第22話 スライムがヤバい

 気配のする方を振り返るが何も見つからない。

 ロデムに貰った目でじーっと意識を集中して見てみると、何やら木の裏側の苔生こけむした辺りに微かな光が見える。

 集中するのに若干数秒程度の時間がかかる上に感度の調節も上手く出来ていないので、感度を上げると樹木や草なんかの植物生命の光も見えてしまうし、逆に人なんかの光は眩し過ぎてかなり感度を下げないと真面まともに見るのも難しく成ってしまう。

 アキラは人の神経系を流れるエネルギーを末端まで詳細に見る事が出来ると言っていたが、ユウキは自分もそれが出来るイメージが中々掴めないでいた。


 ユウキは気配の有った木の裏側を見に行って、その臭いに思わずうっと成った。

 木の根元付近に居たと言えば良いのか在ったと言えば良いのか分からないそれは、見た感じまんまストリートピザ、つまりゲ〇、嘔吐物そのものだった。

 臭いも酷い。酸っぱい様な悪臭で、まさしくゲ〇。見た目ゲ〇、臭いもゲ〇なのだが、それがずるずるとうごめいている。

 粘菌というかアメーバというかそんな様な動き方で、それが結構な速さで、といっても芋虫が這う程度の速度なのだが、それがこちらへ向かって這い寄って来ている。


 「ロデム、こいつ何?」

 『ブロブだね。キミ達の知っている名前でいうとスライムってやつかな。気を付けてね、結構危険な生物なんだ』

 「ええー? スライムって、透明でゼリーみたいな可愛い奴で雑魚キャラだろ?」

 『そういう認識でいると危険だよ。触ると酸で火傷するからね』

 「マジか……」


 ブロブには意思の様な物は感じられない。虫程度の中枢神経も有るのか怪しい。食欲の本能だけで動くアメーバというのが正しいかもしれない

 ユウキはククリを手に持つと、ブロブに振り下ろした。退治しておかないと危ないと思ったのだ。

 多分、この速度で這いずり回る強酸の生物だとすると、立ち止まって食事中だったり寝ている他の動物に忍び寄り、体に這い上がって捕食するのだろう。

 それか、木の上から下を通る動物の上に落下したりするのかもしれない。

 某ゲームや漫画なんかで良く見る様な、透明なゼリー状では無く、吐瀉物みたいに固形分を含んだシャバシャバな水分多めの感じなので、これが一旦体に張り付いたら容易に取り除くのは難しいかもしれない。


 ククリの当たった部分が水面の様にバシャッと跳ね、小さな飛沫が三つ程ユウキの腕にかかった。


 「熱っ! 何だこれ!」

 『体全体が強酸なんだよ。直ぐに洗い落とした方が良いよ』


 ユウキは走って小川の所へ行き、飛沫の掛かった腕を水に突っ込んだ。

 服は化繊だったので穴は開かなかったのだが、その下の皮膚は火傷で赤く成っていた。

 ククリを見ると、ブロブに触れた部分がシュウシュウと音を立て、白い煙が出ている。

 ユウキはククリも川で洗った。

 服やククリに付着した小さな飛沫も、極小のブロブなんだそうで、こいつを完全に駆除するのは本当に難しいらしい。


 「あれ、やっつける方法有るの?」

 『そうだね、切断や打撃なんかの物理攻撃は全く効かないね。半分に切ったとしても二匹に成るだけなんだ。小さな飛沫もブロブだから気を付けて』


 聞けば聞くほど厄介な生物みたいだ。


 「そうだ、スマホのレーザービームは? あれで焼き殺せない?」

 『あれはレーザーじゃなくて粒子ビームなので熱では無くて物理なんだよ。あいつを駆除するには、天日に干して乾燥させるかアルカリで中和させてやれば死ぬよ』

 「アルカリなんて持って来てないしなー。日光に弱いから森の中に住んでいるんだろうし…… そうだ、焚火で炙って乾かしちゃえば良いんだ!」


 ユウキはブロブが自分を追って広場の真ん中辺りまで来るのを待って、キャンプ用に持って来た着火剤を撒いて火を点けてみた。

 ブロブはビックリする位の動きで激しく暴れたが、着火剤の付着した体の火は中々消えてくれない。

 さっき刈った大量の枯れ草を追加し、火勢大きくしてその場で焚火をし続けた。

 どの位炙れば完全に死ぬのかが分からなかったので、暫くそのまま火を維持し続けた。


 服にブロブが残っていたら嫌なので、直ぐに着替えてストレージに仕舞った。後でコインランドリーの乾燥機に入れて完全に乾かしてしまおうとしたら、ロデムから待ったがかかった。


