第26話 永久電池って売れる思う?

 「これをどう思う?」


 大学の教授陣が揃って頭を捻っている。

 それは、長さ4cm、直径5mm程度のガラス管の中に、両端を細い金属線で支えられたグレーの金属球が入っていて、中を何かの液体で満たされた物だった。

 それを作成したのは理学部3年の久堂玲くどうあきらという学生で、新型の電池だと言って置いて行った物だ。

 彼女が置いて行った一週間前からずっと20V/2.25Aの直流電流を安定して出力し続けている。


 教授はこの謎の電池を分解して構造を調べたい衝動を必死に押し留めて居る。

 しかしこれは久堂玲から一つだけ特別に預かった私物であり、彼女の許可無く勝手な真似は出来ない。


 久堂玲の研究テーマは、常温核融合だった。

 暗い所で見ると、中の球の周囲が微かに発光している様に見える。

 教授は、すわチェレンコフ光か!? と放射線量計を持ち出して当ててみたのだが、アルファ線ベータ線ガンマ線等の放射線の類は一切出ていなかった。

 その光のスペクトルを分析してみても、可視光線しか発していない。

 核融合だというのであれば、熱が放出されていなければ理屈に合わないのだが、久堂が言うにはエネルギーは熱等の不可逆エネルギーに殆ど変換される事無く、99.9999%の効率で電力に変換されているのだと言う。残りの0.0001%が可視光線として出ているのみだと主張している。

 まったくもって信じられない現象だと教授は思った。


 これをサンプルとして提供してもらえないかと教授は久堂に頼み込んだが、渡すのはそれ一個だけで貸すだけですよと念を押され、今手元に有るのはこれ一個だけなのだ。

 だから、下手に分解でもして調べようとすれば二度と元に戻せない危険性が有る為、手が出せない状況となっている。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 あきらは今、とても頭の痛い問題に直面していた。

 遊び半分で作った電池を大学の教授に取られてしまったのだ。そして、いつまで待っても返してくれない。多分、もう返って来ないんじゃないかという気もしている。


 それはまあ良い。適当にそこらに有った材料で、本当に適当にそれっぽく作っただけなのだから。必要ならもう一つ作れば良いだけなのだ。大した手間も掛からない。

 ケースのガラス管は、工具箱の中に転がっていたガラス管ヒューズだ。多分、バイクか車の電装系で使われていた物じゃないかなと思う。工具箱は大学の研究室の片隅に何時の頃からか置いてあった物で、過去の卒業生が置いて行った物なので、黙って使っても誰に文句を言われる代物では無いのだが。

 皆、工具が必要に成った時にはそこらに置いてある物をガチャガチャ探して適当に使っているのだから。


 そのガラス管ヒューズの両端のハンダを溶かしてバラし、中身を取り出して代わりにマグネシウムの2mm位の球をプラチナの細線で支えた物を中に入れ、純水で満たして封入したものでしかないのだ。

 構造は全くのハッタリで、アニメで見た“シ〇マドライブ”とか“オキシジェン〇ストロイヤー”っぽい見た目のそれっぽい物を作っただけで、そんなに深い意味は無かった。


 電力を発生する仕組みは、ロデムがあきらと優輝のスマホに施した無限電池を真似て、あきらの能力で試しに作ってみた物に過ぎない。

 マグネシウムの球の質量をダイレクトに電力に変換しているだけなのだが、それが予想外に良く出来てしまった。

 別にマグネシウムじゃなくても、アルミでも鉄のベアリングでも何でも、質量さえ有れば何でも良かったのだ。ただ、その時にマグネシウムのペレットがすぐ側に有ったというだけの話だった。


 あきらは、特にこれと言った用途を考えていた訳では無く、向こうで電化製品を使えないかなと軽く考えて、そうだロデムが無限電池を作っていたなと思い出し、ちょっと真似してみたら出来ちゃった、という程度の物でしかなかったのだ。

