第80話 ミスリル銀の結晶

 「ユウキ、お待たせ―!」

 「全然待って無いよ。今お茶淹れるね」


 あきらは玄関に着くと、既にこちらへ戻って来ていた優輝と花子お婆ちゃんがダイニングで寛いでいた。

 優輝は、あきらが好きなレギュラーコーヒーを淹れる為、キッチンへ向かった。


 「お婆ちゃん、向こうの町は楽しめた?」

 「ああ、優輝君…… ユウキちゃんが意外と顔が広いのでびっくりしたよ。あと、コスプレ流行ってるんだねぇ」

 「コスプレ?」

 「あー、それ、説明忘れてたんだけど、あれはコスプレじゃないんだ。ああいう人なんだよ」

 「え? どういう事なんだい?」

 「獣人といって、獣の特徴を持った人種なのよ」

 「ええっ! あれ、本物なのかい!? 尻尾とか耳とか」

 「そうなんだよ」

 「こりゃあたまげたわー!」

 「だからね、あまりジロジロ見ないでって言ったんだ」


 優輝は、あきらのマグカップを持って戻って来た。


 「お婆ちゃん、向こうではホダカ爺ちゃんなんだけど、もうね、すっごいモテモテだったんだ」

 「もっと詳しく!」

 「あのミバル婆ちゃんが、もうデレデレでね。あんな婆ちゃん見た事無かった。あはは」

 「ええー!? 見たかった―」

 「それからね、ホダカ爺ちゃんのお陰で服屋の店主のドーリスさんが、ミバル商会に加入したよ」

 「あたしゃ何にもやって無いよ」

 「え、何それ。私の居ない所で面白そうな事件が次々起こるのね」

 「ホダカ爺ちゃんは、自覚の無い人タラシなんだよ」

 「やめとくれよー」

 「あははは。でもそれが良い方向に働いているみたいね」

 「そうなのかい?」

 「そうなんだよ」


 異世界の話は楽しい。

 花子お婆ちゃんも、初異世界の町を楽しんでくれた様だ。


 「あ、そうそう! 本来の目的を忘れる所だったわ」


 あきらは、ハンドバッグからジッパー付きビニール袋を摘まみ上げ、それに入った金属片をテーブルの上に置いた。


 「これがこっちの世界で作ったミスリル銀?」

 「そう、本物より凄いから気を付けて」

 「凄いって?」

 「見てて」


 念のために二人にはテーブルから離れてもらい、あきらはテーブルの中央に乗せたミスリル銀の小さな破片に小指を付け、エネルギーを流した。

 すると、その金属片が眩しく輝き、厚みの方向へエネルギーが勢い良く噴出して、あまりの眩しさに一瞬目が眩んだ。

 あきらは慌てて手を離すとエネルギーの奔流は止まり、テーブルの上に載っていた何もかもが消滅し、テーブルの天板はカンナでも掛けたみたいに塗装が剥げ、木目が露わに成っていた。


 「あああ、私のお気に入りのディオールのマグカップが!」

 「びっくりした! 何だいそれ!?」

 「あーあ、カッシーナのテーブルが……」

 「御免なさい……」


 あきらがしゅんとしている。わざとやった訳では無いのだから誰も責めないのに、優輝と二人で選んだ大事な食器や家具が台無しに成ったのがショックだった様だ。


 「まあまあ、物はまた買えば良いさ。それより誰も怪我しなくて良かったよ」

 「研究所で貰った時より凄く成ってる。エネルギーをセーブするために小指で触ったのにこの有様」

 「これを渡すのは危な過ぎないか?」

 「私達じゃなければこんな事には成らないのよ。あー、他の金属片も消えちゃってるー」

 「テーブルから吹き飛んだだけだよ。ほらそこに一個落ちてる」

 「本当だ、良かった! ちょっと待って、素手で触るとまた成るから」


 あきらは、台所からトングを持って来て、床に散らばった金属片を慎重に一つ一つ拾い、ビニール袋へ入れて行った。

 向こうへ持って行っても使えるかどうか分からないので、テーブルの上の一番小さな金属片は台所から持って来たキッチンペーパーに包んで優輝のストレージへ仕舞った。


 「あきらはこの後どうする?」

 「ちょっとこっちに寄るだけで直ぐに研究室に戻るつもりだったんだけど、今日はもういいわ。何だか色々あって疲れちゃった」

 「それじゃあ、あたしも異世界の観光で少し疲れちゃったから、家戻って休むよ。おつかれさん」


 花子お婆ちゃんは、何かを察した様に自分の家へ帰って行った。

 二人きりに成った家の中で、お互いに見つめ合い、あきらが聞いた。


 「する?」

 「もちろん!」




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 翌日、ロデムの所へ向かった二人は、研究所で作ったミスリル合金をロデムに見せてみた。


