第213話 魔法とは?

 「つまり、野木さんはサムの持って来た『シン・魔導書』を見て、魔法を覚えちゃったという事なんですね?」

 「ええ、その覚えた図形を頭の中に思い浮かべて、それを前方へ押し出すイメージかな」

 「サムは図形を見ながらじゃないと出来ないのにね」

 「う、うるさいな!」

 「野木さんもあきらと同様の映像記憶能力を持っているのかな」

 「あきら様は映像記憶を持っていらっしゃるのですね、凄いです! 私はー、ちょっと物覚えが良くなった程度かなぁ…… これもあきら様のおかげです」

 「は? なんで、私のおかげ?」

 「前に体の調子を整えてもらったり視力を治してもらって以来、頭もスッキリして記憶も良くなった様な気がします」


 あきらは、以前に内調に都内のある屋敷に保護という名の軟禁をされていたのだが、その時に野木を味方に付ける目的で身体の調整をしてあげた事があった。その時の事を言っているのだろう。

 身体の神経系を流れるエネルギーを見て、流れの滞りや細い部分を解消したのだが、視力の回復や偏頭痛を解消する為に脳神経のパルスの流れも最適化した覚えがあり、それが野木の脳の機能を高めたのかも知れない。


 「いつも頭の中にもやの掛かっている様な感覚が有ったのですが、それが無くなって思考がとてもクリアになったんです」

 「凄いね、天才を作れるなんて」

 「それは大袈裟だとしても、脳のチューニングが出来るとしたら、それは凄い事なんだけど」


 みんながあきらの顔をじーっと見つめた。


 「あ、あたし、何かやっちゃいました?」

 「私はとても感謝しています。おかげで仕事の効率も凄くあがったんですよ」

 「 …… 」


 野木はとても感謝していると言っているのだが、デクスターは少し気掛かりだった。何故ならチューニング出来るという事は、デチューンも出来るという事だからだ。

 あきらがそれを悪用するとは思わないが、この事が知られればそうは思わない人間も出て来るだろう。

 手足の自由を奪うのとは違い、脳機能の制限は分かり辛いものだ、今日は頭がボーッとするなとか、靄がかかったみたいにはっきりしないな、程度の感覚は誰にでもあるが、それを誰かの攻撃だとは認識し難いだろう。もしも自分の知らない内にその様な攻撃を少しずつ加えられていたとしたら、考えるだけでもゾッとする。

 デクスターは、その嫌な想像を消し去る様に頭を振った。


 その時、野木の携帯の着信音が鳴った。彼女は短く応答すると、皆の方を向いて魔法のお披露目はここまでと告げた。ギャラリーに集まっていた研究員達は、各々機材を片して自分達の持ち場へ帰って行った。


 「なにがあったの?」

 「例の爆弾犯人の背後が分かってきた様です。詳しくは神管のオフィスで」

 「おおー、凄い早い進展だね」

 「神管の情報収集能力は、今や警察の捜査能力を上回っていますから」

 「うーん、ヤバイ組織だ」


 場所を神管のオフィスへ移すと、初めて来たサムエルとアリエスが目をキラキラさせながら周囲を見て回っている。

 最新鋭のコンピュータシステムと情報網、多数のディスプレーに何の意味が有るのかそこら中で点滅するLED、まるでNASAの宇宙センターの様だ。

 正面の大型ディスプレーには、世界地図が表示され、各地にマーカーが打たれている。あきらは、それが何なのかすぐに分かった。


 「このマーカーは、私達がドアを設置した場所よね?」

 「その通りだ。その場所は常に監視されている」


 フランスの国道脇の森の奥にある場所までマークされている。設置した時には誰にも見られていなかった筈なのに、恐ろしい組織である。


 「どうせどうやって調べたか聞いても教えてくれないんでしょう?」

 「特に秘密ではないが、技術的な事は俺には良く分からん。フューマスかラボの研究員に聞けば教えてくれるんじゃないか?」

 「なんかもういいや。知ったところで止めてくれたりはしないんだろうし」


 今となってはあきらにとってはもうどうでも良い事なのだろう。初期の頃は文句も言ってみた事はあるのだが、これだけ大袈裟な機材を設置して外国とも連携してまで見守っていてくれているとなると、最早苦情も言い難い感じだ。


