第51話 らくらく販促ビデオ

 「もうさぁ、猿みたいにそればっかりやってないで仕事もしよ」

 「うん、わかった」


 結局あの後もう一回戦やってしまったのだが、仕事もしなければならないのでもっとやりたそうなアキラを放って置いて、ユウキはさっさと服を着てしまった。

 アキラは当然不服そうだ。


 「仕事があるんだからさ、続きは夜にだよ」

 「そう? やった!」

 「ただし、続きは向こうの世界でだ」

 「えーー」

 「えーじゃありません。私にもやらせろ!」

 「ぶーぶー!」


 アキラのこの無限の体力は一体どこから来るんだとユウキは不思議だった。

 世界間の行き来回数はユウキの方が断然多い筈なのだが、明らかにアキラの方が体力が有り余っている感じがする。不思議だ。

 ユウキは普通の人にでも投げ飛ばされたり取り押さえられたりしているのに、納得がいかない。


 「麻野さんもお父さんも武術やってるからね。力よりも技でねじ伏せられちゃった感じだよね。落ち込まない落ち込まない」


 アキラはそう言ってくれるのだが、なんか釈然としない。


 「それで、仕事するのにこの服必要なの?」

 「そうそう絶対に必要」

 「いや、絶対に今考えたでしょ」


 仕事というのは、ユウキのビデオ撮影なのだ。

 服はいつも着ているやつか町で買ったこっちの世界の服で撮影しようと思っていたのだが、偶々成り行きで着せられたこの服をアキラが凄く気に入ってしまい、急遽この服装で撮影をする流れに成ってしまった。


 「大丈夫。ユウキは向こうでは男なんだし、絶対に同一人物だとはバレないから」

 「もしそんな事に成ったら自殺する」

 『やめて! 嫌だよ!』

 「あ、ロデム、冗談だから。比喩っていうか、それ位恥ずかしいって意味で言ったの」


 何故ビデオ撮影しようとしているのか、それは販促の為なのだ。

 こっちの世界で作らせたナイフを向こうの世界(日本)で販売しようと思っているのだが、その凄さを説明するには動画で見せた方が手っ取り早い。

 今はCG技術が発達していて、現実と見紛うばかりの映像を簡単に作り出せてしまうとはいえ、見る人が見ればきっと分かるだろう。

 それに、動画なら某動画サイトで広告収入も狙える。


 二人で考えた会社の名称は、“異世界堂本舗”あっちの物をこっちで、こっちの物をあっちで売って利益を上げる商事会社だ。

 勿論、ちゃんと法人登録もして、税金も支払います。

 会社立ち上げの初期メンバーは、アキラ(久堂玲くどうあきら)、ユウキ(神田優輝かんだゆうき)、農家のお婆さん(穂高花子ほだかはなこ法人登録時に初めて名前を知る)の三人。

 資本金は1円。

 最初は個人商店みたいなものなのでこんなもんだが、追々必要に応じて大きくして行く予定だ。

 ゴールドの販売もアキラの永久電池エターナルバッテリーもこの会社から発売する事に成る予定だ。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「ユウキ、もっと表情柔らかく! いいよいいよー! 可愛いよー!」

 「ロデムは背後で踊ってて」


 動画撮影でアキラの指示が飛ぶ。


 「仕方無いだろ、緊張するんだよ!」

 『踊りってこんなのでいいの?』

 「そんなゲッダンみたいな動きしないで。あ、でも面白いからそれでいいや」


 何だかんだでアキラ監督の元、撮影は順調に進み、完成を見る。

 同日、動画タイトル:異世界堂本舗(何でも切れちゃう魔法のミスリルナイフを販売してます)

 こんなタイトルの動画が某有名動画サイトへ投稿された。


 ナイフ一本の値段はなんと一千万円。高級車が買えてしまいそうな値段である。

 価格もふざけているが、動画内で示されたその切れ味も冗談じみていた。


 最初はA3のコピー用紙をその自重だけで裁断して見せていた。

 その位であれば、良く研いだ普通の鋼のナイフでも可能かもしれない。


 しかし、次に見せたのは、ちょっと信じられない様な映像だった。

 なんと、腕の太さ程の生木の枝をまるで大根でも切る様にスパスパと輪切りにして見せているのだ。異常な程の切れ味だ。

 動画中の彼女の説明によれば、刃先にミスリル銀という金属が使われていると言う。


 ミスリル銀と言えば、ファンタジーの世界に出て来る神秘の金属の名前だ。

 そんな物が実際に存在しているとは思えないが、彼女が持つとそのナイフの刃先が光り輝き、太い木の枝が何かのトリックでも使っているのかと疑う程の切れ味でスライスされて行く。

