第54話 会社経営

 「ん? ああ、二つあるね、っと」


 優輝は仕掛けられている所を指差すとチェックマークでも付ける様な仕草で電波の発信を止めて行く。


 「へえ、優輝も中々手慣れて来たじゃない」

 「まあね、お陰様で」


 あきらは直ぐに麻野へ電話を掛け、抗議する。


 「いや待て、そんな指示は出していないぞ? 直ぐに職員を向かわせる」

 「変ねぇ、内調じゃ無いみたい」

 「元々マスコミやヤクザなんかからも仕掛けられていたんだろう? 他の連中なんじゃないのか?」

 「麻野さんは他の反社組織みたいなのは事前に潰したって言ってたんだけどな」


 三十分程待つと職員エージェントがやって来た。


 「あら? 三浦さん、もしかしてまたあなたなの?」

 「いや、信じて欲しいんだが、今回は本当に私では無い。あの後こっぴどく叱られたんだよ」


 三浦は前回、天井裏に隠れていてあきらに見つかっていたのだ。

 近くで守る為と言っていたが、諜報員として潜伏術にはそれなりの自信はあっただけに一般人に秒で見つかってしまった事にプライドはぽっきりとへし折られてしまっていた。

 麻野は三浦に、あきらの能力に着いてあまり詳しくは伝えていないのだろう。


 あきらはまたこの人がやらかしたのかと思い、責める様な口調になったのだが、どうやら本当に知らないらしい。

 脳内の網目を流れる光のパターンを見れば、あきらにはその人が嘘を吐いているのかどうか分かる為に、本当の事を言っているのが分かったのだった。


 「その盗聴器を回収させて貰えないか? 指紋、といっても今時そんな間抜けは居ないと思うが、調べてみようと思う」

 「良いわ。そこの食器棚の一番下の棚板の裏と、向こうの部屋のカーテンレールの上」


 三浦があきらの言った場所を探すと本当に盗聴器が見つかった。


 「ん? これは、どうやら市販品だな。アキバとかで売ってる様なやつだ」

 「どう違うの?」

 「我々が使うのはプロ仕様で、もっと小さいし電波の強さも違うんだ」

 「あきら、不用心だから鍵変えて置いた方が良いんじゃないか?」

 「んー、もうすぐ引っ越すし、余計な出費は控えたかったんだけどな」


 お金は十分持っている筈なのに、中々しっかりしているお嬢さんな様だ。

 三浦はその盗聴器を持って直ぐに帰って行った。


 「でも内調じゃないとすると、反社かマスコミって事になるのかしら?」

 「それか、ストーカー」

 「ストーカー!?」




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 翌朝寝不足気味の二人は、普通に大学へ行き二人そろって欠伸連発で周囲の妄想を掻き立てる燃料を投下しまくるのであった。

 

 あきらは午後はゼミがあるというので、優輝は一人で秋葉原へ行って小型カメラを買って来た。

 映像を電波で飛ばすタイプではなく、本体のマイクロSDカードに録画するタイプだ。

 それを玄関横の壁の天井側にあるブレーカーボックスの上から部屋の奥を狙う位置と、部屋の奥にあるスチール棚の板の隙間から玄関側を狙う位置の二か所に設置する。


 時間が余ったので部屋で寛いでいたら、3時頃にはあきらが帰って来て、その少し後に三浦が訪ねて来た。

 盗聴器の製品番号から販売店を割り出し、それが売れた時間に店を訪れた人物を監視カメラの映像から特定したらしい。

 日本版CIA恐るべし情報収集力だ。


 「我々が調べたところによると、犯人は君達と同じ大学に通う学生だった。我々が出向いて捕まえる訳にも行かないので、警察へ通報するかどうかは君に任せるよ」


 三浦はそれだけ言うと、盗聴器と調査書類の入った封筒を置いて帰って行った。


 「すっげー仕事速いのな」

 「そりゃそうよ、ああ見えて情報調査と諜報のエリート集団なんだから」


 あきらの人間離れした能力で相手が慌てたり驚いたりしている様を見ているので、ちょっと舐めてかかってしまっていた節があるのだが、実際は三浦もポンコツ呼ばわりしていた野木もスーパーエリートなのだ。

 あきらは、ちょっと反省した。


 優輝がテーブルの上の封筒を取り中身を確認すると、数枚のプリントアウトした写真と調査内容を示す書類が出て来た。


 「あれっ? こいつどっかで見た覚えが……」

 「あいつよ、医学部のえーと、名前何だったかしら?」


 二人共こいつに付いてはあまりにも眼中に無い存在だったので、名前は聞いたのかも知れないが全く思い出せなかった。

 素人の学生が部屋にどうやって侵入したのかは疑問だったのだが、良く考えてみればこのアパートもそんなに高級なものでも無く、ドアの鍵も古いタイプのシリンダー錠なのでピッキングの道具さえ持っていれば素人でも比較的簡単に開錠出来てしまいそうだ。

