第95話 中学生の時に見た幽霊

 「多分、ここだと思うんだよなぁ……」


 当時はその路地は、片側が農家の生垣、反対側が住宅のブロック塀で、生垣の方から人が出て来て、路地を横断して反対側のブロック塀へ消えて行くのを見たのだ。

 今では道も綺麗に整備されて、生垣の方は賃貸アパートの外壁だし、ブロック塀だった方も低いフェンス柵に成っている。

 当時とは随分変化してしまっているが、道の位置は変わる筈は無いので、優輝の記憶では間違い無くここだ。

 優輝は、目を凝らしてその路地を見つめた。

 あきらもスマホを構えて路地を見ている。


 暫くすると、家の壁からひょこっと子供の獣人が現れ、トトトッと走ってフェンスを突き抜け、そのお宅の庭を走って家屋の中へ消えて行った。

 そのすぐ後に、大人の獣人の男女二人がその子を追う様に小走りで通り過ぎた。

 多分親子だろう、走って行った子供を追いかけて行く両親に違いない。

 あきらの方を見ると、あきらもそれを確認した様で、優輝に向って頷いた。


 優輝は今獣人が出て来たアパートの壁に拡張空間をセットし、同じテクスチャーで入り口を隠すと、周囲を見回して他に人の目が無い事を確認し、ヘッドホンを装着してスマホの再生ボタンを押した。

 あきらにはゲートが良くは見えていないのだが、優輝に手を引かれ一緒にゲートを潜ると、パッと目の前の景色が変わる何時もの現象を確認し、異世界側へ移動した事を知る。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 獣人の親子が消えて行った家屋の中では、年配の女性が腰を抜かしていた。

 優輝は周囲を見回して人の目が無い事を確認したつもりだったのだが、実はその家の中から勇気達を見ていた人が居たのだ。

 注意して人体のエネルギーを探せばそこに人が居る事が分かったのだろうが、この時はうっかり視力だけに頼ってしまっていた。

 その時はあきらも優輝の確認だけで納得してしまっていたのだ。

 それが少々あだと成ってしまった様だ。


 外の明るい所から少し薄暗い家の中というものは見え難いもので、住宅街等では特に誰も見て居ないと思っても意外と誰かが見ていたりするものなのだ。

 その女性は、優輝の母と同じ位の歳で知り合いだった。

 知っている家の子供が女の子を連れて歩いているのを家の中から見つけて、何をしているのかと見ていたら、スッと姿が掻き消えたのを見て、腰を抜かしてしまったのだった。

 後に、優輝の家族を巻き込んで少々騒動に成るのだった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ユウキとアキラが立って居るそこは、森の中を通る街道の様だった。

