第24話 本能
「何で毎回飛び付くの?」
「だって、ドキドキするでしょう?」
ゲートを開くのに、どんな条件が必須なのかという実験を繰り返していた時に、音の周波数と心拍数が関係あるんじゃないかという結論に達していた。
アキラは、ユウキが女性に飛び付かれればドキドキするだろうと思ってやっているのだが、黒板を引っ掻く音だけで十分心拍数が上昇するし、実際にそれだけでゲートを開いている。
アキラの飛び付きは今では蛇足なのだが、嬉しそうにやっているので特に拒む必要は無いかなとユウキは思っている。
「はい、離れる―。早速着替えよう」
「ちぇっ。もうちょっと嬉しそうにしてくれれば良いのに」
しかし、アキラは抱き着いたままなかなか離れてくれない。
「着替えるんだから、もう放して欲しいんだけど」
「そ、それが、ちょっと今ヤバい状態に成っちゃって」
「ん? あ、ははあ、そうか」
思春期の男子特有のアレかとユウキは直ぐに理解した。
アキラの年齢で思春期というにはちょっと遅いのだが、FTM(
ユウキはアキラの股間にちょっと触れてみた。
「きゃっ! ちょっと!」
「へ、へえ。俺よりでかいじゃん」
手をワキワキさせながら余裕ぶってはいるが、ユウキの魂がちょっと削られた。
『ボクが貰う前に魂減らさないでー』
二人は自分達の他にロデムも居る事を思い出し、ぱっと離れた。
「着替えようか」
「そうね」
ユウキは着替えながら、アキラの男の体を思い出してドキドキしている自分に気が付いた。自分はノンケだと思いたいのだが、ユウキもまた女性の体に変わる事によって女性ホルモンの影響を受けているのかも知れない。
二人は着替えを済ませると、それぞれの持ち武器である剣鉈とククリナイフを手に、町までの道を切り開こうと森の中へ出て行った。
途中、イノシシの様な動物に遭遇したが、一頭だけだったので冷静に対処する事が出来た。
ユウキは、突進して来るイノシシを横に飛び退き様にククリナイフを首筋に突き立て、そのまま頸動脈ごと前足の付け根辺りまで切り裂いた。
イノシシはユウキの脇を通り過ぎ、少し離れた所で方向転換しようとして横倒しに倒れた。
アキラが止めを刺そうかと言って来たが、ユウキは練習だからとイノシシをじっと見て、神経系の経路が見えた所で脳から出ている太い線を切断した。
こういう技はアキラの方が現時点では上手いのだが、ユウキも練習する必要性が有ると思い、敢えてやってみたのだ。
「うーん、未だ神経系の流れを見付けるのに、数秒はかかるんだよなー」
「でも、上手く出来てるわよ。練習あるのみ!」
アキラに励まされ、先へ進む。
藪を払いながら進むのはなかなか骨が折れるもので、昼過ぎまで掛かって二百メートルも進んでいない。
町までは十数キロメートルもある事を考えると、気の遠くなる様な距離だった。
「お昼も大分過ぎちゃったし、一旦戻ろうか」
「そうね、もうへとへとだわ」
前を歩くユウキを後ろから付いて見ていたアキラは、ふと何を思ったのか足早にユウキに歩み寄り、後ろから抱き着いた。
「こら、刃物持っているんだから危ないだろう」
「イッヒリーベディッヒ」
アキラはユウキの耳元で囁いた。
「え? 何て?」
「ドイツ語で愛してるって言ったの」
ユウキはこんな所で何を唐突に言うんだと思ったが、アキラは急にユウキが愛おしいという感情が溢れてしまい、思わず抱きしめてしまったのだそうだ。
ユウキは、アキラの髪の毛をくしゃくしゃとやり、照れ隠しをする様に言った。
「有難う、でも、ドイツ人ってそんな興奮したみたいに、ハッハハッハ言いながら愛を囁くのかね」
「うん、ロマンチックな場面で何を興奮してるのよって? あはは」
ユウキは場の雰囲気を逸らせる様に冗談を言って笑った。
そんなバカップルみたいにイチャイチャしながら帰途に付く。
「あーあ、もっと初心者に優しいスライムみたいなモンスターでも居てくれると良いのにな」
「居るよ、スライム」
「居るの?」
「うん、でも想像しているのとは違うかも」
急にツーンとした悪臭が漂って来た。
アキラも気が付いた様で、鼻を押さえている」
臭いの発生源は、さっき倒したイノシシだった。
アキラは、腐るの早すぎないかと思ったのだが、良く見るとイノシシの傷口辺りで何か蠢いている。
殆ど吐瀉物にしか見えない固形物を含んだ液状の物体が、イノシシの傷から体内に入り込もうとしている。
「あれがさっき言ったスライム。俺はブロブと呼んでいるけど」
「この悪臭の正体はあれなのー? 気持ち悪い―」
「そう、切断も打撃も、物理攻撃は一切効かない。寧ろしては駄目だ。飛び散った飛沫も全てこいつの小さな分身で、おまけに強酸性。ちょっとでも触れると火傷するよ」
「じゃあ、どうやって倒すの?」
「日光とか火で乾燥させて水分を奪うとか、アルカリで中和してやれば死ぬみたい」
