第212話 世界初

  拡張空間内の国際ラボラトリーの隣には、攻撃魔法や色々な危険を伴う実験等を行うための演習場が用意されている。縦20km、横5km、1万ヘクタールもの面積がある。以前にアプリの浮上式魔法の練習をした場所である。そこで野木に魔法を使ってもらう事にした。

 優輝達とデクスターや異世界から来たエルフの二人がぞろぞろと演習場へ入って行くのを見た研究員達が、何事かと見物に集まって来てしまった。中にはハイスピードカメラや赤外線カメラ、何か良く分からない測定器みたいな物を持っている者も居る。


 「何か、コミケで露出の多いコスプレしている女の子に群がるカメラ小僧みたいだな」

 「言い方」


 しかし、優輝やデクスター達有名人の間から前へ出てきたのは神管の職員の制服を着た野木だった為、研究員達は急に興味を失った様だった。研究員達は、構えていたカメラを下げ、測定器のスイッチを切り、後ろの方に居たギャラリーはポツポツと元の持ち場へ帰って行く者も居る。

 その時、帰ろうとして演習場から出ようとした一人の研究員の背後から強烈な閃光が走った。

 その研究員が慌てて振り向くと、遅れて爆風が彼の顔を襲った。周囲に居た研究員達の間にはどよめきが広がり、カメラや測定器を構え直し始めている。一体後ろを向いている間に何が起こったのだろう?


 「マジックデトネーションは、ほぼ自爆魔法なので防御方法が確立するまでは使えない様にアプリ化をしなかったのに」


 野木が放ったのは、そのマジックデトネーションだった。僅か200m~300m程度の近距離で炸裂した核爆発は、不完全で弱いとはいえほぼ自爆も同然の威力なのだ。サマンサには使わない様に言ってあったのだが、まさか野木がこの魔法を放つとは思っていなかったのであきらを大いに慌てさせた。ここに居る全員をバリアで囲もうとしたのだが、間に合わなかったのだ。結果、あきら達の周囲に居た十数人を囲む事は出来たのだが、帰り始めて集団からばらけた位置に居た何名かは熱線や放射線、または爆風の被害を受けてしまった様だった。


 「すぐに治療を開始します! 今、熱を感じた人はこちらへ集まって下さい!」


 あきらは大声で周囲に呼びかけた。バリア内に居た人は心配無い。バリアのドームの背後に居た人も、バリアが壁になって熱線や放射線からは守られていた筈だか、そこから外れていた人は心配だ。

 あきらの呼び掛けに集まって来た人は、全部で5人居た。皮膚に熱を感じた人、眩しい光を見た人は、放射線を浴びてしまった可能性が高い。早急に治療が必要だった。


 「ふう、軽い火傷程度だったわ」


 あきらは一人一人の状態を見て回ると、安堵の息を吐いた。火傷は1度の日焼け程度、放射線は健康診断でレントゲン検査を受けた程度の様だ。


 「あらゆる帯域の電磁波が放出される筈なんだけど、術が不完全だった様でほとんどのエネルギーは熱線として消費された様ね」

 「申し訳ありません。まさかこんな事になる術だったなんて……」


 玲は術が不完全だった事にホッと胸を撫で下ろし、野木は皆に、特に被害を受けてしまった5人へ謝罪をしていた。


 「元凶はサマンサの魔導書よね」

 「えっ!? あた、俺のせいなの!?」

 「始祖アラミナスは何でこんな魔法を子孫に残したんだろう?」

 「言われてみれば、そうねぇ」


 優輝はちょっと考え込む様な仕草をして、独り言の様に呟いた。確かに謎だ。

 自分も被害を受けてしまう様な魔法を後世に残す理由がいまいち分からず、頭を捻っている所にアリエスがおずおずと手を上げた。何だか前にもこんなシチュエーションが有った気がする。


 「あ、あのー…… 僕が知っているモノとちょっと違う気がするんですけど、僕がやってみても良いですか?」

 「はいどうぞ」

 「あー、もう、分かっちゃった気がするー!」


 今度は全員をバリアで囲み、アリエスに魔法発射の合図を送る。アリエスは一人前へ出て、魔法の詠唱に入る。

 するとどういう事だろう、アリエスの前方に霧のような物が発生し、辺りを真っ白に塗り潰して行くではないか。おそらくだが、この霧の様な物で熱線や放射線の被害から身を守る仕組みなのだ。

