第29話 怪しい男

 午前中のゼミに出るために大学へ顔を出したあきらを待っていたのは、ちょっとした事件だった。

 研究室の小倉教授に挨拶しようと入室したら、教授があきらの事を指差して近くに立って居る男に興奮して話している。


 「三浦さん、この子! 今話していた、これを作ったのは彼女なんだよ!」

 「なんですって? この方が」


 三浦と呼ばれた男は、こんな若い学生が? と言う様にあきらをジロジロと見るが、あきらが露骨に嫌そうな顔をした為に直ぐに謝罪し、名刺を渡して来た。


 「はあ、キサラギ自動車の三浦さん? 私に何の用でしょうか?」

 「はい、私はキサラギの開発部門を任されております。こちらの新型電池の噂を聞きまして、お伺いさせていただきました。これは、あなたがお作りに成ったとか?」


 三浦が指差すのは、あきらが半月程前に作成した、あの永久電池の試作品だ。

 教授の机の上でノートパソコンに繋がれている。


 「私共は、脱ガソリンエンジンから電気自動車への移行を見据え、発火の危険性のあるリチウムイオン電池に替わる新型電池の開発に力を注いで来ました。他社様では全固体電池等の開発に成功しておりますが、我が社は他と比べて技術開発力が弱く、他社の開発した電池をパテント料を支払って使わせてもらうしか無い現状でして」


 確かにキサラギは自動車業界の中で、乗用車を作っている所では最下位という印象がある。というのも、軽自動車とバイクしか作っていない印象なのだ。業界に詳し人なら農業機械や船外機なんかも作っているのを知っているのかもしれないが、一般人の印象では、軽自動車メーカーというイメージしか無い。


 「この電池は半月前にあなたがお作りに成り、一度も充電する事無くパソコンを動かし続けているのだとか。これを是非我が社で試験させていただきたいのです」

 「え、それはちょっと……」

 「キミ、これの構造に関する論文をお願いしていたと思うのだが、それの完成は何時になるのかね?」

 「あの、ちょっと待ってください。私、これを売るつもりはありませんし、論文を書いて内容を公開する事も考えていません! それを返して貰いに来たんです!」


 あきらは少し怒った風に歩み寄り、機器に取り付けられている永久電池を取り外し、帰ろうとした。


 「失礼します!」

 「あっ! 待って!」


 三浦は咄嗟に電池を持ったあきらの右手首を掴んだ。

 電池は床に落ち、あきらはその拍子にバランスを崩し、三浦の腕の中に抱かれる形で倒れ込んでしまった。


 「あ、す、すみません!」


 あきらは慌てた様子で研究室の外へ逃げて行ってしまった。

 残された三浦は、床に転がった電池を拾い上げ、それをそっとポケットに仕舞った。


 「では私は社に戻りますが、教授は彼女をなんとか説得していただけないでしょうか? 共同研究開発費の名目で資金は十分にご用意させて頂きます」

 「おお、その件はよろしく頼むよ」




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「……なんて事が有ったのよ。その三浦って人、ちょっとイケメンだったかな」


 昼に大学の学食であきらは優輝は落ち会い、午前中に有った出来事を話した。

 優輝はあきらの口からイケメンとかいう言葉が出て来たので、ちょっとムッとした。


 「なんだよそれ? 天秤に掛けようっていうの?」

 「何々? ちょっと焼いちゃいましたか?」

 「別に、そんな訳無いだろ!」

 「なーにもう、可愛いんだから」


 傍から見ると、既にバカップルの域に達している様に見える。


 「先輩達、あんまり公然とイチャイチャしないで下さいね。俺達には目の毒なんですから」


 そう言うのは、偶々居合わせた漫研の後輩男子達だった。


 「今日午後の授業が無いんだったら、伊豆ヶ崎駅へ行って拠点に成りそうな所を探そうと思うんだけど」

 「あ、それいいね! 行こう行こう!」



 あきらは午後の一般教養の授業をキャンセルし、急遽ゲートを開くのに適した場所をロケハンする事にした。


 二人は出かける為に一旦あきらのアパートへ荷物を置きに帰る事にした。

 ストレージへ仕舞えば良いと思われるだろうが、意外と隠れて仕舞える場所を見付けるのが難しいのだ。

 なので、鷲の台駅へ行く途中に在るあきらのアパートへ寄り、荷物をストレージへ仕舞うのと、着替えをする積りなのだ。

 あきらは今はスカート姿なので、向こうの世界へ行く時にはパンツスタイルに成る必要があったためである。向こうは町中の様だったので、向こうで改めて着替えなくても済む様に、男女共用ユニセックス物のパンツと上着を予め買ってあった。


