えっ? 異世界の土地を所有して稼いでも税金って払わなければ成らないんですか?

第1話 ゲートを開く

 「俺は子供の頃、幽霊が見えると思っていた……」


  神田優輝かんだ ゆうきは、幼い頃から本気でそう思っていた。

  あれは確か幼稚園の頃だったと思う。母親の迎えが遅くなり、延長保育で先生と二人で遊んで待っていた。やっと親が迎えに来てくれたのは、日がやや傾きやや薄暗くなってきていた頃だったと記憶している。

 手を引かれて帰る道は、家の近くまで来る頃にはすっかり暗くなり、街灯が点灯していたと思う。

 住宅街の路地に差し掛かった時、前方の街灯の付いている電柱の所に人が立っているのが見えた。


 「ねえお母さん、あそこ、体が半分電信柱にめり込んでる人が居るよ」


 その時母親は悲鳴にならない声を上げ、優輝を抱え上げて走って家の玄関に飛び込んだ。そしてそっと優輝を下ろすと言った。


 「そういうの言わないで!お母さん怖がりなの知ってるでしょ!」


 優輝は、その時何かまずい事を言ったのかなと思った。 



 次に覚えているのは、小学校低学年位の時だ。

 夏休みに長野のおばあちゃんの家へ遊びに行った時に、近所の田んぼの前で遊んでいると、その向こう側に在る神社の森の所に狐の様な耳と尻尾が有る人が森の中へ歩いて行くのが見えた。夕飯時にその事を話すと大人達はぎょっとした様な顔をした。


 「おやおや、優輝ちゃんはお稲荷さんを見たんだねぇ」

 「この子ちょっと虚言癖があるみたいで心配だわ」

 「きっとテレビの心霊特集か何かで見た事とごっちゃになっているんじゃないか?」


 おばあちゃんだけは優しく肯定をしてくれたのだけど、両親はまた始まった、やれやれという感じで軽くあしらわれてしまった。

 もうその位の頃になると、ああ、これは他の人は見えていないんだなと理解するように成っていた。


 中学生の頃、学校の帰り道に路地の生け垣の所から人が何人も出て来て、通りを横断して反対側の家のブロック塀の中へ消えて行くのを見て、自称霊能力が有るとかいう友人にその事を話したら、それは霊道と言って…… うんたらかんたら薀蓄を語られた事もあった。


 高校の修学旅行の時に、押し入れを開けたら下の段に上半身だけの人が居て、びっくりして尻もちをついてしまった事もあった。その人は奥の方へ歩いて行って、壁の向こうへすっと消えて行った。

 幽霊を見慣れているのなら驚く筈は無いだろうと言われるかもしれないが、生きた人間だっていきなり扉を開けた所に立って居られたらびっくりするだろう、それと同じだ。

 怖いというのとは違って、単にびっくりしたのだ。


 それからしばらくは幽霊は見えなくなっていた。

 受験勉強が忙しくなって、他の事に気が回らなくなっていたというのも有るかも知れないが、まあよくある話で思春期特有の妄想と現実がごっちゃに成り安い時期のアレだったのかなと、今思えばそんな気がした。

 そして、幽霊の事等すっかり忘れていた頃、優輝は既に大学生に成っていた。



 今現在、優輝は武蔵総合大学の建築学部2年で、漫研サークルに所属していた。

 新しく入部して来た新入生の新歓コンパで帰りが遅くなり、どうにか終電間際に大学の最寄り駅である鷲の台駅のホームへ辿り着く。

 あまり乗降客も多くない田舎の私鉄の駅なので、ホームに居る人も疎らだ。

 ホームの一番端は自分の降りる駅の階段が近いので、優輝はいつもそこで電車を待つ事にしていた。

 乾杯のビールをグラス一杯飲んだだけなのだが、少し酒が入って火照った頬を夜風がクールダウンしてくれる。気持ちが良い。

 