 『ふうん、凄いね。これは凄い物だよ。不純物が殆ど無い』

 「エネルギーを通す度にブレードの威力がどんどん増して行くみたいなの」

 『うん、出来立ては内部の原子配列に若干の不揃いみたいなのが有るんだ。だけど強いエネルギーを通す度に原子配列が徐々に整列されて行って、エネルギー通路が最適化されて行くんだろうね』

 「これ、こっちの人間に渡しても大丈夫だと思う?」

 『大丈夫じゃないかな。アキラやユウキ程の人間は他には居ないと思うし。使うのは、刃先にほんのちょっとだけなんだろう? 豪角熊の爪よりちょっと強い程度だと思うよ』

 「全部無垢材で作られない限りはって事か。お金が幾ら有っても足りないねよね」

 「商品の材料なんだから、必要経費で落ちるよ?」

 「いやそれにしたってさ、これの無垢材のナイフを作る意味ある?」

 「デモンストレーション用に作ってみる? 原材料費は幾ら位掛かるのな?」

 「すっごく高いと思うよ。何しろ日本でさえ金より高価な金属だからね」

 「え? そうなの?」

 「金ってグラム七千円位でしょう? イリドスミンの合金の半分の素材のイリジウムの値段がグラム二万円位だから。それにレアアースなんかも入ってると成ると……」

 「少なく見積もってもグラム五万円、いや、七万円は行くのかな?」

 「金の十倍!? それはヤバいな」

 「作ってみたい気も有るけどね。これを鍛冶屋に持って行って親方に見せてみよう」




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 鍛冶屋の裏通りに設置してある拡張通路から出て、裏口から中へ声を掛けると親方は作業中だった。


 「親方―! ミスリル手に入ったよー」

 「おうお前ら、こんなに早く手に入れたのか? どれどれ?」

 「これなんだけど。使えるかな?」


 ユウキはキッチンペーパーに包んで持って来た、ミスリル合金の小さな金属片を親方に見せた。

 それを受け取った親方は目ん玉をひん剥いた。


 「お、おまっ! こんな物何処で手に入れた!?」

 「ん? これじゃ駄目だった?」

 「こりゃぁたまげたぁ…… あんたそりゃあミスリル銀の結晶じゃないか。俺も見るのは初めてだ」

 「どういう事?」

 「この世の中に出回っているミスリル銀の何倍も純度が高い代物だよ! 触ってみても良いか?」


 それを親方が手に取ると、普通の目でも分かる程度に輝き始めた。

 がしかし、直ぐにそれをユウキの持つ紙の上へ戻した。


 「俺には強すぎる。体中の魔力を吸い取られそうだ」

 「使えないのかぁ、がっかりだな」


 親方はそれを仕舞おうとするユウキの手を止めた。


 「使えねえなんて言ってねぇ! とんでもない物が出来るぞ!」

 「なら良かった。はい」

 「いやいや待ってくれ! 代金が払えねえよ! こんなもん!」

 「こっちが依頼した物の材料なんだからこっちが出すよ。置いて行くからよろしくね」

 「怖ええ、金の延べ棒を手に持ってスラムを歩いているみたいな気分だ。金庫に仕舞って厳重に鍵を掛けて置かないと心配で眠れやしねえよ!」

 「そんな大げさな」

 「お前ら良くこんなもんを平然と持ち歩けるよな。世間知らずなのか豪胆なのか分からねえ」

 「足りなく成ったら言ってね。また持って来るよ」

 「こんなもんがまだ他にもあんのかよ! お前、それ、絶対に他で見せるなよ! 命狙われても知らねえぞ! 冗談で言ってるんじゃねえからな!」


 とてもこの金属の無垢材で作ってくれとは言い難い雰囲気だったので、それはまた今度という事にした。

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