第25話 ヤリスギ

 異世界から帰って来ると、優輝はあきらに一言告げた。


 「もうお前とは一緒に行かない」


 優輝が去った後も、あきらはその場に立ち尽くしていた。


 二人が返って来たのに気付いたお婆さんが家から出て来て、立ち尽くしているあきらに声を掛けた。


 「おかえり。向こうで何かあったのかい?」


 涙を流すあきらを気遣い、お婆さんは優しく声を掛けた。


 「いいえ、何でもありません。みんな私が悪いんです」


 あきらはそれだけ言うと、足早にその場を去った。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 あの日から優輝は、何もする気が起きず、アパートの自室へ閉じこもった切りだった。

 かれこれ二週間は経つだろうか、大学へも行く気になれず、食欲も無い。ただ部屋で買い置きのインスタント食品をお腹が空いた時に偶に食べるだけだった。

 一人で向こうの世界へも行く気にも成れず、ただ毎日をボーっとして過ごしていた。


 そんな生活をしていたある日、部屋のドアをコンコンとノックする音に気が付いた。

 何せ貧乏学生の多く住むボロアパートなので、チャイムなんて洒落た物は付いていなかった。


 やっとの事で重い腰を上げドアを開けると、そこにはあきらが立って居た。


 優輝は直ぐにドアを閉めようとしたが、あきらはドアの間に素早く体を滑り込ませ、無言で優輝の顔を見つめる。

 そのただならぬ様子に優輝は向こうの世界でアキラに襲われた時の記憶が蘇り、恐怖に身が竦んだ。


 暫く無言で見つめ合った後、あきらはいきなり土下座をしようとした。

 しかし、優輝はあきらの手が下に着く前に取り、部屋の中へ引っ張り込み、後ろ手にドアを閉める。


 「何しに来た……」

 「ごめんなさい!」


 こちらの言葉に被せる様に謝ると、玄関で土下座を始めた。


 「そんな事をしてもらっても……」

 「ごめんなさい!」


 「止めろ……」

 「ごめんなさい!」


 「いつまで……」

 「ごめんなさい! ごめんなさい!」


 優輝が何かを言おうとする度に、あきらはその言葉に被せる様に謝罪の言葉を重ねる。

 優輝は喋るのを止め、重苦しい沈黙が続いた。


 「私を…… 抱いてください」


 唐突に沈黙を破ってあきらはそんな事を言い出した。


 「はあ? 意味が分からないんだけど」

 「あなたに償うにはこれしか無いんです」

 「それは償いには成らないだろ」

 「お願いします! 抱いてください!」

 「あのな……」


 優輝は呆れたという様子で言葉に詰まった。


 「それはな、自分と同じ罪を俺に犯させて、自分の気持ちを軽くしようとしているだけだろう」

 「それでも! お願いします!」


 あきらは土下座の姿勢から一度も頭を上げず、そう言い続けた。

 いくら拒否してもあきらは諦めず、帰ろうとしない。

 やがて痺れを切らした優輝は、あきらの腕を掴み立たせると部屋の中まで引っ張って行き、彼女の体をベッドの上へ乱暴に放り投げた。


 「分かったよ! そんなに抱いて欲しいなら、あの時のお前の様にしてやるよ!」


 優輝はあきらの服を乱暴に脱がすと、腕を押さえ付けて体を重ね、あの時のアキラがした様に口で口を塞ぐ様に口づけをした。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 二人が体を離したのは、次の日の朝だった。