 そこへ最終電車が入って来た。

 キーーーー! というブレーキの音が鳴る。



 気が付くと優輝は深い森の中に立っていた。



 「え? 何これ?」



 周囲を見回しても真っ暗で良く見えない。

 これは夢か現実か、酒に酔った頭では判断が付かない。

 今さっき迄駅のホームに立って居て、終電が入って来た所だった筈だ。

 しかし、目の前に終電は居ない。

 真っ暗で何も見えない。

 目が慣れてくると、僅かな星明りで周囲の状況が見え始めた。

 優輝はスマホを取り出すとライトで照らし、周囲の状況を確認した。

 どうやら暗い森の中の様で、身長程もある草に覆われている場所の様だ。足元は固いコンクリートではなくなっていて、草の生えた土に成っている。


 「どうなっているんだこれは? どこだ、ここ……」


 思わず口に出して喋ってしまった。

 自分の発した声を自分の耳で聞く事により、無意識に現実感を取り戻そうとしたのかもしれない。

 しゃがみ込んで足元の地面を確認するが、草と土に触るだけだった。

 土を握りしめ、ライトで照らして良く見ても、間違い無く本物の土だ。

 再び立ち上がって、おーいと呼んでみたがその声は暗い森の中に吸い込まれて行き、何の反響も返って来ない。


 その場に何分位立っていたのだろうか、何十分も居た様でもあり実際は十数秒程度だったのかも知れない。

 優輝は怖くなって一歩後退った。



 そこはいつもの駅のホームだった。



 「あれっ? 夢…… か?」


 今自分の身に起こった事に現実感がまるで無い。

 まさに狐につままれたという表現がピッタリ当てはまる感じがした。

 今入って来たと思った終電は、目の前に居なかった。

 きっと酒に酔って無意識に立ったまま居眠りをしてしまい、夢を見たのだろうと思い込もうとした。


 しかし、手を見ると湿った土と草の葉の切れ端が付いていた。さっきの出来事は信じ難いが現実だった様に思える。

 頭が混乱し、暫く呆けたまま突っ立っていたのだが、はっと我に返り慌ててスマホの時計を確認すると終電の時間から5分程が経っていた。


 「やっべー、どうしよう」


 たった一駅なのだが、田舎線の一駅の距離は5km位有るなんてザラなのだ。


 「歩くのかー? まあ、歩いて歩けない距離じゃないけど」


 夜中に5km以上も歩いて帰る事を考えるとウンザリした。


 見回りに来た駅員に駅の外へ追い出され、どうしたもんかと考える。

 いっそ誰か近所で下宿している友人の所で泊めて貰うか、最悪大学まで戻ってこっそり部室に忍び込んで一晩過ごすか。

 そう考えながら大学の方へ向かってトボトボと歩いていると、後ろから声を掛けられた。


 「神田君? 神田君だよね? 何やってるのこんな所で。終電乗り遅れちゃったの?」


 声のする方向へ振り向くと、そこにはコンビニ袋を下げ上下スウェット姿で自転車を押したサークルの先輩が居た。


 先輩の名は、久堂玲くどう あきら 一個上の3年生で理学部に通う、スラッとした長身の可愛いというよりは綺麗系の女性だ。

 身長は優輝と大体同じ位なので、170cm程度だろう。女性にしては長身な方だと思う。


 優輝の通っている大学は、総合大学なので理系文系が同じキャンパス内に在る。当然漫研にも様々な学部の人間が在籍していた。

 大学生は理由さえ有れば何かと集まってワイワイガヤガヤやっているものだが、こういう大きなイベントが有ればこれ幸いと部員全員集めてOBなんかも呼んだりして飲み会をやるのだ。