ユウキの手には、ストレージからいつの間に取り出したのか、カビ取りスプレーが握られていた。
「必殺武器!」
「ああ、次亜塩素酸ナトリウム」
アキラもピンと来たのか、自分のストレージから“キッチンハ〇ター”を取り出していた。
それをドボドボとスライムに振りかけると、酸とアルカリが反応してシュワシュワと泡を出しながら縮んで動かなく成った。
「こっちの方が経済的。今度から森を歩く時にはこれを常備しましょう」
イノシシの場所からはロデムまではすぐそこだ。
ユウキが藪を切り開いて作った広場の入り口まで戻って来て、走り出そうとするユウキの服を掴み、アキラは制止した。
「えっ? どうしたの?」
「ヤバいのが居る。前!」
アキラはガタガタと震えている。その視線を追ってその方向を見ると、少し陰に成って薄暗い所の、未だ刈ってないいない灌木の上から、爛爛と光る二つの眼がこちらを見ていた。
灌木の高さはアキラやユウキの背丈と同じ位だろう。その遥か上側からこちらを見下ろせるとすると、その身の丈は3mいや4mは有るだろうか。
その獰猛な肉食獣の目は、明らかにユウキとアキラを捉えている。
位置は、間にロデムを挟んで反対側の同じ位の距離だ。
急いでロデムの中へ走り込んでしまえば何とか成りそうな気もする。
だけど、こちらがちょっとでも動けば途端に襲い掛かって来る気配もヒシヒシと伝わって来る。
冷静に対処するなら、アキラがそいつの神経系を断ち切ってしまえば済んだのかもしれない。
スマホのビームだって通用しただろう。
しかし、スマホを取り出すために一瞬でも目を逸らせばあいつはその隙を逃さず襲い掛かって来るだろう。野生動物相手に視線を逸らしたり背中を見せたり急に走り出すのは禁物なのだ。
「きゃあああああ!」
だが、アキラはその緊張に耐え切れず、パニックを起こし悲鳴を上げてロデムの安全地帯に走り込もうとしてしまった。
同時にその獣も向かって来る。
明るい所で見えたそれは、体高4mはあろうという角の生えた熊に似た獣だった。その爪は優に20cm以上はある。一薙ぎで人間の胴体など上下に真っ二つにしてしまいそうだ。
そして、人間の走る速度なんて、野生動物から見たら止まっているも同然なのだ。
アキラはロデムの前まで来たというのにその獣に追い付かれ、恐怖で立ち竦んでしまった。
獣の右前脚の長い爪が今、正に振り下ろされようとした時に、ユウキの投げたククリが獣の左目に直撃した。
突き刺さりはしなかったが、目はどんな動物でも弱点だ。獣は一瞬怯み、その僅かな隙にユウキはアキラにタックルしてロデムの中へ押し込む事に成功した。
獲物を見失った獣は、唸り声を上げながら周囲をぐるぐる回り、やがて諦めたのか何処かへ行ってしまった。
姿は見えないもののすぐ傍に潜んで居そうで怖い。
ロデムの中は二人以外には認識を阻害されている様なのだが、何かの拍子に気が付かれてしまえば途端に中へ押し入って来てしまいそうな恐怖感がある。
何故ならロデムと外の間には何の壁もバリアも在る訳では無い、素通しなのだから。
二人は息を殺し、かなりの時間抱き合ったまま時間を過ごした。
そして、ユウキはもう大丈夫だと判断し、アキラに声を掛けた。
「アキラ、もう大丈夫だから」
アキラはユウキにしがみ付き、ガタガタと震えている。
ユウキはアキラを優しく抱きしめ、落ち着かせ様と髪を優しく撫でてあげた。
「アキラ? アキ……」
アキラは突然ユウキに覆いかぶさると、驚いて茫然としているユウキの両腕を掴み押さえ着けた。
そして、何が起ころうとしているのかを察し、必死で身を捩って逃れようとするが、男のアキラの力は強く簡単に組み伏せられてしまった。
「アキラ、急に何を、止めろ!」
アキラの目付きがおかしい。アキラはユウキの両腕を頭の上で左手だけで押さえつけると、右手で服を乱暴に剝ぎ取りはじめた。
「正気に戻れ…… 嫌だ!」
アキラは口でユウキの口を塞いだ。
「うぐっ、んー! んー!」
辺り一面の花畑の中、獣の本能に支配されたアキラによってユウキは蹂躙されて行く。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
事が済んだ後、ユウキは茫然としていた。
花畑の中で、仰向けに上の木の葉が揺れているのを見上げているだけだった。
そのまま暫く時が過ぎて行く。
ふと横を見ると、アキラは裸のまま隣で座って項垂れている。
ユウキは身を起こすと、アキラの正面へ歩み寄り、その顔を平手で叩いた。
しかし、アキラは微動だにしない。
ユウキは目に涙を溜め、拳で何度もアキラを殴った。
アキラは避ける素振りもせず、ただ黙ってユウキに殴られ続けた。
「手が痛いよ……」
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