第27話 久しぶりの異世界
次の日曜日、大工さんは休みだというので久し振りに向こうへ行こうという事に成った。
「じゃあ、行ってきます」
「ああ、存分にいちゃついておいで」
「そ、そんなんじゃありませんから!」
「男の首に手を回して抱き着いておいて、否定せんでも良いじゃろ」
優輝はスマホの再生ボタンを押すと、ヘッドホンから黒板を引っ掻く音が爆音で鳴り響き…… 次の瞬間には森の中へ転移している。
「このっ、黒板を引っ掻く音以外の音を見付けたい! 行き来する度に背中がゾワゾワする!」
「さあっ! ユウキ!」
アキラはユウキの手を引っ張ってロデムの中へ走り込み、いそいそと服を脱ぎ始めた。
「早く! 早くしよっ!」
「こんな朝っぱらから? 明るい内は他の仕事したいんだけど」
「何でッ! 約束! ずるいよ!」
アキラは、もう辛抱たまらんという風で、今にも暴発しそうな勢いだ。
「じゃあ、一回だけ! 一回だけでいいからっ!」
ユウキは、アキラの勢いに押し倒されてしまった。
まだ女性服に着替えてもいないというのに、トランクス姿のユウキを見てもアキラのそれは萎えない様だ。
そして、いざ、とアキラがユウキの上にのしかかろうとした時に、ユウキは拒む様に両手を突っ張ってアキラを押し戻した。
「あ、そうだ!」
「なによー!」
「オカマ言葉やめてね」
「分かったわ…… 分かったよ! これで良いかい? いざ!」
「あ、そうそう!」
再び両腕を突っ張る。
「今度は何よ、じゃない、何だよ!」
「ロデムが見ているけど良いの?」
「気に成るもんか!」
『いや、見てない見てない』
「見てるじゃん!」
「わた、俺は気にしない!」
「ロデムにだって二週間ぶりに会いに来たって言うのに、会って早々三次元人の性行為を見せつける訳? エネルギーだってまだ渡して無いのに」
『それなら終わってからでいいよー』
「物わかり良いな!」
まあ、四次元人のロデムからしたら三次元人の行為なんてペットか何かの交尾位にしか思って無いのかも知れないが、ユウキにしてみれば他人に見られながらするって言うのも恥ずかし過ぎる訳だ。
「もうっ! 焦らさないでよ!!」
アキラがいいかげんキレそうなので、ユウキは覚悟を決める事にした。
「一回だけだからね、本当に一回だけ」
「わかってるって!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うそつき」
アキラは結局三回した。
服を着ながら、アキラはまだ物足りなさそうにしている。
「あのさ、ちょと怖いんだけど、いい?」
「な、何だよ」
「あのさ、俺、あ、私がこっちでもし、もしもだよ? 妊娠でもしたらヤバくない?」
「でもそれは、向こうでの私だって同じ事じゃない」
「いや、全然違うから、医療の整った向こうとこっちのこんな森の中じゃ全然違う! 運良く人里に出れたって、見た感じ中世レベルだぞ? 絶対に出産時に死ぬ予感しかしないんだけど」
「それでさっきから少しはぐらかそうとしてたのね」
確かに医療の整っていない昔の世界では、胎児の死産率や乳幼児の死亡率は高いという話は良く聞く。
しかし隠れてはいるが、出産に伴う母体の死亡率も意外と高いのだ。
「アキラは、お、私が死んでも平気なの?」
「そ、それは……」
アキラは言い淀んだ。さっきまでの勢いは無くなっている。
『その事なんだけど、多分キミ達妊娠しないよ』
「「えっ!?」」
「どういう事?」
ロデムが言うには、魂のエネルギー準位が高く寿命の長い生物程妊娠し難いのだという。
虫や魚は大量の卵を産む、犬猫は一度に数匹の子供を産む、牛や馬に成ると一度に一頭となるが、妊娠可能な間は毎年産む。
そして人間は、乳幼児の死亡率の高かった昭和の初期位迄は生涯に五人から六人産むのが普通だったのが、近代に入り医療技術の発達により寿命が延びると共に生涯出産人数は二人から一人となり、一度も生まない人も出始めた。
ロデムによると生物界で人間は頂点に位置するレベルの魂のエネルギー量を持っているそうなのだ。それは、昔よりも現代の方が確実に増えて来ている。
『そしてキミ達だ。今現在キミ達は普通の人の何倍のエネルギーを持っている?』
「数えてなかったけど、そう言えば何回行き来したのかな」
『つまりね、キミ達はとても妊娠し難い状態にあるんだよ』
「でも、確率はゼロじゃないんでしょう?」
「結婚して本当に子どもが欲しくなった時はどうしたら良いの?」
