

 「いやいや、何をどう安心しろと? てか、初めての一回で妊娠とか有り得るのかよ!」


 人間の妊娠確立はおおよそ20%なのだそうだ。排卵周期とかのタイミングの兼ね合いもあるのだろうが、これは結構低い確率だと言える。猫の場合だが、雄の陰茎には棘がありそれが刺激となって排卵を促す仕組みなのだそうだが、その仕組みのせいか妊娠の確率は高い。性暴力被害に遭った場合の妊娠率の高さから考察して、もしかしたら人間にもそういった仕組みがあるかも知れないと言う説もある。


 あの時に宇宙を感じる人は時々居るそうだ。思うに、転生予備軍の魂が集まるプールの様な場所が何処かの空間にあり、受胎した時にそこから魂をダウンロードして来る、言い方を変えれば召喚して来るのではないか、その際に母体の意識はその空間へ繋がるのではないだろうか。

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