第214話 攻撃魔法アプリ

 「確かに、攻撃魔法が一つ入っていたよな?」

 「マジックミサイルね」

 「人に大怪我を負わせる程度の爆発は起こせるわね」

 「ああ、頭痛てぇ。ちょっと法務大臣と相談して来る」


 麻野は、眉間を抑えながら会議室を出て行ってしまった。


 「何で攻撃魔法を入れてるんだっけ?」

 「異世界へ行った時にさ、身を守るだけじゃなくて武器も必要かなって」

 「ああそうだったわね。でも、ラボの人全員連れて行く訳じゃ無いんでしょう?」

 「そういやそうか……」


 あきらの至極ごもっともなツッコミに、優輝は何でそうなっていたのかを思い返していた。


 「ああそうだ、桜ちゃんに持たせる為にそういう仕様にしたんじゃなかったか?」

 「同じ仕様のスマホを研究員全員へ配布しちゃったから、異世界へ行かないのに攻撃魔法入りのスマホを全員が持っちゃったって事か」

 「うっかりしてたわね」

 「そうだね、あはは」

 「うっかりあははじゃないでしょ、もうあなた達は!」


 優輝とあきらの呑気な会話に、デクスターは思わず突っ込まずには居られなかった。なまじ防御は完璧なものだから、危険意識がゆるゆるに成って来ているのだろう。誰か現実目線のアドバイザーでも近くに居ないと危なっかし過ぎる。

 昔、と言っても1年ちょっと前位の話なのだが、まだあきらの能力の真偽も怪しかった時代に、フューマスの片隅で研究していたものが、短期間にどんどんと拡大して世界規模のラボに成ってしまったものだから、きちんとした組織図が構築されていないのだ。神管が見張っても良いのだが、日本が仕切るのを嫌がる国も出て来るだろう。しかし、都合の良い事に参加国のメンツはG5+アルファなので、各国から同人数だけ人員を出して貰い、運営と監視の組織を再構築するべき時期に来ているのかも知れない。

 そんな会話でダラダラ時間を潰していたら、麻野が戻って来た。


 「話が付いたぞ。全員のスマホから攻撃魔法のアプリは削除だ」

 「えー!」


デクスターから不満の声が出た。銃社会の国の人に取っては、これ位持っていても良いだろうという気持ちも有る様だ。


 「守りはあるんだから攻撃は要らないだろうよ」

 「確かに…… そうかも? 銃の場合は守りが無い分、攻撃で牽制して身を守るという概念よね」

 「攻撃は最大の防御ってやつか」


 人間の場合、守りは極めて貧弱な訳で、どうしたって武器を持っている者の方が強い。どんな武器にも負けない守りを手に入れるというのは、現実的ではないためだ。

 だったら、どんな防御も突破出来る攻撃力を手に入れた方が早いし、コスパも良い。敵対相手を屈服させこちらを攻撃させないというのが、結果的に自分の身を守る唯一の方法になるのだから。これは、個人間でも人間と魔物間でも、そして国家間でも同様だろう。


 しかし、人間の持つあらゆる攻撃手段を無効化出来る程の、バリアの様な強力な防御手段が有る場合はどうだろうか。今ここに居る者達は、正にその選択肢に頭を悩ませている最中なのだ。

 バリアを突破出来る程の攻撃手段を研究するか、またはそれでも突破されない強力なバリアを作るか、どちらに金と時間を掛けて研究するかとなると、実現可能でよりコスパの良い方に流れるのは自明の理だ。何故なら、武器にしろ防御にしろ、その開発には途方もない時間とお金が掛かる物だから。国家の運営を圧迫する程のお金が掛かるのだから、その使途には慎重にならざるを得ない。

 もしも、人類全員が絶対に破壊出来ないバリアを手に入れたなら、武器等の需要は無くなるのかも知れない。


 あきらは、『もし核爆発も抑え込めるバリアがあるなら……』と喉元まで出掛かったのだが、あえて言うのを止めた。時期尚早だと思ったからだ。今それはあきらと優輝の持つスマホの中に入っているのだが、それを言ってしまったら世界中大混乱だ。核の抑止力は崩壊する。