 「ねえ、今日は大学に行くでしょう?」

 「ちょっと待って、俺ここ暫くまともな食事摂って無くて、体力ゼロ」


 二人の口調は、もう元に戻っていた。

 元々魂の一部を共有している仲なので、お互いの気持ちだって本当は分かり合っている。ただ、切っ掛けが難しかっただけなのだ。


 「そりゃあね、幾らエネルギー量が普通の人より多いからって、あんなに激しく何回も」


 あきらは毛布を頭まで引っ張り上げ、紅潮した顔を隠した。


 「5回位だろう? 普通の人だってその位は」

 「11回ですぅー。いくら何でもやり過ぎよ」


 あきらは被っていた毛布をばっと下し、顔を出すと優輝に抗議する様に言った。


 「まだ出来るよ」

 「もう、体力ゼロなんじゃなかったの?」


 押し倒そうとする優輝を躱し、するりとベッドを抜け出たあきらは、裸のまま早足でバスルームへ直行した。バスルームとは言っても、ユニットバスだが。


 「覚えてなさい、向こうへ行ったら埋め合わせして貰うからね」


 一旦バスルームの中に入ってから顔だけを出して文句を言うと再び引っ込んで扉を閉めた。

 優輝はシャワーの音を聞きながら、向こうへ行ったら激しくやられちゃうのか、と思った。


 あきらの後に優輝もシャワーを浴び、着替えて二人で朝食を食べに外へ出かける事にした。

 二人で玄関を出ると、隣の部屋の住人の唯一の社会人であるOLさんと目が合ったが、気まずそうにさっと視線を逸らして玄関の鍵を閉め、足早に去って行ってしまった。


 「ああ、このボロアパート壁が薄いから」

 「やだもう」


 二人は顔を真っ赤にしてアパートを去った。

 駅の近くまで来ると、流石に田舎駅と言えど喫茶店の一軒位は在る。

 二人はそこでモーニングを食べる事にした。


 「俺さ、二週間部屋から一歩も出なかったから浦島太郎状態なんだけど」

 「そうね、私達の家の建築はもう始まってるわよ。漫研はあなたが全然顔を出さないからどうしたのかなって、噂に成ってる」

 「そうかぁー、漫研にも顔出しとかないとなー」

 「それからね、お婆さんが私達の事を凄く心配してた」

 「そうだね、今日にでも顔を出しておこう」

 「それが良いわ」

 「建築が始まったって事は、大工さんとか作業の人が居る訳だろう? あそこから向こうに行くのは暫く控えた方が良いかもね」

 「そうね」


 優輝のアパートの最寄り駅である愛ヶ丘駅まで来た二人は、上りホームへ立って電車が来るのを待った。


 「じゃあ私は大学へ行くけど、優輝はどうする?」

 「俺は、スーパーへ行って色々買い足して来るよ」

 「そう、じゃあこれを渡して置くね」

 「何?」

 「新しい服や下着を数点とツナギ服。破っちゃったから。それとやっぱり作業着は必要でしょう?」

 「男バージョンのあきらは力強いんだよな」

 「悪かったってば」

 「分かってるよ。命の危険を感じた時って、そういう衝動を抑えられなく成ったりするらしいからなー。それに俺も女の体でのアレに少し興味が有って、あまり真剣に抵抗しなかったっていうか……」

 「はあ!? 私結構殴られたんですけど?」

 「はいはい、もう済んだ事は水に流しましょうねー」

 「ちょっと、ずるい!」


 電車の中であきらは抗議の声を上げていたけど、鷲の台駅で降りなければならず、ぶつぶつ文句を言いつつ下車して行った。

 女性が男に殴られたとか言っているのを聞いた周囲の冷たい視線に居た堪れなく成り、優輝も電車を降りてしまった。

 それはあきらのちょっとした悪戯というか仕返しだったのかもしれない。


 優輝は次の駅のスーパーへ行こうと思っていたのだが、ちょっと思い付いて反対側の二つ先の国引島駅に在る、大き目のディスカウントショップへ行こうと思った。

 反対側のホームへ渡り、直ぐに来た電車に乗って戻る。


 ここのディスカウントショップは、ホームセンター程では無いがキャンプ用品や園芸用品が結構揃っている。

 ブロブ対策の台所用漂白剤と武器の手入れ用に砥石、役に立った着火剤や練炭等を追加購入した。

 店内を回っている内、今迄キャンプ用品で揃えて来ていたのだが、空間拡張アプリで部屋を作れると分かったので、普通の家財道具でも良いのではないかとちょっと思い始めてしまい、悩むのだった。


 というのも、ロデムの体内は温度が一定で地面も柔らかく水も綺麗と来ている訳で、風呂トイレ炊事場以外はそのまま寝袋も無しにごろ寝出来る程の快適さなのだ。

 何もこっちの家財道具を持って行ってこっちと同じ居住環境を作る必要も無いんじゃないのかなとも思える。

 キャンプみたいに自然環境の中で自然を楽しみながら、少し不便な生活を楽しむのも最高じゃないかとも思うのだ。

 優輝は、そうだあきらの意見も聞いてみようと思い、ここでの買い物は必要最小限に留める事にした。


 再び鷲の台駅へ戻り、お婆さんの家へ直行する。

 隣の敷地を見ると、土台のコンクリート基礎が打ってあるのが見えた。

 昔の家は、基礎の部分だけ地面を掘って、砂利を入れて押し固め、その上に壁と柱の立つ位置にだけ迷路の壁の様に基礎を打つだけで他は地面のままだったのに対し、最近の家はベタ基礎と言って全面にコンクリートを打つ場合が多い様だ。

 こうする事によって、基礎全体の剛性が高まるし、地面からの湿気やシロアリなんかも上がって来なくなる。


 建築途中の様子を興味深げに眺めていたら、いつの間にかお婆さんが後ろに立って居た。

 優輝はお婆さんに頭を下げ、ご心配をお掛けしましたと言った。


 「そうかそうか、あきらちゃんもさっき来て、仲直りしたと嬉しそうに言っておったよ」

 「もう彼女を悲しませる様な事はありませんので、これから末永くよろしくお願いします」

 「ほっほっほ、まるで結婚の挨拶の様じゃの」


 優輝の笑顔に、お婆さんも心の底からホッとした様子だった。

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