第210話 ビームって
「ねえ聞いた? デスバレーのニュース」
「聞くのが怖い。嫌な予感しかしない」
翌日、デクスターがニヤニヤしながら訪ねて来た。
「大丈夫大丈夫、なんか、竜巻のせいという事になってるみたいよ」
「ほう、詳しく」
「なんでも、200km位西のカルフォルニアで、一日前に竜巻被害があったらしいわ」
「へえ、空から魚が降って来る事件とかみたいなミステリー話になっているのね」
「とはいえ、上の方は知っているみたいで、私怒られたんだけど」
「ふうん、という事は、そろそろ私の方も……」
「
「ほうら来た」
新しく作った拡張空間エントランスから野木の声が聞こえたので、扉のロックを解除すると、野木とサムエルが新しいリビングルームへ入って来た。
「新しいリビングもとても素敵ですね」
「ふうん、こんな部屋が簡単に作れちゃうんだ。いいなー……」
サムエル(サマンサ)は、異世界側に在る自分の庭で、爆風で壊れた小屋を建て直すのに結構苦労していたみたいで、いとも簡単に部屋を作り変えてしまう
「今日は何の御用?」
「実は、アメリカの方から、国立公園を荒らさないで下さいとお叱りを受けました」
「でもあれ、不可抗力っぽくない!?」
「ですね。長々と文句を言われましたけど、要約すると『誠意を見せろ』という事の様です」
「お金で?」
「技術移転で」
「もう結構渡してるよ?」
「未だ核心的な『何か』を隠してると思われている様です」
弱味を見せれば、すかさず要求を捩じ込んで来る所は流石にしたたかだ。日本人は『お互い様』と言う言葉からも分かる様に、こういう所が弱い。人を助ければ、自分が困った時には助けてもらえるだろうという、物や金銭では無い『持ちつ持たれつ』『助け合い』の関係で成り立って来た歴史のある国であり、そう言う関係が好きなのだ。しかし外国では基本的に他人を信用していない。貸しを作ったら即座に回収しようとして来る。実に分かり易い。日本国内では人は思い遣りで繋がろうとするのだが、外国の場合特にビジネスの世界では、甘い顔をすれば付け込まれるだけなのだ。過度な譲歩は国際社会では付け入られる弱みとなる。日本人は交渉下手と言われてしまう所以だ。
「あのビームなんてどう?」
デクスターが意地悪そうな顔で言う。
「あれはー、危険なのよ……」
「まあ、そうよね」
実はそれをデクスターも知っている。以前に
切断された物体を観察して分かった事実等を総合して考えると、あのビームには2つの問題点が有る。
1つは、あのビームには切断できない物質が無い。石だろうと金属だろうとお構い無しだ。つまり、物理的な手段で防ぐ事は出来ない。これの兵器利用はかなりヤバいだろう。
もう1つは、射程が存在しない。というか、何処まで届いているのか分からない。大気中で距離によって減衰している様子が無い為、推測に過ぎないのだが、レーザーやメーザービームの様な電磁波系でも、あるいは質量を持った粒子線の類でも無さそうなのだ。
前者なら距離の二乗に反比例して減衰して行く筈だし、後者なら地球の重力や磁場で軌道が曲がり、直進しない。
どちらにしろ、大気中で減衰しないのはおかしい。射程距離が無限大だとすると、使い処がかなり限定されてくるのではないだろうか。
確か、以前にロデムはあのビームを粒子線だと言っていた筈なのだが、どうも理屈に合わない感じがする。一体どう言う事なのだろうか? また謎四次元理論で誤魔化されるのだろうか。そこをロデムに聞いてみた。
『粒子の
「などと訳の分からない供述をしており」
『君達の物理で説明すると、直線上にある原子を掴んで、スライスする様に連続的に引き千切っている感じかかなー』
「それ、私達の物理ちゃうー!」
『エネルギー形態を説明するのに、原子とか素粒子とかクウォークとかの粒で説明しようとする所が、君達の物理の特徴だよね。ある時は波の性質を持っている、またある時は粒子の性質を持っているとか、違和感のある解釈だとは思わないかい?』
「ええー……」