 ユウキは直ぐに近くに在った大木の街道側から見えない裏側に拡張空間をセットし、二人はその中へ入って服を着替えた。

 空間から出て街道の左右を見渡すと、片側は道がカーブしている様で先の方までは見えなかったが、反対側は直線で遠くの方から数人の集団が歩いて来るのが見える。

 優輝達はそちらの方向へ歩き始めた。すると、その集団とすれ違う時に片手を上げて挨拶をして来た。


 「こんにちは」

 「こんにちはー」

 「おや、旅商人さんかい?」

 「村で商売した帰りなのかい?」

 「若いのに偉いねえ」

 「何を売り歩いているんだい?」


 集団の人達は口々にそう尋ねて来た。

 ユウキとアキラは、行く先々で旅商人を名乗っているのだが、一見してそれっぽい恰好はしていないので一々説明するのも面倒臭いなと思っていた。

 だから、服屋のドーリスさんに、旅商人に見える格好を教えて貰い、その服を着てそれっぽい荷物を持って歩く事にしていたのだ。

 狙い通り、初見で旅商人と認識されたので、心の中でガッツポーズを決めていた。


 しかしユウキは、彼らの言葉から、村の方向は逆だったと認識した。

 村へ通ずる道がこれ一本だとすると、村の方向から村人では無い初めて見る余所者が歩いて来たというのはとても不自然で、何か合理的な理由を説明しなければ成らない。

 村へ帰るこの人達も、防犯目的で探りを入れて来ているのだ。


 ちなみに最近では日本でも、下校途中の小学校低学年生の近くに寄ったりすると、急に『こんにちはー!』と元気に挨拶される事が有る。

 あれは、学校で見知らぬ大人が近づいて来たら大きな声で挨拶しなさいと指導しているそうだ。

 挨拶は、防犯対策の一環として有効なのだ。


 「俺達、近道をしようと森の中を突っ切って来てしまったんですけど、やっと街道に出れたので町の有りそうな方を目指して歩いていたんですよ」


 アキラが咄嗟にそう言った。

 嘘としては結構良い感じかもしれない。何故なら……


 「森の中を突っ切って来ただってえ?」

 「本当かしら?」


 思惑通り、怪しんで来た。

 しかし、それは想定の範囲内なのだ。


 「実は俺達、こういう商品を売り歩いているんですよ。その効果の検証も兼ねて、敢えて森の中を歩いて来ました」


 そう、ブロブ避けの消石灰と獣避けのドラゴンズピーだ。

 それを荷物の中から取り出して見せると、異常な程食い付いて来た。


 「本当か! ブロブと豪角熊を避けられるって?」

 「ちょっと何でそんな商品持ってて村と反対方向へ行こうとしてるのよ!」

 「駄目じゃない! 村はすぐそこなんだから、ちゃんと商売して行きなさい!」


 えらい食い付き様だ。

 この街道は森の中を突っ切っているので、道でも時々害獣と出くわす事が有るのだろう。

 ユウキとアキラは、半ば強引に村の方へ引っ張って行かれてしまった。


 途中、さっき拡張空間をセットした木の所に、都合良く森から出て来る足跡が残っていたので、『ここで森から出て来ました』と言って嘘を補強するのも忘れない。

 実際は、木の裏側へ回って戻って来た時の足跡なんだけどね。


 皆に連れられてやって来た村は、まるで要塞の様だった。

 丸太を尖らせた杭が村の全周囲に突き出されており、その外側に水壕が掘ってある。

 入り口には簡単な橋が掘の上に掛けられている。何か有ったら直ぐに落とせる仕組みらしい。

 村の中へ入ると、かなりの規模である事が分かる。

 実はこの村は、20km程離れた所に在るセンギ国の所属村で、例によって関所なのだそうだ。

 良く見ると、反対側にも入り口が在り、そちら側の村は半分はさらに向こう側に在る隣の国の所属なのだという。

 つまり、国と国とを繋ぐ街道の中間に関所を設け、そこを中心にそれぞれの国側に村が発達したという形なのだ。


 そう言った形態の国境村とか町というのは、結構世界各地に在る。

 スペインとフランスの間のル・ペルテュ村とかがそれに近いかも知れない。

 それぞれの国の特産を交換したり輸出入したりするのに都合が良い為、小さいながらも活気のある街だったりするのだ。

 Aの国ではタバコが安いが、Bの国では酒類が安いと言った場合、それぞれの国の人が相手の国へ行って大量買いして帰って行く。

 人が集まるならと、娯楽施設や宿泊施設が出来、市場や飲食店が出来、賭博場が出来といった具合に発展して行く。物流の要所という訳だ。


 この村は正にそういう位置に在る様だ。

 しかし、何故こんなに厳重な要塞の様な形に成っているのだろう?

 それは、昔はそれぞれの国の経済格差が大きい場合に越境者を通さない為という理由だったそうだが、今では主に害獣避けの意味合いの方が大きいそうだ。

 木杭は、大型の獣用、水壕はブロブ避けらしい。

 ブロブは、強酸性の身体を保っていないと弱ってしまうそうで、水を越えて侵入はして来ないのだと言う。

 しかし、水場には寄って来るというので、痛し痒しな防御法だと言われている。


 「おーい皆ちょっと集まって来てくれー! この旅商人がブロブと豪角熊を避ける品を持っているそうなんだ」


 村の中の中央広場に着いた時、案内の男がそう叫んだ。

 すると、村の人達がぞろぞろと集まって来た。


 「何だって? ブロブ避けだって?」

 「豪角熊も避けるそうだ」


 皆半信半疑な様だ。

 ブロブは木灰である程度防げるとしても、流石に豪角熊は無理だろうと思われているからだ。


 「まず最初に、こちらがブロブ避け粉。これをブロブに掛ければ、ブロブが死にます」

 「はあ? ブロブが死ぬ? まさかなあ」

 「あれは昔っから何をやっても駆逐出来ない厄介なものなんだぞ?」


 見物人の一人が辺りを見回し、外柵の方へ走って行った。


 「おーい、丁度こっちにブロブが居るからよう、証拠見せてくれねえか?」


 男が手招きしている。

 そちらへ行ってみると、確かに水壕の外側にブロブが蠢いているのが見える。


 「丁度良い、じゃあ、ちょっと行ってアレを駆除して来ます」


 アキラは、そう言うと村の入り口から外へ出て、水壕の縁を回ってブロブが居る辺りまで走って行った。


 「アキラー! その下辺り―!」

 「わかったー!」


 ユウキが指差した辺りの水壕の縁から下を覗くと、割と大き目のブロブが這っている居るのが見えた。

 アキラは消石灰を袋から一掴み取り出すと、それをブロブ目掛けて投げ付けた。

 すると、消石灰の掛かったブロブは、激しくのたうち、通常の移動速度の何倍もの速さで難を逃れるかの様に這い回ったが、アキラが連続で投げ付ける消石灰で全身が真っ白に成る頃には、遂に動かなくなってしまった。

 これには柵の内側から見ていた村人達は驚嘆の声を上げた。


 「本当かよ。ブロブが死んだぞ?」

 「いや、動かなくなっただけで死んだと判断するのは危険だ」

 「ああ、どんな小さな欠片かけらからでも復活して来るからな。数日様子を見なければ安心出来ん」


 村人達がにわかには信じられないと言う風に話し合っている。


 「どうですか?」

 「うむ、もう数日様子を見たいんだが」


 息を切らせて戻って来たアキラがそう聞いたのだが、どうも信じられないらしい。

 そこで、粉はお試しという事で、少し置いて行く事にした。


 「そして、もう一つの害獣避けの方なんですけど」


 ユウキが、ドラゴンズピーを取り出した。

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