 あきらはそれを永久電池と名付けた。

 そして、それでモーター回したり、ノートパソコンを使ったりして悦に入っていたら、後ろから見ていた教授にさっと取り上げられてしまった。

 そして、論文を書けとか言われてしまった。


 「どうしよう! あんな能力で適当に作った物で論文なんて書ける訳無い!」


 あきらは優輝に相談した。半分は愚痴だ。

 仮に論文を書いた所で再現性が無ければ、ちょっと前に世間で話題に成った何とか細胞みたいに偽物扱いされるだけに決まっている。

 構造だってなまじ意味有り気な材料使っている分たちが悪い。それで実際に電力の出力があるのだから余計にたちが悪い。

 これを下手に学会なんかに発表しようものなら、とんでもなく面倒臭い事態に成るのは火を見るよりも明らかなのだ。


 「これさ、俺達で製品化しない?」

 「ええ? 無理じゃない?」

 「いや、会社形式で量産して販売すれば、仕組みは企業秘密って事で何とでも言い逃れ出来るでしょう」

 「そんなもの?」

 「うん、あきらが学者だから面倒な事に成っているのであって、町のエジソン的な人が発明した物として、特許取らずに売るのさ」

 「特許取らないで売ったら真似…… されるわけないか」

 「そう、これは俺たちにしか作れない。そしてちゃんと作動する現物が有るんだし、量産さえ出来れば売れない訳無い」


 そう、理論上成功しているとか開発中とかいう胡散臭い話では無く、ちゃんと作動する現物が有るのだ。なら売れる筈。


 「まずは量産する所からだな。ACアダプターの代わりに成る20Vのハイパワータイプと、1.2Vの乾電池互換タイプを作る」

 「確か乾電池は1.5Vと言われているけど、何故か充電用のニッケル水素電池は1.2Vなんだっけ?」

 「そう、乾電池は新品で1.5V強の電圧なんだけど、使う内に徐々に電圧が下がって来るから、電池で動く機器は動作電圧に幅を持たせてあるんだ。大体0.9vから1.6V位の範囲で作動する様に作られている。

 だけど、充電池は安定した電圧を出力出来るので、大体真ん中の1.2V辺りに設定されているんだ」

 「そうなのね、でも、何種類ものタイプを作るのは骨が折れそうね」

 「当面、広まるまでは1.2Vバージョンだけで良いんじゃないかな。単一から単四までのサイズ違いは、アダプターというかスペーサーみたいな電池のガワだけみたいな物が有るから、それを使えば対応出来る。中身は全部同じで大丈夫だと思う」


 「値段はどうしようか?」

 「んー、一本一万円位?」

 「それは高すぎるでしょ。電池何本買えちゃうのよ」

 「百均のマンガン乾電池の単三が10本110円でしょう。アルカリ電池で6本だから、いくら永久に使えると言っても100本以上の値段がしたら、100本の普通の電池買った方が良いやって事になるわよね」

 「確かにそうだな。そんな金出す位なら電池交換の手間なんて気に成らなくなるな」

 「でしょう? となると、千円でも厳しくなると思うの」


 「つまり、乾電池の代替は無理か。だとすると、ねらい目はやはりリチウムイオン二次電池になるな」

 「私もそう思う」


 なんか、二人で造花作りの内職するみたいに、単価の安い電池をチマチマ作っている絵を想像して吹いてしまった。

 やはり、乾電池型の永久電池は作る意味が無いという結論が出た。

 スマホやタブレット等のモバイル機器、電気自動車用等のハイパワーバッテリーとしての用途が、商売として成り立つのではないかという結論に達した。


 果たしてこんな馬鹿げた製品を売っても良いのだろうか、という所までは頭が回っていない二人だった。

 スマホ、タブレット、ノートPC、電気自動車は元より、家庭用の永久電源設備、離島の給電設備、航空機、人工衛星や宇宙ステーション、惑星探査機といった航空宇宙産業用の電源設備、潜水艦や空母といった軍用電源装置、数え上げたら限が無い。

 大学の教授に渡してしまった一本の永久電池から、二人は世界中から狙われる危険性が有るという事にはまだ気が付いていなかった。


 「まあ、永久電池に関しては、卒業後の商売の一プランという事にしておこう」

 「そうね、私達今更サラリーマンやるつもりも無い訳だし。ゆっくり考えましょう」




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 優輝は、大学を二週間も休んでしまったので、学部の皆が出席する専攻分野の授業に出て、一応皆に顔だけは見せて置く事にした。

 その後に漫研にも顔を出し、ちゃんと生きている事を何人かに伝えようとした所で、そこであきらに捕まり、先程の愚痴というか相談を受ける事に成った訳だ。

 二人だけの世界で何やら話し込んでいる二人を見て、他の部員達はひそひそと噂し始める。


 「あの二人って、付き合っているのかなぁ?」

 「そんな話は全く聞かなかったけど、いつも一緒に居るよね」

 「ちぇっ、久堂さんの事、秘かに狙ってたのにな」

 「あんたじゃ無理でしょ。そう言えば久堂さん、神田君の事を何時の間にか優輝って下の名前で呼ぶ様に成ったよね」

 「そういえば、神田君もあきら先輩からあきらって呼び捨てになってるよ」

 「「「きゃー!」」」

 「あの二人を題材に恋愛漫画書いちゃっても良い?」

 「じゃあ俺はエロ漫画。コミケで売る」

 「キモッ、あんた達」


 恋愛脳の女子部員数名と若干名の男子部員達の妄想は続く。

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