「この世界の学問は、最初に創始者が決めた基礎理論の土台の上に積み木の様に積み上がっているから、その積み木の外に飛び出す事が出来ないんだ』
つまりロデムはこう言う事を言いたいのだろう。学問とは
これはあらゆる学問も、また現象もそうで、進化の系統樹と同じだ。
進化に例えるなら、哺乳類は、手足が4本、指がそれぞれ5本、目と耳が2つ、口が1つと決められている。大元の哺乳類の仕様がそうだったから、後の進化先の末端まで全てその仕様に拘束され、アレンジバージョンにしか成らないのだ。例え馬の様に中指1本しか無い様に見えても、イルカやクジラの様に後ろ足が無い様に見えても、骨格を見れば退化した骨の痕跡が見つかる。
つまり、ネズミも人間も哺乳類はその構成要素は一緒で、途中から脚が3本になったり目が3つに増えたりはしない。腕が4本有ったら便利なのになと思う事はあるのだが、大元の仕様書にそう書かれてしまっているのだから、もう変更は効かないのだ。
ロデムは学問も似た様な物だと言いたいのだろう。
1から新しい学問を育てるには多大な労力と時間が必要になる訳で、おそらくそれが出来る人間は、百年単位に1人のオーダーでしか生まれない天才の登場を待つしか無い。ここもまた、人間とはそういう仕様に成っているとしか言い様が無いのだ。
過去に、ニュートンという天才が現れて、ふらふらと移動する惑星の謎の運行を計算出来るようになった。しかし、精密に計測していくと、ニュートン力学だけではどうしても説明の付かないズレが生じる様になってしまった。それが解決されるのは、アインシュタインという次の天才が現れるまで待たなければならなかった。万有引力の法則は、更に大きな枠の相対性理論によって取って代わられる事に成る。
一人の天才が考え出した理論では行き詰ってしまう解を、次の天才が出現してブレイクスルーするのだ。アインシュタインはニュートンの育てた木の延長線上ではなく、新たな若木を育て、その高さを上回ったのだ。
今我々が学んでいる学問も完全ではない。色々と説明の付かない事実に行き当たる事が多い。例えば、原子周期表に無い原子があるのではないかとか、陽子が含まれない原子があるのではないか、等。宇宙に目を向ければ、ダークマターが何なのか分かっていないし、宇宙はもしかしたらビッグバンから始まったのではないかも知れない等、今我々が当たり前の様に信じている常識が覆る日がやって来るのかも知れない。
話を戻そう。
ロデムの改造したスマホから発射される『ビーム』と呼ばれる物は、『何』のビームかは全く説明されていない。ビームとは、『真っすぐな物』とか、『真っすぐ揃って飛ぶ物』、位の意味合いでしかないのだから。建築で言えば、建物の梁の事をビームと呼ぶ。
スマホのビームは、文字通り真っすぐな『何か』なのだ。重力場にも電磁場にも影響を受けず、真っすぐに何かが出ている様に見える。
実際には、何かが出ている訳ではなく、糸の様に細い空間がそこにある物質ごと飛ばされているのだ。これもまた、拡張空間やバリアと同様の仕組みの応用だった。
ビームが移動すれば、その軌道上に在る物体は、そのビームの幅だけの原子を持って行かれる。結果、綺麗に切断されてしまうという理屈だ。レーザーの様な『熱』でも粒子線による『破壊』でも無く、原子レベルの引き剝がしであり、ビームの通過面に材質の荒れは発生しないため、鏡面の様な切断面になる。
物体の原子が一直線に飛んで行くので、ロデムは分かり易く粒子線だと言ったのだろうが、空間によって切断しているのであって粒子線によって切断している訳では無い為、ちょっと誤解が発生している様だ。ロデムが我々に分かり易い様に原子、粒子という言葉を使って説明しようとしてくれた結果だった。
「あれを武器として戦争に使われるのは断固拒否したい」
「まあ、そうね。同感だわ」
「じゃあ、こうしましょう」
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