 次に彼女が手にしたのは、鉄筋コンクリートの中に入れる鉄の棒だった。

 まさかと思って見ていると、まるでゴボウを乱切りにするみたいに鉄筋を切り刻んで行く。


 視聴者は目が釘付けに成り、どこかにトリックが無いかCGを使っている痕跡が見つからないかと、目を皿の様にして粗探しをするのだがそれらしい部分は見つからない。

 ただ不審な点としては、背景の花畑に違和感があるだけなのだ。

 何処に違和感が有るのかと言えば、陰影が無くて立体感や距離感が感じられないという事。

 おまけに背景で踊っている真っ黒な人型のキャラクターも、動画の中でマスコットキャラクターのロデム君と紹介されたのだが、それもどう見てもCGにしか見えない。


 最初こそその異常さが取りざたされ、一部で話題に成ったりしていたのだが、価格も切れ味も非現実過ぎてネタ動画だろうと思われた様だ。

 ある人は、動画を分析したが合成と思われる痕跡は見つからなかったと言い、またある人は、ナイフのエッジが光った様に見えるのは画像マスクと合成オブジェクトが僅かにずれているからじゃないかと主張した。

 しかし、そんな議論も長くは続かず、次第に忘れ去られて行った。


 再びこの動画が脚光を浴び出したのは、アイドルオタクの某有名インフルエンサーが、この娘超かわいくね? と呟いた事から一気に火が付く。

 異世界堂本舗としては物販が目的だったのだが、予想外の方向から話題を集める事に成ってしまった。

 ユウキの容姿がオタク達の嗜好にドンピシャ嵌った様なのだ。

 この娘は何処の誰だ、デビュー前のアイドル予備軍か? 無名の地方アイドルなのか? 予測が予測を呼ぶ。

 しかし、こちらの世界には存在しない人物なので、どんなに探したとしても、例え画像検索しても絶対に見つかる事は無い。

 某巨大掲示板では、探偵を自称する存在が身元を突き止めようとする動きにまでに発展したのだが、そもそも情報が少な過ぎた。

 やがてあまりにも情報が掴めなさ過ぎるので、人物すらCGなのではと言われ始め、実在する派としない派に分かれて論争に成る。


 だが、そんな論争にも遂に終止符が打たれる時が来る。

 いや、女の子の存在の方では無く、ナイフの方の事だが。

 論争に決着を付けたのは、リンク先のブログからナイフを買ってみたという酔狂な者が現れたからだった。

 動画内ではデモンストレーションしか行われていないのだが、概要欄に記されたSNSと販売サイトへのリンクへ飛んでみると、そこにはちゃんとした販売サイトが在るのだ。

 その販売サイトへ果敢にも突撃した物好きが現れたのだ。


 販売は、通販は行わずに全て対面販売のみと成っていて、購入者の指定した場所へ販売者が出向くという形式のみであった。

 何故かと言うと、このナイフを扱える者と扱えない者が居るからなのだそうだ。

 直接見て貰い、扱えそうなら販売してもらえる。扱えなくても売って貰う事は出来るが、購入しなくても構わないという。

 その場所が北海道でも沖縄の離島でも無料で出向いて来てくれると言う。

 場所指定は自宅で無くても、ファミレスでも喫茶店でも、原っぱでも山中でも海でもどこでもOKと成っている。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 その変わり者の男は、某動画サイトで広告収入で稼ぐ仕事をしていた。

 一千万円程度はポンと出せる位の収入は十分に得ている。

 もしこの販売が詐欺でも、それをネタに更に稼ぐ事が出来るので、男にとってはどちらに転んでも良かった。


 男はわざと県内の山間を流れる川の河原を指定した。

 丸い大きな石がごろごろと転がっている割と広めの河原で、休日にはレジャーの家族連れが川遊びや釣りにやって来る場所だが、平日は殆ど人は居ない。

 男がこの場所を選んだのは、隠しカメラで取引の様子を撮影しようと思い、他人が映り込むのを避けたのだ。

 石の影にGoProの様な小さなカメラを隠すのにも都合が良い。


 指定した時間よりも一時間早く現地に着いてカメラをセットし待っていると、待ち合わせ時間の十分前にその男はやって来た。


 「ユーチューバーなんですか?」


 異世界堂本舗の販売員だと名乗る男は着くなり、にこやかにそう聞いて来た。

 そうだと答えると、あそこに仕掛けてあるカメラはあなたの物かと聞かれた。

 カメラは巧妙に隠してあったのに、着くなり見破ったので男は少し動揺した。

 もしかして、もっと前から潜んで居てカメラを仕掛ける所を見ていたのだろうかと疑った。


 「撮影はまずかったですか?」

 「いえ、構いません。違ったなら機能を止めようと思ったのですが、あなたの物ならそのままにします」


 年の頃は同年代位に見えるその男は異世界堂本舗の販売員だと名乗り名刺を差し出した。

 顔形は動画に出ていた女の子に良く似ている。聞けば双子の妹だと言っていた。

 確かに体全体の骨格を細くして顔の輪郭特に顎の線を小さく、目を大きく鼻すじを小さめにすれば良く似ているかもしれないと男は思った。


 販売員の男はアタッシュケースから例のナイフを取り出し、少し下がって男の全身を見ながら少し考えこんだ。


 「あなたは右手ではこのナイフを扱えないかもしれません。左手でなら扱えそうですが……」


 そう言いながら、足元に転がっている拳大の石を一つ拾うと、ナイフでジャガイモでも切る様にスライスして見せた。


 「どうします?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る