第105話 通路販売

 「承認するも何も、そんな荒唐無稽な物が本当に実在すると証明してもらわない事には」

 「何言ってるんだあんた、上から指示されて来たんじゃないのか?」

 「ですから、そんな眉唾な物が本当にあるという事を証明して見せて欲しいんですよ」


 出たよ、お役所の縦割り行政。

 横方向の連絡なんて全然通って無い。

 仕方無いので、実物を見せて納得してもらうしかない。

 まあその方が手っ取り早いと言えば手っ取り早くて良い。

 あきらは、会議室の壁に拡張空間への入り口を作って見せた。


 「んー、どこに繋ごうかな? そうだ!」


 あきらは、出口をある場所に繋ぎ、その場に居る全員に入出権限を与えて、先に中へ入って手招きした。

 お役人達は、ぞろぞろとその後に続き、出口のドアを開けると外へ出た。


 「どう?」

 「ここは一体何所なんだ……」

 「熊本空港で御座いまーす」

 「はあ!? まさかっ!」


 お役人達は建物の脇から正面へ回り、空港の文字を確認して茫然としていた。

 さっきまで霞が関に居たというのに、一瞬で870kmも離れた熊本空港へ来ているのだ。驚くなという方が無理だ。


 「こ、こ、こ、こんな物、既存の交通機関が壊滅するぞ!」

 「我々が何年も何十年も掛けて少しずつ整備して来たインフラが一瞬で無用の長物に成ってしまう」

 「こんなものを、幾らで売り付けようと言うんだ!」


 お役人達は酷い取り乱し様だ。

 確かにその気持ちも分かる。高速道路にしたって、新幹線やリニアの開発にしたって、膨大な時間と費用を掛けて開発して来たものなのだ。

 それを一瞬でぶち壊しにしてしまう様な技術に黙っていられる訳が無い。


 「まあ、こんな所で立ち話もなんですから、元の所へ帰りましょう」


 全員が元来た通路を戻って、最初の会議室へ帰った。

 あきらは、会議室の壁に付けたドアを消した。


 「と、いう訳で、これの費用とか運用に関しての取り決めをしてもらいたいという訳だ」

 「貴様! こんな超技術の存在を知っていたな!?」


 その場でただ一人平然としている麻野が、淡々とした口調で全員に向ってそう言うと、その中の一番年配に見えるお役人さんが麻野に食って掛かっていた。


 「当たり前だろう。だからこんな会議の場を設けてもらったんだぞ?」

 「まあまあ、麻野さん。今回の会合は、最初から皆さんを驚かせる目的だったんでしょう?」


 そう、存在をまだ認知していない、頭が固いであろうお役人達を驚かせてテーブルに着かせる為だけにここに集められたのだ。

 買取りにするのかレンタルにするのか、どういった所に設置するのか、誰が使うのか、一般に公開するのか、その時の使用料は、等々すべての仕様が真っ新まっさらなのだ。

 これからお国のお偉いさん方が頭を突き合わせて仕様を詰めて行く作業が待っている。

 お役所仕事だから、それが決まるのはどの位先かは見当も付かない。

 何か、年単位で掛かる様な嫌な予感しかしない。


 「取り敢えずそこの話は皆さんにお任せします。私は、自分の会社でこれを使うつもりなのでその報告に参りました」

 「うわっ! ちょっと待ってくれ! これを使って運送業でも始める積りなのか?」

 「いえそうでは有りません」

 「そ、そうか……」


 お偉いお役人達が、あからさまにほっとした様子だ。


 「では、会社でどう運用したいのだね?」

 「うちの会社の農業部門がですね。人手不足なので求人しようと思っているんですよ」

 「良いんじゃないのか? それとこれがどう結びつくのだね?」

 「離島から求人しようと思っているんです。それで、うちの農場と離島を結ぶ通路を開設しようと思いまして」

 「ん? んんー…… 良いんじゃ、ないかな? どこか問題点に気が付いた者は居るか?」

 「はい」


 一人の男が手を挙げた。


 「未だ既存の交通手段にどう干渉するかが未知数ですので、大手航空会社が就航している島は避けて頂いた方が宜しいかと思われます」

 「んー、確かにそうか」

 「輸送量を絞る事は可能ですか? それなら大丈夫なのでは?」

 「車両の通れない、横幅1m程度に制限しては?」

 「雇用者以外の一般人の通行は許可する積りですか?」

 「私達の会社が雇った、雇用関係に有る者だけにしようと思っています。会社のセキュリティ上、無制限に範囲を広げる積りは有りません。要するに、普通の会社の入り口と同じ考え方ですよ」