 大体感覚では、年に7~8回位は何らかの理由を付けてコンパを開いている気がする。


 あきら先輩は、その漫研の一年上の先輩で、所謂いわゆるリケジョというやつだ。

 新歓コンパの時に聞いた自己紹介によると、大のSF好きで描く漫画も女性には珍しくSF物、自称トレッキーだそうだ。

 異世界物のラノベも嗜むそうで、優輝は『あ、今の体験をこの人に相談すれば良いんじゃないかな?』と思ってしまったのが運の尽きだった。


 「おー! 優輝君もそっち系? いいねいいね! 一晩中語り合おうじゃないか!」


 優輝は自らオタクの張った蜘蛛の巣の罠に引っ掛かりに行ってしまった様だった。

 オタクという人種は、自分の趣味を他人に馬鹿にされて傷つくのを極端に嫌う。だから、同じ匂いのする人間同士でつるんで身を守る防御陣を張るのだ。

 同じ穴の狢を見つける嗅覚はとても敏感で、オタク同士なら気が付く程度の軽いワードを普通の会話の中にさり気無く仕込んで常に探りを入れている。

 それと無く網を張って、獲物が引っ掛かるのを待ち構えているのだ。

 そして、引っ掛かって来た人間に探りを入れる。あなたはこっち側の人間ですかー、あっち側ですかーと。

 優輝はあきらの張った罠にまんまと飛び込んでしまったのだった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「あいたたたた、頭痛てー……」

 「あ、優輝君、目が覚めた? はいこれ飲んで」

 「ありがとうございます……て、これ! 缶ビールじゃないですか!」

 「迎え酒っていうでしょう?」

 「だめですよ! 俺は酒弱いんですから! 殺す気ですか!」


 優輝が覚えている範囲では、確か最初は近くの24時間営業のファミレスへ行って、少し飲みながらオタク談議に花を咲かせていた筈だ。それが何であきら先輩のアパートで目を覚ましたのか記憶に無い。


 思い出そうと努力してみるが、二日酔いでぼやけた頭にはその部分がすっぽり抜け落ちている。アルコール性の健忘症ってやつだ。

 アルコール健忘って、酔っている最中の記憶が無い事から誤解している人が居るけど、夢遊病みたいに意識が無くなった状態で、訳も分からず理性を失った行動をしている訳ではない。

 脳の記憶を司る部分がアルコールで麻痺して、その間の記憶が定着していないだけなのだ。

 だから、覚えてないだけで結構まともに行動してたりする。

 よく、前日呑み屋で飲んでいたまでは覚えているけど、朝に目を覚ましたらちゃんと家に帰ってパジャマに着替えてベッドで寝ていた、なんて話を聞くけど、そういう理由。

 何度も言うが、決して理性を無くした行動していた訳ではなく、単にその間の記憶が消え去っているだけなのだ。


 アルコールで判断力は鈍っているとはいえ、ちゃんと自分で考えて自分の意志で行動していた…… はずだ!

 なので俺は決して間違いなんて犯してない、はず!


 「だよね!」

 「何がだよね! なのか分からないけど、部屋に着いてバタンキューだったわよ?」


 だそうだ、優輝は安堵した。


 あきら先輩がトーストを焼いてコーヒーを淹れてくれたので二人でそれを食べてから、あきら先輩は午前中の講義に出ると言うので、優輝は丁寧に礼を言って一旦自分のアパートへ帰る事にした。


 「それじゃ、後でサークルには顔出すんでしょう?」

 「んーと、今日は講義が無いのでちょっと自分の用事を済ませてから、時間が有ったら顔出します。昨日はどうも有難うございましたとても助かりました」


 玲先輩のアパートの前で別れてから優輝は電車に乗り、自分のアパートへ帰り着くとまずシャワーを浴び、着替えてからこれからどうするか考えた。

 優輝は、昨日のアレが夢や妄想だったとはどうしても思えなかったからだ。

 アレというのは、もちろんあきら先輩の部屋に泊まってしまった事ではなくて、異世界へのゲートをくぐってしまった事の方だ。


 優輝にはもう一度あそこへ行ける気がしていた。

 根拠を問われれば確たるものは何も無いのだが、何となく確信めいた予感がする。

 あそこがこの地球上の何処かの誰かの土地では無く、本当に異世界だったとしたら、そしてそこへ自由に行き来出来るのだとしたら、それは自分だけの無限の土地を手に入れたも同然だからだ。


 まずはあそこへもう一度行く方法を見つける、そしてその土地を探検する。



 そうだ、まずは探検をする準備を整えるとしよう。

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