 あきらは、『ああ、やっぱり防御とセットの魔法だったんだ』と納得し、アリエスの前方に現れた魔法エネルギーの干渉縞を写真に収めた。能々よくよく観察してみると、サマンサの使ったものよりもある部分の模様が複雑になっている。これでは今までサマンサから収集した魔法式は改めて精査する必要が有るかも知れない。


 そうこうしている内にアリエスの詠唱が完成した様だ。アリエスの掛け声と共に魔法が放たれると、伸ばした手の指先も見えない程の真っ白な視界の中で、前方の遥か向こう側で閃光が走ったのが見えた。次に遅れて爆風が到達し、霧を吹き飛ばして周辺の視界は再び回復した。

 しかし、衝撃波を伴う爆風の筈が、かなり軽減されているところをみると、あの霧の様な物は適度な粘性と密度があり、スポンジの様に衝撃も吸収する役割りも有ったのだろう。障壁バリアといえば、硬い壁の様なモノを想像していたが、この様な形の物を見たのは初めてだったので、あきらは目から鱗が落ちた思いだった。


 「何よ、やっぱり最初から防御も組み込まれた魔法だったんじゃない!」

 「いやまー、あれー? おっかしいなー」

 「何が魔法の天才よ。初めからアリエスに習っとけば良かったわ」

 「ちょっと酷くない?」

 「まあまあ、サマンサがポンコツなのは今に始まった事じゃないんだから、あまり責めないであげて。あんな適当でもちゃんと術が発動している所は凄いよね」

 「それ全然弁護になってないからね!」


 そうなのだ。いかに適当だとはいえ、術が不発になる事は無く、ちゃんと発動しているのだ。いい加減な様に見えて、その魔法の核とも呼べるエッセンス部分はちゃんと抑えられていると考えられる。ある意味天才肌なのは本当なのかも知れない。

 あまりポンコツポンコツ罵られて気の毒なので少し弁護するならば、元はと言えば、サマンサがうろ覚えで放った魔法からアキラが魔法式を抜き出し可視化させたのが始まりなのだから、この件に関してはアキラも同罪だと思われる。


 「こほん、ま、まあ、それはさておき、こちらの世界の人間が魔法を使えるというのは大発見だわ」

 (あきら、誤魔化したな)

 (誤魔化したわね)

 (ごまかした)


優輝とデクスターとサムエルが同時に同じ事を思った。


 「いったいどの様に覚えたのか教えてもらえます?」

 「どの様にと言われても…… 普通の勉強の様に読んで覚えるだけですよ?」

 「これだから天才はもう」


 何事も苦も無く普通に出来てしまう、所謂いわゆる天才と呼ばれる人種は、普通の人が苦労して習得する様な事を、呼吸でもする様にサラリとやってのけてしまう。だから、天才にやり方やコツを聞いても無駄なのだ。何故なら彼等はやり方もコツも知らないのだから。


 蛇足だが、有名私立中学校の受験に合格した子は、居間で勉強していたとか、東大合格者の勉強ノートは綺麗だとか、事業で成功した人の家のトイレは掃除が行き届いているとか聞いて真似をする人がいるが、順序が逆だ。

 そういう事をしていたから成功したみたいに言う人が居るが実際はその逆で、成功した人の中にはそういう事をしていた人も居るというだけで、トイレを掃除すれば金持ちになれるとか本気で信じていたとすれば、かなりピュアな人なのだろうな、詐欺には充分気を付けてねとしか言えない。

 そもそもそう言い切るには統計的にサンプル数が少な過ぎないかとか疑う必要があるだろう。自分の部屋で勉強して合格した人の方が圧倒的に多いだろうし、ノートの汚い学者は一杯居るし、自分でトイレ掃除なんてしやしないお金持ちだって山程いる筈なのだから。そういう事を言って来る人の後ろには、決まってお金が動いていると思って間違いはない。自分の本を売る為とか、私塾やセミナーの宣伝だったりとかだ。

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