『多分、相当に努力しないと出来ないかもね。まあね、もしもの時はボクが取り上げてあげても良いよ』
「マジかよ。それはそれで何か怖いな」
多分、ロデムなら手術もしないで四次元的にするっと体外へ取り出す事が出来るのだろう。
「もう一つ聞いて良い?」
『どうぞ』
「妊娠した状態でゲートを潜って性別が変わった場合はどうなるのかな?」
『それなら心配は要らないよ。一度魂が宿ったなら消える事は無いから、男の体でも胎児はそのままだよ』
「妊娠状態の男って……」
「お腹の中で胎児も性別変わるのかしら?」
『変わるよ』
「マジか」
「向こうで女の俺だけ、
『それなら、出産間近になったらこっちにおいでよ』
「おお、なんという安心感」
そんな会話をしていたら、アキラの性欲も納まって来たみたいなので、森へ出て町への道作りに取り掛かろうという事になった。
この前の怪物が出て来やしないか心配で、二人は全力で周囲をサーチしながら、スマホビームを何時でも撃てる様に構え、注意深く進んだ。
新しくアプリの形に作り直して貰ったビーム機能は、指を当てている間だけ発射して、指を離せば直ぐに止まる様に改良してもらった。
これでうっかり手から落としてしまっても大惨事は回避出来るだろう。
イノシシの死んだ辺りに到着したが、イノシシの死骸は見当たらなかった。
「確かここだよね?」
「そう、草がなぎ倒されてるし、漂白剤の臭いもするから間違いないと思う」
「あの怪物が持って行ったのかな?」
「それであいつが満足して何処かへ行ってくれてると良いんだけどな」
更に進むと、かなり広範囲に草や灌木がなぎ倒された空き地に出た。
そして、その真ん中にあの怪物が横たわっている。
「しっ! 寝ているだけかも?」
「いえ、エネルギーが流れていないから死んでいるみたい」
もう少し近寄って見ると、どうやらかなり苦しんで暴れたらしく、周囲は爪痕や掘り返された跡だらけだった。そして、口から泡を吐いて絶命している。
「どうしたんだろう? 何か悪い物でも喰ったのか?」
しかし、原因は直ぐに分かった。
この覚えのある臭い。そして、腹に開いた穴から出てくるアレ。そう、ブロブだ。
アキラが『ひっ』という声に成らない声を上げた。
側にあのイノシシの喰い残しが在った。
恐らく、あのイノシシの体内に侵入していたブロブの一部は生き残っていたのだろう。
それがイノシシの体内で増殖し、それを喰ったこの熊みたいな怪物の腹に入り、そこでも成長してやがて体内から内臓を溶かし、腹を喰い破って出て来たのだろう。
体中が強酸のブロブは、他の動物に食われてもその胃酸で死んだりしないのだろう。寧ろ胃酸よりも強い酸でその動物を胃の内部から喰い殺してしまうみたいだ。
ユウキは直ぐにホームセンターで買って置いたバーベキュー用の練炭や薪を大量に出し、着火剤を撒いて火を付けた。
辺り一面になぎ倒されている枯れ草や灌木も集めて火にくべ、怪物の全身に火が回るのを確認すると、熱が伝わったのか、膨らんだ腹が波打ち始めた。
怪物の腹の中でブロブが暴れているのだろう。
スマホのビームで離れた位置から腹を裂くと、大量のブロブが溢れ出て来た。
ユウキは持っている限りの着火剤をブロブ目掛けて放り込むと、火から逃げ出す奴が居ないかじっと確認する。
出てきた奴にはアキラが容赦なく台所用漂白剤をぶちまける。
暫くして火勢は弱まり、動く物は何もいない事を注意深く確認する。
これでも未だ生き残っている部分が有るのかもしれないが、今はもうこれ以上出来る事は無いので、二人はその場を去った。
「予定外の事件が起こって時間を食っちゃったし、今日はもう帰ろうか」
「そうだね」
前を歩くユウキに後ろからアキラが声をかけた。
「あのさ、怒らないで聞いて貰って良い?」
「何?」
「町に行くんだったらさ、ホームセンターの所の駅から行けば良いんじゃない?」
ユウキはピタリと足を止めた。
そして、頭を抱え込んだ。
「そうだったー!」
ロデムの所まで帰って来た時、ユウキはかなり落ち込んだ様子だった。
アキラの言葉に、何でそんな簡単な事を今迄思い付かなかったんだと、今迄一生懸命に藪を払って道を作り、巨大な怪物の存在に怯えていたのは何だったんだという思いで憔悴し切っていた。
「あ、あの、ユウキ? 大丈夫?」
虚ろな目をアキラの方へ向け、一言呟いた。
「やってから帰る?」
「あ、いや、今日はもう大丈夫、です」
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