第211話 因果
「要するに、お金には換えられない価値の有る、全地球人の財産と言っても過言では無い国立公園を荒らしたのだから、その誠意を見せなさいという事なんでしょう?」
「ヤクザかよ。じゃあ、原状復帰すれば文句は無いのよね?」
「まあ、そういう事になるのかな? でも、時間でも巻き戻さない限り…… って、まさか出来るの!?」
「出来ないわよ」
「ま、まあ、そうよね。ひょっとしたら出来るのかと思っちゃったじゃない」
実は、それを出来る者に心当たりは有った。
あれは優輝の祖母の実家から異世界のサク国へ渡った時の事だ。まだユウキのお腹の中に居たミライが破壊されたレストランの壁を時間を巻き戻す様に修復してしまったのだ。それを大規模に行う事が出来ればあるいは……
「未来ちゃん、あれ、どうやったのか教えてくれないかなー」
「んー、覚えてない。きっと、その時ユウキママが『困ったな、気の毒だな』と思ったから、ママとあたしの能力がリンクして発動したんだと思う」
「そうなの!? 優輝、分かる?」
「んー、良く覚えてないな。ミライが自主的にやってくれたんだと思ってたから」
多分ロデムにお願いすればあっさりとやってくれそうではある。なにしろ四次元人なのだから時間をいじくるなんてお手の物だ。ロデムの作った拡張空間アプリでは、内部の時間を自由自在に操作出来るし、バリアだって時間軸を遡って発動する仕組みなのだから。そんな事はロデムにとっては朝飯前なのだ。
だけど、ロデムをこちらの世界の雑事に勝手に巻き込むのは優輝も
「どうせ拡張空間と同じ技術なんでしょ?」
デクスターは科学者として、全く違う技術が幾つも存在しているとは考えていない様だ。
昔、アインシュタインという天才科学者が、『神はそれぞれのポケットで全く違う事をしていると思うかい?』と言い、相対性理論や量子力学を含むそれ以外の世の中にある全ての法則を纏めて説明出来る統一場理論を完成させようとしていた。残念ながら、彼はそれを完成させる前に亡くなってしまった訳だが……
デクスターが言った『どうせ』と言うのは少し舐めた言い方に聞こえるが、彼女でなくとも源泉技術はどれも同一なのだろうとは見当が付くだろう。拡張空間もバリアもビームも、大元は同じ技術の応用でしか無い。だとすれば、リアル空間の操作だってその派生で出来るんじゃないかとは予想出来る。拡張空間内の時間を操作出来るなら、外の空間の時間を操作する事も出来るはずだ。ただ、最初から座標指定して作られている拡張空間と違い、外の空間を後から指定して囲むのは、そこそこの難易度が有りそうだ。
「ただし、その難易度は桁違いなわけよ。それが出来てしまったら、ほぼ何でも有りに成ってしまう」
「まあ、そうね…… 時間操作はヤバイ技術だわ」
もし、もしもの話だが、これを戦争で使用した場合、味方のダメージは瞬時に無かった事に出来るし、敵が攻撃を開始した後で先制攻撃が出来てしまう。
「凄いじゃん、無敵じゃん!」
「それを1国だけが所有していればね」
もしもこの技術を公開する様な事になるなら、敵味方問わず全地球に一斉公開しなければならないだろう。何故なら、それは核兵器どころの抑止力ではないのだから。
例えば、敵が核ミサイルを撃ったとする。こちらはそれを察知して、時間を遡って撃たれる前に先に核ミサイルを撃つ事が出来てしまう。そしてそれを察知した敵は更にその前に…… という様に、無限の千日手に嵌るのは明らかな訳で、誰も戦争なんてしようと思わなくなるだろう。
これは、核兵器に限らない。深海の底に潜む原子力潜水艦が、ミサイルを撃ったとする。ミサイルが飛び出た瞬間に原潜の位置は確定するから、時間を遡ればその原潜の潜んでいる位置は事前に判明してしまう。原潜の最大の武器である隠密性は、無くなってしまうだろう。おそらく世界から戦争紛争どころか犯罪も一掃されるだろうと思われる程の威力がある。
そんな状態を想像出来るだろうか。世界は大混乱に陥るのは明らかだ。多分、平和にはなるだろうが人間の脳はそれを理解出来るのだろうか?
仮定の話だが、ある二人の男が歩いていて片方の男がいきなり逮捕された。男は何もしていない無実だと主張し、もう片方の男は理由を警官に訊ねると、この男が数分後にあなたに暴力を振るい殺害してしまうからだと言う。未来でそういう事件が起こり、それを未然に防いだのだと言われても納得出来るだろうか?
もしそうなった場合、事件は起こらず、被害者は死なず、加害者も殺人の罪を犯さずに済み、厳重注意だけで終わり、世界は平和なままだ。
事件は起こらないが、身に覚えの無い事でいきなり叱られたり逮捕されたりする。こんな因果の逆転した世界では、なんだか物凄くストレスが溜まりそうだ。
もしもこれを公開するならば、世界で十分な話し合いを持って、十分な時間をかけて準備しなければならない。そして、人間は更なる進化をしなければならないだろう。
優輝も
「何でこんな話になったんだっけ? あ、アメさんの国立公園の原状回復の話だ」
「こそっと直してしらばっくれてれば?」
「それいいね、俺のブラトップとパンチーも回収したいし」
「高尚な話から急に俗っぽい話になったわね」
とはいえ、今はまだそれを出来る目途が立っていない。
「代わりにあちらさんが納得出来る様な交換条件ってあるかしら?」
「ビームもダメ、原状復帰もダメとなるとー…… そうだ! アメさんの誰かを異世界へご招待というのは?」
「ダメよ優輝! また倒れるかもしれないじゃない!」
「人数を絞ろう。追加1人だけなら多分大丈夫だと思う」
「では、その様に打診してみます」
野木は今の雑談の様な会話から要点を抜き出しまとめ、それを素早くメモして神管へ戻ろうとした。そこで優輝はある事を思い出した。
「あーっ! 何か大事な事を忘れている様な気がしていたんだけど、思い出した! 野木さんっ!」
「はいっ!?」
「えっ? 何、どうしたの?」
優輝の言葉に野木は足を止めて振り返った。
「そういえば、魔法を覚えたとか言ってましたよね!?」
「あっ、そうそう! 爆破事件ですっかり忘れてました!」
野木本人も忘れていたらしい。
「ちょっと待って、それ凄い事よ?」
「そうなんですか?」
「あたりまえよ! 史上初の魔法使いの誕生なんだから!」
「ん?」
野木はデクスターの言葉に何だかピンと来ていない様な顔をした。魔法使いならデクスター達が居るではないかと。
興奮するデクスターはその理由を説明し出した。
「私達の魔法はね、こういった道具で使っているのよ」
「ははあ、要するに『いかずちの杖』みたいなものですか」
『いかずち』なのに炎じゃねーかとかそういうのは置いといて、デクスター達の様に魔法のアーティファクトを使って魔法を行使するというのは、魔法使いというよりも魔道具使いと言った方がしっくり来る。それは、そのアーティファクトを作ったと言われる『監視者』も例外ではなく、こちらの世界に初めて出現した本当の意味での魔法使いはアリエルが初めてであり、こちらの世界の人間では野木が世界で最初なのだ。
「ちょっとそれ見せて欲しいんだけど、いい?」
「良いですよ。窓の外へ向かって撃ちましょうか」
「ちょっと待って、また怒られちゃうから。拡張空間内の演習場へ行きましょう」
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