第132話 アリオン
「ぎゃあ! あいだだだだだだ!!」
急にアリオンが地面に転げまわって悲鳴を上げ始めた。
「ロデム、ちょっと落ち着こうか」
アキラは、ロデムの怒りが爆発寸前なのを一早く察知し、ロデムが何かをしでかす前に行動を起こしたのだった。
ロデムの身体からコロナ放電の様にエネルギー針が飛び出しかけたのだが、アキラの一言でそれは引っ込んだ。
下手したらまたユウ国の関所村の様な大惨事に成る所だった。
もしそんな事にでも成ったら、人間とエルフが戦争状態に成ってしまうかも知れない。
まして、王族に危害を加えたなんて事に成ったら、こちらの世界での安穏とした生活が出来なくなってしまう。
だから、アキラはアリオンを無力化した。
無力化するなら、アキラがいつも暴漢や不審者にやっているみたいに手足の神経経路を切ってしまえば良いのだが、それだけだと反抗の意思は消えないかも知れない。
手足が動かなくなった事に対して驚き、恐怖でも感じてくれればそれでも良いのかも知れないが、それが取り返しの付かない状態ならともかく、アキラが治そうと思えば何時でも治せるという、一時的な状態異常でしか無いと分かれば余計に怒りの炎を燃やしかねない。
ならば、手っ取り早いのは『痛み』だろう。
傷や打撲等の皮膚に備わった感覚器から与えられる痛みでは無く、傷も無いのに神経自体に直接流し込まれる筆舌に尽くし難い痛みを、アキラは作り出す事が出来るのだ。
そして、アキラに完全支配された神経系は、最早自分の意思を伝達する事は出来ず、痛みを押して体を動かす事すら出来ない。
痛みなら脳細胞を流れる信号は乱れ、その間の魔法詠唱を阻害する事が出来るし、何かを企むと言う邪な思考をジャミングする事も出来る。
痛みが発生している部分が分からなければ、そこを押さえて我慢する事も難しく、痛みを与えている時間が何時終わるとも知れないと成れば、相手の心をへし折り反抗の意思を摘み取る事も出来る。
どんな屈強な人間だろうと極悪人だろうとスーパーヒーローだろうと無力化し、気力も体力も奪ってしまうアキラの必殺技なのだ。
「どうかな? 一旦落ち着いて話す事は出来ますか?」
「分はった、分はったから、も、もう止めへくれ、ぐあああ……」
そう懇願されたので、体中で群発する得体の知れない激痛は止めてあげる事にした。右足の太腿にだけ、我慢出来る程度の痛みだけを残して。
アリオンは体力を使い果たしてしまい、もうこちらを攻撃する気力も残っていない様だ。
「今程度の攻撃なら始祖アラミナスなら防げた筈なんですよ?」
アキラはアリオンに向って、にっこりとほほ笑んで見せた。
アリオンはへとへとの状態で、最早反論すら出来ない。『ひっ……』と軽い恐怖の感情を表しただけだった。
アリオンは臣下に抱えられ、サマンサ達が腰を掛けていた庭のベンチへ腰を下ろした。
ぐったりとしていて、ぼーっと前を見つめているばかりだ。
時々、うっと腿を押さえている。
アキラは、彼等が引き上げる時にはそれも止めてあげる積りだ。
王妃と王子王女重臣達は、ロデムの前へやって来ると片膝を地面に着き、頭を下げた。
「今の国王との遣り取りで全てを理解いたしました。あなた様は私達の伝承に有る始祖アラミナスと共にエルフを御纏めに成り、魔法を授けて下さった神、ローディアンニューマフレイアルストーオールマンニカス様ご本人なのですね」
『ロデムでいいよ。その呼び名は長いでしょう?』
「はい、では改めてロデム様とお呼びさせて頂きます」
『うん、そうして』
「ロデム様に御伺い致します。我が王アリオンをどの様に処断致す御所存で御座いましょうか?」
『んー…… どうもしないよ。ボクの家族を殺そうとしたから消滅させようと思ったのだけど、アキラが罰を与えちゃったので、もう断罪する積りは無いよ』
その言葉を聞いて、エルフ達はホッとした表情を浮かべた。