 防音の施された会議室へ関係者全員が入り、扉を閉めて皆が席に着いた事を確認して麻野が口を開いた。


 「まず、爆発物の方だが、手製の爆弾だった。容器は市販の圧力鍋、飛散させる破片には小石や釘なんかが詰めてあったんだぜ」

 「ああ、聞いた事が有るわ。昔の過激派が圧力鍋や鉄パイプで爆弾を作ったって」

 「ただ、火薬だけは軍用品が使われていた」


 この瞬間、場の空気が凍り付いたのをその場にいた全員が感じた。


 「ふうん、爆弾犯人の背後が分かったって事?」

 「そうだ。結構面倒臭いぞ」

 「というと?」

 「まず、個人的恨みに端を発して、間接的関与では外国にまで及ぶ」

 「あー、なんか聞きたくなくなってきた」

 「まあ聞け。直接の実行犯はお前らが良く知っている人物だ」

 「あーー……」


 二人共通の知り合いで、二人に恨みを持っている人間なんてあいつしかいない。学生時代にあきらにちょっかいを掛けて来て、優輝とあきらにこっぴどくやられた奴がいた。そいつの名前は二人とも覚えていない。というか、聞いてすらいない様な気がする。それ位二人にとっては取るに足らない存在だったからだ。しかし、向こうにとってはかなり恨んでいるのだろうなとは想像に難くない。勿論逆恨みな訳だが。


 「あいつかー…… 改心するどころか、最下層まで転がり落ちて行っちゃったのね」

 「爆弾テロ犯ともなると、あいつの家の稼業諸共終了のお知らせかな。家族が気の毒でならない」

 「尤も、そいつをそそのかした人間がいるな。そして、その人間の所属がとあるカルトで、その先に外国がある」

 「実行犯とそのカルトの繋がりはあやふやだし、バックの外国の息が掛かっている事を証明するのはもっと困難て訳ね」

 「その通りだな」

 「本当は私の家が派手に爆発して、私達はこんなにも一般の罪も無い無関係な人間を危険に巻き込む恐れのある、社会に害のある危険な存在で、反社勢力にも狙われていて、今のこの時から将来に渡って善良な周辺住民を危険に晒し続けるであろう、とても同じ世界で共存出来ない存在だと、世論誘導したかったというところかしら?」

 「危険を三回言った」

 「それだな。拡張空間内での爆発であったため、爆発の影響は外へは漏れず、不発に終わったと思っている事だろう」

 「という事は、第二弾第三弾と仕掛けて来る可能性がまだ有るという事よね、仕返しして良い?」

 「早まるなって、証拠が無いだろう」

 「そんなの、ちょっと過去を見てくれば一目瞭然よ」(出来るとは言っていない)

 「だから、そんなのは証拠に成らないだろうと言っているんだ!」

 「ちぇーっ、防戦しか出来ないなんて、不満爆発だわー!」

 「爆弾だけに」

 「そう腐るなって、その内尻尾捕まえて叩き潰してやるからよ」

 「襲って来たのを叩くのは構わないわよね? 確か、超能力による犯罪は罪に問えないとか」

 「お前良く知ってるな。程々にしろよ」


 それを横で聞いていたデクスターが、顎に人差し指を当て、小首をかしげながら聞いてきた。


 「魔法による犯罪は?」

 「超能力だろうと魔法だろうと、どこの国の法律にも『魔法』とか『超能力』なんて文言は書かれていないだろう? つまり、魔法によりそれが行われたという因果関係を証明出来ないし、したがってそれを処罰出来る根拠はどこにも無い訳だ」

 「魔法を使って他人に怪我させたら死刑、とか書いておけば?」

 「そんな大雑把な法律は、現代では成立しないだろうな。まず、魔法とは何かを定義しなければならないし、どんな現象を起こしたら処罰対象になるのかを決めなければならない」


 法治国家である現代日本の法律は、成文法と言って文章に書かれているかどうかで法律を適用するかどうかが判断される。簡単に言うと、やって良い事またはダメな事がきっちりと書かれていて、何か犯罪っぽい事をしてもそこに書かれている事に該当しなければ処罰されない。

 成文法は適用範囲が明確である反面、法の成立時には想像も出来なかった様な方法で犯罪を犯した場合にこれを処罰出来ない、なんていう事例がまあまあ有る。法律の抜け道とか、ザル法だとか聞く所以である。


 以前に脱法ハーブが取沙汰された時に、薬物の化学式構造をほんのちょっと変えて法律を掻い潜る、それを取り締まれる様にその構造を持つ物質を指定薬物に追加する、また化学式を少し変えて法律を掻い潜る、の繰返しで法律の制定とその網目をすり抜けるのいたちごっこで、なかなか取り締まる事が難しかった時期があった。


 「魔法とはこれこれこういうものだ、って決める所から始めなければならないし、その最初の部分でさえかなり揉めそうだよね」

 「でもさ、幾つかの魔法はツール化されているわけじゃない? これ、研究員全員に持たせている分だけでも、誰かがやらかす可能性は少なからず有るわよね?」


 デクスターの一言に、全員が彼女に注目した。

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