 『向こうに持ち込むと大惨事に成るよ』

 「それもそうか。どうしよう……」


 あのサイズまで成長するには通常は数年はかかるそうなのだが、餌さえ豊富に有れば結構な速度で増殖する。

 向こうの世界に小さな飛沫を一つでも持ち込んだら下水の中で繁殖する姿が容易に想像出来る。

 ユウキは身震いしたが、ふとある事を閃いた。


 「そうだ! アルカリ!」


 ユウキはストレージの中に入っているある小物を探し出した。

 引っ越すつもりでアパートに有った全ての私物をストレージへ格納していたのを思い出したのだ。


 「確か風呂場の…… あった!」


 それはスプレー式の風呂場用のカビ取り剤。成分は、次亜塩素酸ナトリウムといって結構強いアルカリの薬品だ。


 「ロデム、ちょっと見て欲しいんだけど、俺の体や服にブロブの飛沫は残ってないかな?」


 脱いだ服やククリをもう一度取り出して、その場に広げて見せた。


 『うーんとね、そっちのナイフは大丈夫。服は袖とお腹の辺りに小さな飛沫が残ってるね。それから、ユウキの前髪にも』

 「うわあああ、マジかよー」


 ユウキは、服全体に泡のスプレーを吹きかけ、意を決して目を瞑り、前髪にもスプレーを吹きかけ、直ぐに小川で洗い流した。


 「皮膚に着くと何時までもヌルヌルしてて嫌なんだよなー」

 『うん、全部駆除出来たみたいだ』


 ヌルヌルするのは、皮膚がアルカリで溶けているから。絶対にやってはいけません。

 ユウキは火が消えかけてまだ燻ぶっている焚火の所へ行くと、焼けて縮んだブロブにも念の為にスプレーをして、ククリで叩いて飛び散ったであろう辺りにも念の為にスプレーを撒いておいた。


 「何だか今日は疲れちゃったな。一旦向こうに戻るよ。また来るね」

 『うん、待ってる』


 ユウキは目に付いた砂金を拾うのは忘れずに、荷物をストレージへ格納すると男物の服へ着替え、ロデムに挨拶をし、ヘッドホンを取り出して装着した。

 スマホのGPSでお婆さんの家の私道の位置に注意深く移動し、再生ボタンを押す。

 ヘッドホンからは黒板を引っ掻く音が大音量で流れ、うわっとヘッドホンの上から耳を抑えた。


 次の瞬間に優輝はお婆さんの目の前に立って居た。


 「う、うわっ!」

 「ひいいいい!」


 優輝もお婆さんもびっくりして派手に尻餅を突いてしまった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 あきらのスマホの呼び出し音が鳴った。


 「優輝? どうしたのこんな時間に」

 「それが…… かくかくしかじか、まるまるうましか」


 優輝は事の顛末を説明した。


 「はあ? まったくもう、だから一人で行くなって…… まあ今言ってもしょうがないわ。直ぐそちらへ行きます」


 あきらは直ぐにお婆さんの家へ向かい、玄関を開けて声を掛けた。


 「久堂でーす! 優輝がご迷惑をお掛けしました!」

 「あっ! あきら、こっちこっち! 上がって!」

 「あなたの家じゃないでしょう、まったく」


 あきらはぶつぶつ言いながら土間で靴を脱ぎ家へ上がると、玄関脇の和室にお婆さんがうつぶせで寝かされていて、優輝はおろおろするばかりだった。

 お婆さんはとても痛そうに顔をしかめている。


 「ちょっと見せて」


 あきらはお婆さんの体のエネルギーの流れを確認すると、腰の周辺の神経が過敏に反応して光り方が強くなっているのが分かった。

 腰に手を当て、神経の興奮を抑え、エネルギーの流れを正常に戻した。


 「おお!? 痛みが嘘の様に消えたわい」


 お婆さんはびっくりしている。立ち上がろうとするのを押しとどめ優輝に指示を出す。


 「今は痛みを取り除いただけなの。優輝、患部を良く見て頂戴」

 「まだよくコントロール出来ていないんだけど……」

 「大丈夫、あなたなら出来る。骨や筋肉に損傷が無いかじっくり見て。時間を掛けても良いから」

 「うん、やってみる」


 優輝がお婆さんの体の患部に集中すると、骨の歪みや擦り減り等があちこちに見える。骨折箇所は無い様だ。


 「骨折は無し、筋肉や血管の損傷も無し。打撲だけだ」


 優輝はほっとした様子だ。


 「あなたは物質のエネルギーも感知出来る目を持っている。不具合部分の修復も出来る筈よ」

 「わかった、やってみる」


 優輝はお婆さんの腰へ手を当て、筋肉の炎症部分を修復した。

 更に背骨の擦り減り、膝軟骨の擦り減りも修復、それから……


 「はい、ストップストップ! 患部だけで良かったのに。人間誰しも体の歪みや関節の擦り減りなんて多かれ少なかれあるのよ。全部修復して完璧を目指そうなんて思ったら、フィギュア製作に初めて手を出したオタクみたいに永遠にバランス修正を続ける羽目に成るわよ」

 「じゃあ、最後にもう一つだけ、心臓の血管の詰まりも治しておくかな。はい、終了っと」


 優輝はお婆さんの背中をポンと軽く叩いた。

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