 そして恐ろしい事にピッキングツールは通販大手サイトで普通に誰でも簡単に買えるのだ。


 あんな目に遭ったと言うのにあいつが未だにあきらを諦めていないというのは空恐ろしいものがある。

 人間の執着という物は時として理性を失わせるには十分な力が有るのかもしれない。

 これ以上罪を重ねれば、せっかく目の前で掴みかけている輝かしい未来を棒に振ってしまうかも知れないのだが、未だ社会経験も無い学生という年齢では理性より感情を優先してしまいがちな所もあるのだろう。

 あきらにとっても部屋に侵入された程度、といっても十分に犯罪ではあるのだが、この証拠を持って直ぐに警察へというのは少し躊躇われた。

 何だか短い期間に色々な事件が起こり過ぎて、この辺の感覚がちょっと麻痺して来ているのかもしれない。


 グダグダ考えていても仕方が無いので、穂高さんの所へ行ってみようという事に成った。

 穂高さんとは誰だって? 農家のお婆ちゃんです。


 穂高お婆ちゃんの家へやって来た二人は、建築途中の家の周囲から私道、その回りの畑に至る迄雑草が綺麗さっぱりと無く成っている事に気が付いた。

 遠くの畑の方を見ると、お婆ちゃんが黙々と雑草を刈っているのが見える。


 「いや凄すぎでしょ」

 「お婆ちゃーん!」


 あきら手を振って呼ぶと、お婆ちゃんも気が付いた様で立ってこちらへ手を振り返してくれた。


 「お婆ちゃんには雑草殲滅者の称号を与えよう」

 「畑の雑草は機械でやればいいのに」

 「いやー、あんたらに貰ったこれな、楽しくてずっとやってられるよ」


 機械でやると刈った草の処理が面倒臭いのだそうだ。この鎌を使えば雑草は消滅するので思いの他楽しいらしい。

 今では何処かに雑草が生えていないか探し回っている程なんだそうだ。


 「雑草ジャンキーに成ってしまった訳ですね」

 「優輝ったら!」


 あきらに窘められた。


 「今日は、会社の売り上げの配当を配ろうと思って来たんです」

 「要らないよぅ、そんなの。あたしゃなーんにもしとらんしの」

 「そんなのって、結構な額なんですよ。会社の共同設立者として、報酬は受け取って貰わないと成らないんです」

 「あたしは農業とアパートの家賃収入でじゅーぶんなお金を持っているんだよ。老い先短いのにもうこれ以上要るもんかね」

 「でも、法律上報酬を支払わないと私達が罰せられちゃいます」

 「そうなのかい? あんた達がお縄に成るのは困るねぇ、じゃあこうしよう! あたしにはお給料として1万円だけ頂戴。後は会社の経営資金として預けておくよ」

 「いや、流石に1万円っていうのは不当に安いから税務署さんに突っ込まれますよ」

 「じゃあ、初任給の15万円でどうだ? これなら文句あるまい」


 二人は顔を見合わせた。

 そんなの有りなのか? 社員じゃ無くて共同経営者なのに大丈夫なのか? 会社経営は初めてなので法律的にどうなのか全く分からない。


 「じゃあ、取り敢えず私達三人は対等な共同経営者なので全員お給料は一律20万円って事にしましょう」

 「手取りで?」

 「税込みって事にする? 計算が面倒臭いわ。手取り20万って事にして、税込み金額を逆算しましょうか」

 「会計ソフトなんかも導入しないとこの先どんどん面倒に成って行きそう。税理士や顧問弁護士も雇う必要有るのかな?」

 「常時雇わなくても、税理士は年末にお願いすれば良いわ。弁護士は今の所必要無いわね。財務管理は専用ソフトを買って来ましょう」


 「ちょっとあんた達のお給料も減らすのかい? あたしだけで良いのに」

 「対等な共同経営なので、一人だけ減らすと言う訳には行かないんです。だからいっそ三人とも一緒にしちゃった方が簡単かなって思って」

 「何だいそれじゃあたしがあんた達の足引っ張っちゃってる事になるのかい?」

 「いえ大丈夫ですよ。未だ学生の身分ですし、会社が大きくなるまではこの体制で行きましょう」


 そんな訳でたった三人の小さな会社は、一人手取り20万円のお給料でスタートした。

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