第131話 始祖

 「君は?」

 「サマンサの弟子です。魔法を習ってます」

 「何処から入って来たのだ?」

 「いやいや、最初から居ましたし」

 「お父様、最初から居ましたわ」

 「そ、そうか、済まぬな。目に入っておらなんだ。して、一瞬で行けるとは?」

 ユウキは、謁見の間のなるべく邪魔に成らなそうな場所の壁まで行くと、スマホの拡張空間アプリで扉を作ろうとした。

 しかし、扉は作れるもののその空間をサマンサの庭へ連結するのは、やはり出来ない様だった。


 『仕方無いなぁ、ボクがやってあげる』


 ユウキのお腹の赤ちゃんの声が聞こえ、扉を張り付けた壁の空間が一瞬だけ斜め方向へずれた様に見えた。

 それはまるで、ジグソーパズルの形の合わないピースを無理矢理はめ込んだ様な、インチネジのナットに無理矢理ミリネジのボルトを捻じ込んだかの様な感じがした。

 形の合わない空間同士が無理矢理合わされた様で、空間が軋んでガリガリと音を立てた様な気すらした。


 『出来たよ。全く、下手糞な魔法を修正してあげるのは苦労するよ。じゃあ、もう寝るね』

 「うん、どうもありがとう、赤ちゃん。ゆっくりお休み」


 ユウキのお腹の中の赤ちゃんは、すぐに眠くなってしまう様だ。

 後ろの方で見ていた皆は、口をあんぐりと開けていた。


 「さあ、サマンサの庭へ繋がったよ。皆入って入って」

 「ちょっとー! そこ私の家なんですけど!」


 サマンサの庭へ移動した一同は皆感嘆の声を上げた。

 魔法空間にこういった移動手段としての使い方が有る事を誰も知らなかったからだ。


 「魔法空間同士を連結出来るとは、なんという技術だ」

 「いや、我々がその方法を知らなかっただけではないのか?」


 ロデムやロデムのアプリが作る空間は規格が統一されているので、簡単に幾つも接続して行く事が出来る。それはあたかも組み立て式のスチールラックの部品を買い足せば幾つでも増設出来る様な物だ。