 デクスターは、そのバリアが存在する事を知っている唯一の外部の人間なのだが、彼女もあきらと同じ考えの様だ。量産の目処も立たない内に安易に発表するべきではないと考え、敢えて口を開く事は無かった。

 そもそも、あきらはそれの作り方なんて分からないし、これ以上他国から狙われる様な事は御免被りたいと考えている。お金を稼いで平穏な生活を送りたいだけなのに、どんどん逆の方向へ行きそうになっている。それだけは断固拒否したいのだ。もし、それの作り方が分かったならば、こっそりと量産して核保有国以外の国全部へ無料で配ってから、全世界へ大発表しようと思った。


 「同意するわ。支給した全部のスマホから攻撃魔法は削除しましょう」

 「何か勿体無いわー。何かに使い道無いのかしら?」

 「法律の方はどうするの? 今から国会で審議してたら成立はいつの事になるやら」

 「その点なら心配無い。現行の銃刀法と爆取法が適用される。文言を付け加えるだけで済む」


 銃刀法は『銃砲刀剣類所持等取締法』、爆取法は『爆発物取締罰則』の事だ。つまり、マジックミサイルは銃器であり、爆弾だと定義されるのだろう。


 「あ、でも、異世界へ行く時には許可して欲しいわ」

 「そうだな、そっちは特例で許可してもらうか……」


 一件落着しかけた時に、野木がおずおずと手を上げて発言を求めてきた。


 「あのー…… 生身で魔法を撃てる場合は?」

 「あ……」


 今の所、生身で魔法を使える人間は、野木の他サムとアリエスの三人だけだ。当分は魔法を使える事は秘密にするように厳命されてしまった。おそらくはそのうち格闘家みたいに登録制にするか免許制にするかに成るのかも知れない。


 「でもさー、勿体無いなー」

 「まだ言ってる。あなたは似た様な魔法を持っているんだからそれで良いじゃない。だったら、うーんと弱くして火起こし位には使える様にして実装する?」

 「100円ライターで事足りそう。俺タバコ吸わないから外で火が必要になった事一度も無いしなー。キャンプする人なら便利だろうけど」

 「それか、無人島へ流れ着く予定のある人ね」

 「あはは、やっぱ要らないか」


 しかし、一度与えた物を返せと言われても、皆すんなりと従うのだろうか? そこが懸念材料だったのだが、意外と殆どの研究員は削除に同意をしてくれた。理性的な研究員が多くて助かった。ゴネたのは3人、どこの国とは言わないが、初期メンバーはモラル意識の高いエリート集団だったのに比べ、後から追加した国から来た者の中には、人よりも自国の利益優先という考えの者も混じっていた様だった。人数が多くなると、どうしてもこういった者が混じる確率が上がってしまう。


 「で、どうするの?」

 「個人情報が入っているから触らせたくないとか、家に忘れて来ただの、無くしただの、見苦しい言い訳ばかりしているぞ」

 「のらりくらりと胡麻化していれば、諦めるとでも思っているのかしら?」

 「思考は幼稚なんだけど、専門分野に関しては優秀だから始末に悪い」

 「確かシリアルナンバーが付いていたでしょう? それとGPSで現在位置を確認出来ないの?」

 「場所はもう特定出来ている」

 「一つはラボのロッカーの中、もう一つは本当にそいつの自宅だ。もう一つは海の上にあるな」

 「海の上!?」


 神管の正面の大スクリーンを切り替えると、赤い点が東京、ニューヨーク、カルフォルニア、ロンドン等の世界各国で点灯している。これは、ラボへの入り口の在る都市だ。しかし、一つだけ何故か何も無い海上を移動している点があった。


 「速度からすると、船だな。旅客船の航路とも一致している」

 「持ち主が旅行している最中って事?」

 「いや? 持ち主は今ラボに居る。聞き取り調査の最中だ」

 「じゃあ、スマホだけが船に乗っているって事?」

 「そういう事になるな。あのスマホは譲渡も貸与も禁止になっている筈なんだがな」


 麻野はそう言うと何故か楽しそうにニヤリとした。

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