第23話 治療だって何だって出来ちゃう
「こりゃあまあ、何という事じゃ。腰の痛みだけじゃなく、全身快調じゃ!」
お婆さんは立ち上がって屈伸運動をし始めた。
「膝の痛みも全く無い! お前さんらは一体何者なんじゃ?」
優輝と
優輝がゲートから出現する所を見られているし、もう誤魔化しは効かないと思ったのだ。
「成る程のう、それでマスコミに追い回される羽目に、か」
「黙っていて御免なさい。ご迷惑でしょうから土地の話は無かった事にして貰っても仕方ないです」
「いやー、ええよぉ。余計に気に入ったわ。不思議な体験をさせて貰ったしの、それに……」
「「それに?」」
「この歳に成ってお姫様抱っこして貰ったしのう」
お婆さん、頬をちょっと染めている。
「ま、まあ、その位だったらいつでも」
「まじか! ずっと居てくれ!」
売却予定の土地の草刈りでもしておこうと足を踏み入れた所、いきなり目の前に人が出現したので腰を抜かすほどびっくりしたらしい。
転び方が悪かったのか、腰と背骨も傷めて動けなくなってしまったのだが、二人の不思議な力で傷みどころか少し曲がっていた腰も真っ直ぐに成り、膝の痛みも嘘の様に消えてしまったので、二人の言葉も信じざるを得ないという気に成ったそうだ。
その後、お婆さんの提案で土地は購入では無くお婆さんが生きている間はずっと無料で貸して貰うという約束で落ち着いた。
その方が契約も必要無いし、税金もお婆さんが今まで通り払うだけなので面倒が無いだろうという事だ。
二人はそんな優遇ばかりして貰って申し訳無いと思っていたのだが、『ただし』と条件が付いた。
それは、交換条件としてお婆さんの話し相手に成る事と、具合の悪い所を治療してもらうという事だった。
二人はその条件を快く引き受けた。
お婆さんは、病院代と退屈な日々の両方が無くなったと大喜びだった。
「
「良いのよ、ただし、向こうに行く時は絶対に一人で勝手に行かない事。良いわね」
「分かったよ。約束する」
二人はそれぞれのアパートへ帰って行った。
新居の完成するのは約三か月後だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ちょっと前に一時期話題に成った常温超電導と共に世間で話題に成った事が有るので覚えている人も居るだろう。
あの頃にあちこちの大学でも何やらビーカーの中でブクブクやってた映像をテレビで見た事のある人も居るのではないだろうか。
その後、実験の再現性が低い為に世間の熱も段々と下がり、遂には似非科学扱いされてしまっている。
現に今でも科学雑誌のネイチャーやサイエンスは常温核融合関連の論文の掲載を拒否しているそうだ。
しかし一方、一部の研究者が地道に研究を重ね、信頼できるデータを蓄積しているとも言われている。
最初は興味本位だった。
ただ何と無く、三年時にゼミで提出するテーマを決めなければ成らなかったから、誰もやらなそうな奇をてらったテーマを選んだだけだった。
漫研にも所属している事で分かる様に、将来本当に研究者になるかどうかもはっきりしない状態だったから。
実際、うちの様な二流か三流か分からない様な大学の理学部の卒業生で本当に研究者に成るという人は、ほんの一握りしかいないというのが実情だ。
ところがその大学の漫研で神田優輝という、ちょっと変わった後輩に出会ってしまった。
本来、違う学部の人とは、こういうサークル活動でもしていなければ、まず出会わない。
そしてこの後輩がとんでもなかった。
自由な発想とちょっと無謀とも思える行動力。危なっかしくて目を逸らせない。
そして、あのサークルのコンパの有った日に運命の転機が訪れる。
その日はコンパから家に帰った後も目が冴てしまい、次の漫画の構想でも練ろうかなと思って、その準備の為にビールとコンビニ弁当を買いに出かけた時の事だ。
深夜のこんな時間にふらふらと大学の方向へ歩いて行く彼の後姿を見付け、思わず声を掛けてしまった。
聞くと終電に乗り遅れたそうで、大学の部室に忍び込んで一晩寝ようかと思っていたと言う。
しかし、良く見るとどうも不審だ。掌は黒い泥で汚れているし、靴も汚れている。
この辺りは殆ど舗装道路だし、駅からここまでで土に触れられる様な場所なんて無いし、山の土みたいな黒い土はこの辺りの物では無いのだ。
事情を聞くと、ぼーっと漫画の設定を考えていたら終電を逃したと言うが、その設定とやらはいつも彼が描く物とは方向性が真逆のSFチックなファンタジー物だという。
その設定をちょっと聞いてみたら、なかなか面白そうだ。
そして、『あれ? この子ひょっとしてこちら側の人?』と、自分と同じ指向性の同類の臭いを嗅ぎ付けてしまった。
オタクはオタクで様々な方面に細分化しているので、同じ方向を向いている同士はなかなか巡り合うのが難しいのだ。
そこからはご存じの通り。
漫画の設定だと言っていた異世界は本当に在り、そこで不思議な存在に不思議な能力を貰う。
色々と応用も利きそうな能力に夢中になり、あれこれ試してみる。
そして、ある時気が付いてしまった。
この能力を使って常温核融合出来るんじゃないか?
そう思い、研究者の論文を読み漁り、一つの結論に至る。
これ、私なら出来る!
そう思って実験を開始したのだが、新宿での事件やら飲み会での事件やら盗聴器問題やらでおちおち実験もやってられない状況になり、今に至る。
しかし
自分だけが能力を使って実験を成功させたところで、他人が追試験をして再現出来なければ誰にも認められないという事を。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「二人は卒業したら結婚するのかい?」
お婆さんは唐突にそう聞いて来た。
今日は一週間ぶりに向こうの世界へ行こうという事になり、お婆さんにゲート移動の瞬間を見て貰おうという事に成ったのだ。
秘密を話してしまった手前、お婆さんも仲間に引き込んでしまおうという算段だったのだが、どうしても異世界へ行くというのは怖いというので、じゃあ見学だけでもという事になり、新居建設予定地へ三人で集まったのだった。
そしたら急にそんな質問をしてくるものだから、
「い、いやぁ~、まだそんな……」
二人はモジモジしている。
「だってここに新居を建てて一緒に住むんじゃろう?」
「えっ? あ、そ、そう見えるか」
「見えるよぉ、だってお前さんらラブラブじゃろう」
二人は顔が真っ赤に成るのが分かった。
他人にはそう見えるんだと今更気が付いたのだ。
「じゃあ、大学内でもそう思われてるのかな?」
「さ、さあ、どうかしら?」
「見てれば分かるわい。みんな見て見ぬ振りをしてくれているんじゃろう」
「マジか、恥ずかしいな」
「大学内でまともに会えないわ」
「良いじゃあないか、公言しちゃえば」
お婆さんはニヤニヤしている。若い二人をからかって遊んでいるのだろう。
「からかわないで下さいよ。じゃあ、ゲート開きますので、お婆さんはもうちょっと下がってて下さいね」
「おうよ。行って来んしゃい」
優輝はヘッドホンを付けると、スマホから大音量の黒板を引っ掻く音を鳴らした。それと同時に
次の瞬間、二人の姿は掻き消えた。
「やれやれ、若いもんは良いのぉ」
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