第52話 ミスリルナイフ
あるユーチューバーの投稿した動画のタイトルは、『例のナイフを買ってみたら本物だった!』
動画の中で、その投稿主は河原で石を拾い、次々と切断して行く。楽しくてしょうがないといった様子だ。
場面は屋内に移り、金属バットを大根の輪切りの様に切って行く。
動画の中で投稿主は右手では扱えないのが残念で仕方が無い。でもこのナイフを購入出来た幸運は筆舌に尽くしがたいと、感動を露わにしていた。
それから、ナイフの販売員は動画の女の子と双子の兄弟だそうで良く似ていたと語っていた。
その動画を観た視聴者に動揺が広がった。
ミスリルなんて実在する訳ねえ。
自分も欲しいが金額的に手が出ない。
扱える人と扱えない人が居るというのはどういう意味だろう。
他に買った人レビュー希望。
あの女の子と兄妹で会社をやっているのか?
今は年齢や性別を変えられるアプリも有るから、その男の自作自演なのでは? 等と反応が分かれた。
ナイフに関しては一応決着は付いた様なのだが、女の子の存在については謎のままと成った。
コメント欄には次々と書き込みが続き、アクセス数もあっという間に十万回を突破してしまった。
ナイフの販売数も一カ月と立たない内に
日本全国こちらから出向きますというのは、勿論販売のついでにどこでもドアを日本全国に設置する為。
行った先で拡張空間部屋を設置し、こちらの空間と連結するのだ。
最初の一回だけ行きは電車なり飛行機なりを使って移動する必要があるが、現地に着いてしまえばそこで部屋を設置して帰る事が出来る。交通費は片道分しか掛からない。
行った事のある場所へしか行けないのだが、ナイフの販売と一緒に設置して回れば大して苦にも成らない。
なので、販売は成るべく遠くの人に絞って売る様にしていた。
そんな販売業をしていたら
「これは何だね?」
「あら何であなたがそれを持って居るの?」
手に持っていたのは例のナイフだ。
しかし、異世界堂本舗では内調の職員に販売した履歴は無い。
ナイフのシリアルナンバーを確認すると、異世界文字で[000001]と成っている。
という事は、これの持ち主はあの最初に売ったユーチューバーだ。
「あのユーチューバーから奪ったの? だったら許さないわよ」
「人聞きの悪い事を言うな! 買い取ったんだよ」
「あんなに喜んで動画を投稿してたのに売る訳無いわ」
「五倍の値段で買い取ったんだよ」
「五千万円で!? 何て事を…… 言ってくれれば次回入荷時に売ってあげたのに。税金の無駄使いよ」
「えっ? そうなの!?」
そんな簡単に売ってくれるものとは思っていなかったらしく、えらく拍子抜けした顔に成った。
最初は二倍の金額で買い取ろうと持ち掛けたらしいのだが、相手は頑として応じなかったそうだ。そして、徐々に金額を釣り上げて行き、五倍でやっと手放してくれたのだとか。
後で同一人には二度は販売してもらえないと知って大層後悔していたとか。
「しかしこれ、どうやって使うんだ? 石や鉄なんて切れないんだが」
「人によって使えない人も居るのよ。そうだ、野木さん呼んでくれない? 彼女なら使えると思うわ」
麻野は直ぐに野木を呼び出した。
「久堂さん、お久しぶりです。あれ以来体の調子がすごく良いですよ」
「そう、良かった。あのね、ちょっとこれ持ってみてくれないかしら?」
麻野の持ったナイフを指差し、野木はそれを受け取った。
それを手に持つと直ぐに
「体の熱を手を通してナイフへ与えるみたいな感じですね」
ナイフのエッジが淡く光っているのが見える。彼女は問題無く使える様だ。
何か切る物は無いかとキョロキョロしているので、
野木は銅貨を受け取ると、その縁にナイフを当て、紙でも切る様にサクッと銅貨を真っ二つにして見せた。
銅貨の半分は、床に落ちてキンッと金属音を立てた。
手に残った方の半分を、鉛筆でも削る様にサクサクと薄く削って行くのを見た麻野は、床に落ちたもう半分を拾い上げ、指で曲げようとしたりして本物かどうか確認していた。
麻野は野木からナイフを受け取り、銅貨をガリガリと削ろうとしてみたが出来ないので悔しそうにしている。
麻野は諦めてナイフを机に置いた。
「あのな、こういうのは戦略物資として輸出管理品に該当する可能性があるんだから、めったやたらに販売するなよ」
「そうなの? でも、普通のナイフよね。違いを証明出来る?」
「あのなぁ、そういう抜け道思考や裏技的思考は命取りの元だぞ? 日本国民として、いや会社経営者として考え方を改める必要が有りそうだな」
そう、社長脳とか経営者脳とかいうやつだ。抜け道を見付けて現行のルールの裏を掻き、利益を得ようとする考え方をしてはならない。
自分の利益を追求するのは勿論大事なのだが、同時に社会的利益も同時に実現する必要が有るのだ。
そうしなければどこかで歪が生じ、やがてその商売は破綻する。大事な経営理念の一つだ。
ぶっちゃけて言えば、ルールに抵触していないからと言ってズルはするなという事。
身近な例で言うと、ご自由にお取りくださいと書いてあるからといって、他の人の事も考えずに一人で全部持って行くなという事に似ているかもしれない。
ルールは倫理や道徳の部分まではカバーしていない、性善説に則って設定されている場合もあるのだから、多くの人が狡いと思う様な事をしてはいけない。
「そうね、麻野さんの言っている事は正しいと思う。私が間違っていました。でも、そのナイフに使われている金属は私でも分からないのよ。向こうの世界では武器や防具に使われるとても高価な金属らしいのだけど」
「向こうの世界って?」
「異世界」
「は!?」
「だから、異世界だってば」
「はぁ? 何をふざけた事を言って…… そう言えばそんな取り決めをした様な……」
「したわよ? 冗談だとでも思っていたの?」
「は? マジで言っているのか? 異世界なんて本当に存在すると」
「そうだけど?」
「……」
「何か変かしら?」
「お、おま、そういう事はもっと早く言えー!!」
だって、異世界から持って来る金塊や金貨を買い取ってくれると決めた筈じゃないか。
向こうの世界の物をこっちで、こっちの世界の物をあっちで売って商売しますよと言ったし、草案の覚書にも書いてある筈だ。何を今更言っているのだこのオヤジは。
「いやまあ、お前の不思議能力が何処迄本当なのか、実感が持てなかっただけだ。確かにそう言っていたな。すまなかった」
しかし、今のは理不尽だろう。悪いのはそっちなのに。
麻野も
しかし、文章にまで起こして取り決めた事を本当だと思っていなかったとは聞き捨て成らない。
「いや、キミが怒るのも無理は無い。決して遊びや冗談で作成した草案では無いんだ。ちゃんとあの文章は有効だ。ただ、言葉では理解していても、頭が理解していないと言うかなんというか…… すまない!」
「分かってくれれば良いのよ」
まあ、不思議能力を見せられて無理矢理信じたとしても、頭の芯まで染み込んでいないと言うか、無意識下にある常識が拒否するというか、そんな感じなのだろう。
「で、異世界とこっちを行ったり来たり出来ると」
「そういう事ね」
「
「そうよ。その銅貨もそう」
「これもか! ふうむ」
「まずかった?」
「まずかったというか、一応外国扱いで考えるにしても、
「そんな事出来る訳ないじゃない」
「知るか! 普通じゃ考えられない不思議能力だぞ? 何が出来て何が出来ないかなんて我々に分かる訳無いだろ!」
そりゃそうだ。魔法にしろ何にしろ、能力を持っていない一般人からしたら何が出来て何が出来ないかなんて区別がつく訳が無い。
不思議能力はそのまま受け入れるしか無いのだ。
ミスリル銀にしたってそうだ。お前が作ったんだろうと思われてても不思議では無いのだ。
「それを、異世界から本当に持って来てるだと!? ううむ……」
「私の能力で無から作ろうが、私の能力で異世界から持って来ようが、大した違いは無いじゃない。どっちも私の能力有りきなんだから」
実際には異世界渡航能力を持って居るのは優輝だけなのだが、優輝の存在は秘密にしてあるのでこういう言い方に成っている。
最終的に強いカードは最後まで隠して置くというのは交渉事の常套手段だろう。
「まあ、個人輸入程度の量で有れば問題には成らないと思うが、商社として大々的にやり始めたら規制が掛かると思うぞ。事業を拡大する時には必ず相談する事。良いな!」
「分かったわよ。勝手な事はしません。何かを輸出入する時には必ず相談します」
「今輸出入って言ったな? 異世界へも何かを持ち込んで売ったりしているのか?」
「今の所、アルミと消石灰と女性物の下着」
「その三つに何の繋がりが…… まあ良い、物を大量に移動させると、どちらの経済も破壊しかねないからな。十分に気を付ける様に」
「その点は十分に気を付けているわ。特に
「良識ある行動を期待しているよ」
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