『もし魔導書の原本が修復出来なくても、がっかりしないで。魔法の知識は彼の頭の中に有るから彼に書き直して貰えば良いよ。知識だけはアラミナスの物と同じ本物だから』
「はい、貴重なご意見有難う御座います」
王族と重臣達は、未だ足取りも覚束ないアリオンを支え、空間通路を通ってエルフの国へ帰って行った。
「あの王様の撃った魔法ヤバかったね。ロデムのバリアを貫通したよ」
『あれも雑な拡張空間を応用した魔法って感じだったかな。物体を不安定な拡張空間に半分入れた状態で崩壊させて物体を切断する仕組みだったよ』
「そうなの? 怖っ!」
雑な魔法故の利用法なのだろう。
穴掘って人を落して、自然に崩れて生き埋めに成るのを期待する様な魔法だ。
バリアと同質の魔法だった故に干渉出来たのだろう。
「それで結局、魔法空間作成魔法については分からなかったね」
「もうほんとがっかりだよ」
「あーあ、振り出しに戻っちゃったー」
三人でがっかり談義していると、横から小さな声が聞こえた。
「あ、あのう……」
そちらを見ると、サマンサと一緒に居た第三王女のアリエルだった。
小さく右手を挙げ、申し訳無さそうに小さな声で呼んでいた。
「その魔法でしたら、私使えますけど……」
「「「『ええー!?』」」」
サマンサも驚いていた。
「「てゆーか、ロデムも驚くんかーい!」」
『みんなと一緒に喜怒哀楽を共有したいの』
話を聞くと、どうやら子供の頃サマンサとアリエルは歳も近いという事で王宮でいつも一緒に遊んでいたらしい。
魔導書に一緒にお絵描きなんかして良く怒られていたそうだ。
当時、王宮書架に有った魔導書は、挿絵も豊富で二人は絵本の代わりに良く眺めていたそうだ。
子供の頃の脳は柔軟で、そこに書かれていた魔法式はすっかり覚えてしまったという。
「サマンサはすっかり忘れているのにね」
「流石王女様は優秀ですね」
「う、うるさいわね!」
「えーとですね、空間魔法は確か……」
そう言うと、アリエルは呪文を唱え始めた。
多分他の人には見えていないと思うが、アリエルの身体から白い霧の様なエネルギーが噴き出し始め、空間に魔法陣の様な干渉縞が浮き出す。
「あっ!」
「写真写真!!」
すかさずアキラはその模様を写真へ収めた。
その魔法は魔法空間内では発動しない様で、そのまま不発に終わった。
「あ、あらっ?」
「ここは魔法空間内だからよ」
「あ、そうか、素敵なお庭だったのですっかり忘れていたわ」
「でも、魔法式はしっかり記録出来たので大丈夫ですよ」
アキラは今写した写真をスマホに表示させてアリエルに見せた。
「あら凄いわ。こんな魔法の道具は見た事が有りません…… でも何か靄っとした感じですね。これで分かるかしら?」
「大丈夫なのよ。こっちが本当の魔法式なんだから」
「えっ? そうなの? もう少し良く見せて下さい」
アリエルはスマホの画面を凝視している。
サマンサは何故か自慢げだ。
「この濃淡の部分まで正確にイメージ出来れば、魔法の威力は何十倍いや何百倍にも跳ね上がるの。実証済みよ」
「えっ、それ、大発見じゃないの!」
サマンサは書きかけの『シン・魔導書』を持って来てそれを開いてアリエルに得意げに見せていた。
それを発見したのはアキラだというのに、何故かサマンサは自分の手柄みたいに自慢している。
「いい? ちょっと見てて。マジックミサーイル!」
ギュバッ!! ドドーン!!
サマンサは衝撃波で吹っ飛んで池に落ちた。
アリエルは、こう成る事を予想したアキラがバリアを拡大して内側に入れていたので被害は無かった。
サマンサは、無言で池から上がって来て、ずぶ濡れの服の裾を絞り、アリエルの方を向いてドヤ顔をした。
「どや!」
「え、ええー……」
ユウキとアキラは魔法の先生にするならアリエルの方が良かったなと内心思ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます