第28話 男と女はどちらが気持ち良い?

 こちらの世界へ帰って来て、未だ明るい時間だったので大家のお婆さんに挨拶して帰ろうかという事に成った。


 「お婆さん居る―?」


 縁側から中へ声を掛けると、バタバタと走って来る音が聞こえた。


 「あ! あんた達!」

 「どうしたんですか、家の中でそんなに走ったら危ないですよ」

 「これが走らずにおられるかい! これを見ておくれ!」


 お婆さんが手に握っていたのは、どうやら検診の結果表の様だった。


 「どれどれ? ふうん、お年の割には健康体で良かったじゃないですか」


 あきらはその紙を受け取ると項目を順に見て行った。

 どれも正常値で、素晴らしい健康体。何処にも問題は無さそうだった。


 「良かったも何も、あたしの持病がどっかへ消えちまったんだよ! 心不全も肺動脈瘤も脳梗塞も全部だ!」

 「うん、それが? 駄目なんですか?」

 「駄目じゃねーよ! ありがてぇ事なんだけどよ、これ、あんたらがやったんだろ!?」

 「ああ、この間腰を打って痛めた時に、体中あちこちの不具合をちょっと修正した様な」

 「だろ!?」

 「駄目でした?」

 「駄目じゃねーつってんだろ! 有難うよぅ」


 お婆さんは、優輝とあきらの手をぎゅっと握り、頭を下げた。


 「そんな! 止めてくださいよ!」

 「医者に四十代の体だって言われちまってよ。お陰でまだまだ長生きしなきゃならんくなっちまったよ」

 「良かったですね」


 あきらはにっこりと笑って見せた。


 「こんな事に成っちまったからにゃ、お前さんらには責任を取ってもらわにゃ」

 「責任、ですか?」

 「早く子供の顔を見せておくれよ」


 子供の出来なかったお婆さんにとっては二人は孫の様に思える存在であり、その二人が結婚して敷地内に住むというのなら、生きている内に可愛い赤ちゃんの顔を拝ませて欲しいなと思ったのだろう。

 しかし、あきらと優輝は顔を見合わせた。ロデムに子供は出来にくい、多分出来ないだろうと言われたばかりなのだ。

 二人は少々困ってしまった。



 お婆さんの家からの帰り道、あきらは優輝の服の袖を摘まんで引っ張り、小声で言った。


 「ねえ、今日はうちに泊まって行かない?」




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 あきらはアパートの部屋のドア前迄来ると、何時もの様に盗聴器やカメラを機能停止していった。

 もうこれは部屋に入る前の日常のルーティーンと化している。


 「今日はドアの外の廊下にまで仕掛けて有るわ」


 あきらの指差す所を見ると、天井のに止まった小さな黒い虫の様に偽装してあるが、確かにその虫っぽい何かの背中にはカメラのレンズっぽいピンホールが有る。

 部屋の出入りを見張っていたのだろうが、あきらはアパートに近付いた時点で既に気が付いており、階段を上っている最中にそれも止めていた。

 それも敢えて取り外そうとはせずに放置する。あくまでも自然に故障した風を装うためだ。


 「毎回私が帰って来るタイミングで壊れるのに、性懲りも無く毎日設置し直してるのよね」

 「自然に壊れた風を装うなら、一個位わざと残して置いても良いんじゃない?」

 「えー? 私生活覗かれるのは何か嫌だわ」

 「こっちの部屋は偽装で生活しておいて、生活主体はあっちの拡張部屋にしておけば良いんだよ」

 「それ、何か意味有るの?」

 「全く情報を与えないよりは、役に立たない情報を大量に与えて置いた方が、相手も諦めるのが早いと思うよ」

 「そうか、完全に秘密にするとかえって相手の興味を何時までも引いちゃうけど、ゴミ情報を大量に与えてやればその内飽きるって事か……」


 「あっちの拡張部屋には入出権限を設定しているんだろう?」

 「え?」

 「えっ?」

 「冗談よ、私しか入れない様にしてあるわ。今からあなたも入れる様にしてあげる」

 「何だよ、驚かすなよな」


 拡張部屋の方に入ると、可愛いベッドやお洒落な机、円形の敷物にガラスのテーブル、そしてカラフルな沢山のクションに囲まれ、微かに良い匂いもしている。

 向こう側とは全然趣味が違っているのだが、金さえあれば本来はこういったインテリアにしたかったのだろう。


 「向こうはリケジョの顔の時の部屋。こっちは素顔の部屋」

 「成る程ね、良いんじゃない?」


 二人はリケジョ部屋の方に戻り、帰り道で買って来た食材で鍋を作って食べる事にした。

 特に何鍋という名前も無いのだが、好きな野菜と牛肉に付けダレのポン酢とごまだれを買って来てある。ポン酢とごまだれは外れが無いのでどんな食材でも美味しく食べられるのだ。

 そして、缶ビールで乾杯をすると、煮えた野菜から食べる。

 肉はあきらが頃合いを見て随時投入している。


 具材を全部食べ終わった後の〆は、雑炊かうどんかで意見は分かれるだろうが、何故か偶然二人共うどん派だったため、争う事無く仲良くうどんを分けて食べた。


 「あー、こういう風に恋人と一緒に食べる食事って、何倍も美味しく感じるよね」

 「恋人って、改めて言われると照れる」


 やる事やっておいて今更照れるも何も無いだろうが、そういうものらしい。

 後片付けが終わった後、少し酔って頬をピンクに染めたあきらが優輝の隣にちょこんと座る。

 そのまま押し倒そうとする優輝を少し焦らす様に押し留めて、あきらは寝室の方へ誘った。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 翌朝、先に目を覚ましたのはあきらだった。

 隣に寝ている優輝の寝顔を見ていたら愛しくなり、おでこに口づけをしようとしたら、優輝は目を覚ましていたらしく、くるりと態勢を入れ替えてあきらは組み敷かれてしまった。


 「もう一ラウンド」

 「はいはい。分かってるって」

 「物分かりが良くてよろしい」


 「ところでさ、あきらは向こうで男の姿で朝を迎えた事ってあったっけ?」

 「んーん、無いけど耳情報」

 「あそう」


 男が朝にどうなるかなんて、割と女でも普通に知っている情報だった事に、優輝は軽い衝撃を覚えた。

 男は女のそういう細かい情報なんてあまり知らないよなーと思っていたから。

 漫画でも小説でも男はそういう自分等の性情報を開けっ広げに発信してしまう傾向があるが、女は隠しがちだからだろうか。

 女側の性情報は決して男には知られては成らないと思っている人が多いのかもしれない。


 「良く、男と女はどっちが気持ち良いかって話を聞くじゃない?」

 「世間のコモン情報としては、女の方が気持ち良いって事で定着しているみたいだよね」

 「それがさあ、男の方が断然気持ち良いのよね」

 「確かに、両方経験出来る人は今まで居なかったのだから、想像でしか語られて無かった訳だけど」

 「私達は経験しちゃったもんね」


 女の方が気持ち良い説の根拠は、女の方が快感を感じる神経の数が多いというものらしい。

 しかし、欲という観点で考えると事情は少し変わって来る。

 これを、食欲に置き換えて考えてみよう。

 『女の方が味覚を感じる細胞が多いから、同じ食べ物を食べても女の方がより美味しく感じている』と仮定すると、確かにそれは正しいかもしれない。

 だが、食欲という観点から考えると、『よりお腹を空かせている者の方が同じ物を食べてもより美味しく感じる』のは確かで、いつも異常な程腹を空かせているのは、男の方なのだ。

 何故なら、金を払ってでも風俗に行きたいとか違法を承知で買春したいとか行動に移しちゃうのは男だし、あの医学部の先輩の様に非合法な手段に訴えてでもやりたい、なんて性衝動は男にしか無いのだから。

 性欲に関しては常に男の方が飢餓状態であり、だとすると男の方が気持ちが良く感じるというのは、理論上正しいのではないだろうか。


 「ふふふ、あっちに行ったら覚悟しなさいよ」

 「お、おお、お手柔らかにお願いするよ」

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