 「ふむ、問題無いのでは? 一般道路の様に誰でも通行可にしてしまうと、我々の管轄という事に成りかねないが、社員だけという条件であれば自由にやってもらっても構わないと思うが」

 「一つ聞きたいのだが、この通路の安全性はどうなのかね?」

 「勝手に閉じて閉じ込められたり、中へ入った者が行方不明に成ったりという事例は今までに有りません。通行者には権限を与えられますので、それ以外の者や物が勝手に侵入する事も不可能です」

 「おお、それは良い。VIPの避難通路や万が一のシェルターにも使えるという事なのだな?」

 「その通りです」


 概ね感触は良好な様だ。

 あきらは、会社での社員の通行に限っては問題無しとのお墨付きを貰って、遠隔地からの求人を開始出来る事に成った。

 それ以外の公人または一般人への使用については、お役人達が決めてくれるのでしょう、きっと。

 お役人達の御歴々は、この後も話し合いを続けると言うので、あきらはお先に失礼する事にした。


 「麻野さん、後でちょっと相談したい事が有るので、お時間頂けますか?」

 「ああ良いぞ。こちらから連絡する」


 あきらは日本人特有の長ーーい会議から解放され、一足先に帰宅出来る事に成った。

 優輝の妊娠の件は、後で麻野に相談する事にする。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 あきらが家に帰ったら、優輝とロデムと花子お婆ちゃんが耕作放棄地と成ってしまっている土地に、何やら建造物を作っているのが目に入った。

 そこは、お婆さんの家の土地に接する車道の向こう側に在る土地で、お婆さんはかなりの面積の土地を所有しているのだが、なにぶん今迄一人で全部やっていたので、家から離れている所は大体耕作放棄地と成ってしまっている。

 なので、距離の遠い所は幾つかのアパートに成っているし、県道みたいな広い車道の向こう側の土地なんかは、道路を渡って向こう側へ行くのも危ないし面倒なので、そのまま広場として放置されていたりする。

 今お婆ちゃん達が居るその広場は、以前にパッションフルーツやポポー等の珍しい果樹を植えていると言っていた所だ。


 そこに何やら大きな横幅の建造物が作られている。

 高さは4m程度なのだが、横幅が30m近くは有るだろうか、あきらは一見、横長の看板かな? と思ったのだが、近くへ行って良く見てみるとそうでも無い様に見える。

 横から見ると、三角形なのだ。道路に面した正面が垂直なので、直角三角形の形をしている。寝かせた三角柱とでも言えば良いのかも知れない。

 材質は、金属なのか粘土なのかも良く分からない、ガラス質の様にも見える光沢の有る謎の物体だ。


 「何これ?」

 「あっ、あきらお帰りー!」

 『お帰りー!』

 「あきらちゃん、お帰りなさい」


 あきらが帰って来た事に気が付き、皆口々に挨拶してくれた。


 「いつの間にこんな物作ったの? これは何?」

 「ああこれは、ロデムちゃんがパパっと作っちまったんだよー」

 「何でも、質量をエネルギーに変換してしまう事が出来るなら、その逆も出来るって言って」

 『材質はケイ素だよ。土の中に一杯在るからね』

 「ケイ素って、半導体の? シリコンの塊なのこれ?」


 あきらはあきれた顔でその建造物を眺めた。

 地球上に存在する元素の多い順は、“酸素、ケイ素、アルミニウム、鉄、カルシウム”の順だ。

 質量順で言うと、“鉄、酸素、ケイ素、マグネシウム、ニッケル”の順となる。

 このどちらの順で見ても含まれているのは、鉄、ケイ素、酸素の三つ。

 鉄は多いと言ってもその殆どは地球のコアに集中している物だし、酸素は化合物として多く存在しているが、元素単体として取り出してもガスなので、物を作るのには適さない。

 その点、ケイ素は地殻に多く含まれる元素であり、固体としても比較的安定している。

 という訳で、ロデムはケイ素で構造物を作ってみた、という事らしい。


 「それは分かったけど、これは一体何に使う積りなの? まさか、半導体工場を作ろうって訳じゃないんでしょう?」

 「これはね、搬出口だよ。拡張空間農場の出荷口」

 「ああ、成る程」


 ここからトラックに詰め込める様に、拡張空間農場への入り口を作る計画なのだろう。

 どうやら拡張空間農場も本格的に稼働し始めるらしい。

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