 それが一個一個が寸法も材質もまちまちに作られた手作り家具ではこうはいかない。

 そのお手製家具同士を強制的に繋ぎ合わせてしまった赤ちゃんの力量は、大したものだと言わざるを得ない。


 「その方法が原本には記載されていたかも知れないのだ。水に沈んだと成れば、事は急を要する。早急に回収せねば二度と戻らなくなるやも知れぬ」


 最初は池と聞いていて高を括っていた城のエルフ達も、目の前の池の大きさに愕然とし、水を抜いて底を浚うと言う方法は諦めた様だ。

 代わりに泳げる者を集め、人海戦術で潜って探す方針に切り替えた。

 最初は臣下の中の事情を知る物だけでこっそりと回収を行う予定だったのだが、池の想像以上の大きさに方針を転換するしか無くなってしまったのだ。


 探索は、池を小区画に区切り、一列に成って自分の担当範囲と進む方向だけに全集中して湖底を調べて行くのだ。

 そうやって一日毎に場所を変えて捜索は行われていった。


 連日連夜の捜索の末、ついに六日目にして目的の原本一冊及びその他の魔導書二十七冊の回収に至った。


 案の定だが、羊皮紙で出来た魔導書は三倍もの厚さにふやけ、半透明のゲル状のブヨブヨとした得体の知れない物体と化してしまっていた。


 「うわ、きっもい! まるでクラゲみたい」

 「くれぐれも乱雑にお触りに成りません様に。破けてしまいます」


 それはまるでふやけた火傷跡みたいな状態で、軽く触ってもズルリと破けてしまいそうな状態に成っていた。


 「これって、元に戻りますの?」

 「分かりません。このままそっと動かさずに乾かしてしまって良い物なのかどうか……」

 「多分駄目な気がします。革の膠質が解け出て来てしまっているので、ページがくっついて離れなくなってしまうかも知れません」

 「一難去ってまた一難か……」


 現場にはお后様や王子様王女様達も見に来ていた。

 お后様はブヨブヨにふやけた魔導書を見ながら指揮を執っている担当者に質問をしていた。

 第三王女のアリエルは、サマンサの庭が気に入った様だった。


 「ここ、素敵ね」

 「うん、造るのに結構苦労したんだ」

 「この広い土地は買ったの?」

 「いや、エルフの国と同じ魔法空間よ?」

 「え!? ここって魔法空間だったの!?」

 「気が付かなかった?」

 「すごい…… これだけの魔法を使える者は、王宮にも居ないわ」


 やはり魔法空間作成魔法は王族も含めて極一部にしか開示されていない様だ。

 遠巻きに捜索の様子を見学していたユウキ達の前へ、国王アリオンがやって来た。


 「あー困った。うーん困ったぞ。原本が失われたら空間魔法は途絶えてしまう」


 アリオンは、ユウキ達の前でわざとらしく困った振りをしている。

 ユウキ達というよりも、ロデムの前でと言った方が正確かも知れない。

 先程からロデムの方をチラチラと見ているのだ。


 『困りはしないだろう? キミがまた書けば良いのだから。アラミナスの知識を持つ者よ』

 「やはり君か、ローディア」

 「ん? どういう事?」


 ユウキはロデムとアリオンを交互に見た。


 「私はアラミナス本人なのさ」

 『いいや違う。キミはアラミナスの記憶と思考のパターンをコピーされただけの別人だよ』

 「それはすなわち、アラミナス本人だと言っても過言では無いだろう?」

 『いいや、過言だね』

 「どうしても私を認めない積りか?」

 『アラミナスの魂は、彼の死後にボクが回収して今でもボクと共に在る。キミの魂は別人の物だし、同じ記憶を持っているからといって同一人物とは認められないよ』

 「何故だ! 私は衰えて行く君を目の当たりにし、同じ時を生きようと決意をして、永遠に生き続ける秘術を編み出した。そして、何時か君が復活して来る事を信じて何世代もずっと待っていたんだ! その私の気持ちを踏み躙るのかい!?」

 『その気持ちは嬉しいけれど、やり方を間違っているよ。術を掛けられた人達の人生をキミは奪って来たのではないのかい?』

 「うう……」


 人を物に例えるのは不謹慎かも知れないが、例えばとても高性能なスマホが一台在ったとする。そのスマホが壊れる前にその中の全データを別のスマホにコピーしたとして、それが同じスマホと言えるのだろうか?

 例え同じ待ち受け画面、同じ電話番号、同じ電話帳、同じメールアドレス、同じ写真、同じアプリのアイコンを同じ位置に配置してあったとしても、それは最早別物だろう。


 ましてロデムは魂によって個々の人を識別している。

 魂が違えば、どんなにそっくりさんでも別人でしか無いのだ。

 逆に言えば、魂さえ同じなら容姿がどんなに変わろうが、記憶を失おうが、ロデムはその人だと認識してくれる筈だ。

 三人が結んだ契約とは、そういう物なのだ。


 「君は! 私の気持ちを分かっていない! 君を深く愛していたのに! それで、今度はその人間達と契約を結び直して幸せに暮らしているという訳なのか! この私を除け者にして!」

 『キミは勘違いをしているよ。アラミナスはもう死んで、契約は既に切れている。キミは自分をアラミナスだと思い込んでいる別人なんだ』

 「もういい!!!」


 国王アリオンが急に大声を出したので、周囲で作業をしていた人達も何事かと振り返った。


 「あなた?」

 「お父様?」


 サマンサと話していた、アリエルやお后様もいつもとは様子の違うアリオンに戸惑っていた。


 「そいつらが居るから私と再契約出来ないのだろう?」


 アリオンは右手を上げ、ユウキの方へ掌を向けた。


 「キヤイカムイ」


 アリオンの手が光った様に見えた。

 その時、ロデムはユウキの頭をグイっと押した。

 ユウキの頭の在った位置に来たロデムの左腕の部分のフィールドに何かが干渉し、腕を吹き飛ばした。


 「ロデム!」

 「きゃあっ! 腕が!」

 「お父様! 何をしているの!?」


 アリオンの放った光は、ロデムの身体を覆った障壁バリアを貫通し、腕を吹き飛ばしてしまった。

 ロデムが咄嗟に優輝の頭を押し退けなければ、吹き飛んでいたのはユウキの頭だっただろう。

 その現場を目撃していたサマンサとアリエルが、慌てて走り寄って来る。


 「ロデム! ロデムっ! あああ、腕が!」

 『大丈夫だよユウキ。ほんの致命傷だ』

 「致命傷なの!?」

 『間違えた、かすり傷だ。当たり所によっては致命傷に成り得る攻撃だったけど、下層階位(三次元空間)に触れている部分にしか当たらない攻撃だった。ちょっと痛かったけど、薄皮一枚が切れた程度だよ』


 ロデムがそう言うと、飛び散った水滴が逆再生で集まる様に飛んで来て、腕は元通りに修復してしまった。


 『ね』

 「心配したよ! ロデムー!!」


 ユウキはロデムに飛び付いて泣いた。本気で心配したのだ。

 しかし、今の攻撃はバリアを貫通する攻撃だった。

 アリオンは本気でユウキを殺すつもりで撃ったのだ。

 ロデムに取ってそれは決して看過出来ない事だった。

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