 二人がアパートへ到着すると、急にあきらの部屋のドアが開いた。

 例によって盗聴器や盗撮カメラを無効化しようとドアの前で周囲を見回していたあきらは、急に開いたドアに頭をぶつけ、後ろによろめいた。

 部屋から出て来た男は、こんなに早く帰って来るとは思っていなかったらしく、あきらを突き飛ばして階段の方へ走って行った。

 優輝は、その男の左足の膝に伸びる神経をチョンと切ると、男は膝から崩れ落ちる様にして階段を落ちて行った。



 「もしもし、警察ですか?」


 あきらは直ぐに警察へ通報し、駆け付けた警察官に階段下で伸びている男を突き出した。

 もちろん、膝の神経は警察が来る前にちゃんと繋いでおくのは忘れない。

 ただ、優輝はあきら程精密操作には自信が無いので、こんなじっくり集中出来る状況でもない咄嗟の操作で、上手く切ったり繋いだりが出来ていたかは確証が無い。

 人の部屋にこっそり忍び込む様な悪人にちょと位の後遺症が残ったところで優輝の知った事では無いとは思っているが、きちんと反省して更生した事を証明出来るなら何とかしてやろう位には考えている。

 後から警察関係の車両がバラバラとやって来る。

 近隣の人も何事かと出て来て野次馬が集まって来てしまった。

 事情聴取の後、男は連行されて行った。


 あきらには何か被害に遭った物品は無いか確認されたが、盗聴器とカメラが仕掛けられている事を話すと、警官は鑑識課員を呼んでそれらを全て回収して行った。

 指紋採取や集まった野次馬に聞き込みをした後、他にも被害が発覚したら連絡する様にと連絡先を書いた紙を置いて、全員引き上げて行った。


 「俺達が予想外に早く帰って来てしまったから慌てたんだろうな」

 「これで盗聴器騒動が収まると良いんだけど」


 二人は着替えると、電車に乗ってホームセンターのある町の伊豆ヶ崎駅で下車した。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「ヘイ、キリー、地図を表示して」

 『地図アプリを起動します。表示マップはどちらの世界の物にしますか?』

 「うわ! ロデムの声じゃん!」

 『声というか、ロデムだよ』


 音声対話型アシスタント機能を使おうとしたら、いつもの合成音声の声ではなくてロデムの声がしたので優輝は驚いてしまった。

 微妙に合成音声っぽく喋っている所にユーモアを感じる。


 「マジか! キリーは居なくなっちゃったの?」

 『ごめん、ボクが改造しちゃった。戻そうか?』

 「いや、良いよ。電話かけなくても直接話せるならそっちが便利だから」

 『ありがとう。ボクも直接話せて嬉しいよ。マップはどっちのが必要?』

 「そちらの世界のマップを表示して」


 スマホには向こうの世界の詳細なマップに、今優輝の居る位置が青丸で表示された。優輝が向いている方角に小さな鏃みたいな形が表示されている。


 「この前俺達がゲートを潜った場所はここなんだけど、向こうのマップへ重ねると、町の大通りの丁度ど真ん中みたいだ」

 「もっと目印になる様な物の近くの方が良いわね」


 二人はスマホを見ながら周辺を歩き回った。

 そして、ようやく最適と思われる地点を見付けた。


 こちらの世界でも向こうの世界でも丁度良い目印が在り、適度に物陰で人の目を避けられそうな場所。

 それは、こちらでは線路を跨ぐ歩道橋の階段下で、向こうの世界では建物と建物の間の狭い路地に成っている場所だ。

 結構物陰という場所は位置取りがシビアなので、万が一にでも『いしのなかにいる』状態には成らない様に気を付けなければ成らない。


 「あきら、ちゃんと捕まってろよ。転移!」


 スマホの再生スイッチをタップする。あの不快な音が流れ思わず目を瞑るが、次に目を開けた時には薄暗い石造りの建物に挟まれた路地に立って居た。

 急いで大通りに出ると、そこには大勢の人が行き交う大きな町が在った。

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