第32話 鍛冶屋

 「これかな?」


 ユウキは沢山の剣の中から何の変哲も無い、寧ろ他の剣の様な豪華な装飾や細工の全く無い、極シンプルな形状の剣を一本選び出した。

 店主の男は目を丸くした。

 何しろ、ユウキは近くに寄ってじっくり見る訳では無く、離れた位置から全体を眺めただけでその一本を当てたのだから。


 「親方?」


 無言で固まっている親方と呼ばれた男に気付き、弟子達が作業の手を止め集まって来た。


 「こいつ、一発で当てやがった」


 周囲がザワつく。

 しかし、そんな回りの空気を読めず、その剣を横にしたり縦にしたりしながらひとしきり眺めた後、ユウキはその剣を元の場所へ戻した。


 「んー、この中ではマシな方だけど、ちょっとこれでもイマイチかなー…… 重いし、刃が綺麗じゃないっていうか、もしかしてちゃんと研げば使える様に成るのかな?」

 「ば、ば、馬鹿言うな! これ以上の業物がどこの世界に在るって言うんだ!!」


 親方が怒鳴るのも無理は無い。これはこの男が打った物の中の最高傑作で、伝説レジォンドクラスに匹敵すると自負していた最上物エピークの内の一本だったのだから。

 店には並べず、これの本当の価値が分かる者にのみ高値で売り付けようと、ずっと仕舞い込んでいた物なのだ。

 それをこんな何処の馬の骨とも知れない小娘に良い様に言われて黙っている訳にはいかなかったのだ。


 「私達は、こういう物のもうちょっと長いのが有ったら買おうかなって思ってたんだ。アキラ」


 ユウキがアキラへ目配せすると、アキラは腰に下げていた剣鉈をスラリと抜いて親方に見せた。

 それは波紋も美しく、精緻に研ぎ上げられた刀身は、鏡の様に親方の顔を写した。


 一切の無駄を排したフォルム。冷気でも放っているかの様な凛とした刃。もしそれがこちらを向いたなら、自ら命を差し出してしまいそうにさえ思える。

 親方はゴクリと唾を飲み込んだ。


 「ば、馬鹿な、この世にこんな美しい剣が有るなんて。まるで神話ミトロジークラス、いやディユクラスの業物じゃないか……」

 「へ? そうなの?」


 アキラはキョトンとした。

 向こうの世界じゃ一般の女性は刃物になんて普通興味は無いだろうし、まして刃物の良し悪しなんて全然分からない人が殆どだろう。

 アキラもユウキが通販で買った剣鉈とククリナイフの二つを見せられて、何か曲がった変な形のナイフよりも刀みたいでカッコイイなと思ってこちらを選んだだけなのだから。


 「こ、これは一体どこで手に入れた物なんだ?」

 「私の国で普通に売ってる物だよ」

 「嘘だろ?……」


 このレベルの物が普通に売っているという話に親方は腰を抜かさんばかりに驚いた。


 「これを普通に売っている国が在るだと?」


 この二人は一体どんな素性の者なのだという思いが親方の頭の中を駆け巡った。

 もしかしたら他国の高貴な身分の人間が、お忍びでやって来たのかも知れないという考えに行きついた。

 何故ならば、この様なディユクラスの業物が庶民の手に入るなんて考えられ無いからだ。いかに事情が違う外国だからと言って、断じてそんな筈は無いだろう。

 しかし、親方はもう一つの可能性についても気が付いていた。

 あの剣は本当にディユクラスなのか? と。


 「いやいや待てよ待てよ、見た目には騙されないぞ。実際の切れ味はどうなんだ?」

 「切れ味? 何か切って良い物有る?」


 親方は弟子に裏から薪を持って来させた。

 その中から直径10cm程の、こちらの世界では硬い事で有名な真鉄木という真っ黒な木を選んだ。真鉄木は、火付きは悪いが一旦燃え始めれば火持ちが良いので冬の暖炉の薪として重宝されているのだ。

 その真鉄木の30cm位の長さの薪を金敷アンビルの上に置いて、さあ切って見ろと促した。


 (フッフッフ、この木は硬い事で有名で、素人の振った斧程度なら弾いてしまう程なんだ。こんな小僧如きの振る剣で……)


 まともに鉈なんて振った事も無いアキラが、へっぴり腰で剣鉈を真鉄木の上に振り下ろした。


 「ノオオー!」


 親方の目ん玉が飛び出して顎が外れた…… 様な気がした。

 剣鉈は何の抵抗も受けないかの様に真鉄木の中にすっと入り、その下の金敷アンビルごと真っ二つにしてしまった。

 これにはアキラもユウキもびっくりしてしまった。アニメの斬鉄剣でもあるまいし、通販で買った普通の剣鉈で鉄の金敷アンビルを切ってしまうなんて普通に有り得ないのだから。


 「「嘘でしょー!」」


 親方とユウキが綺麗にハモって叫んだ。


 「嘘だろー!! た、頼む! これを売ってくれ! 金ならいくらでも出す!」


 親方は信じられない光景を目にし、その剣をどうしても欲しくなった様だ。形相は必死だ。


 「えー、駄目だよ。藪漕ぎするのに必要なんだから」

 「藪漕ぎにディユクラスの剣を使う奴があるかー!」


 怒鳴られた。

 知らんがな、と二人は思った。


 「何で鉄まで羊羹みたいに切れるの?」

 「普通例えるならバターみたいにとか言わない? お爺ちゃんか」

 「どっちでもいいでしょ! こっちの鉄って脆くない?」

 「鉄って言うか、こっちの物質自体が向こうと比べるとかなり弱く感じる」


 そう、前にゴブリンに襲われた時、棍棒を叩き落とすつもりで振ったククリが指と棍棒ごとサクッと抵抗無く切断したのだ。

 気のせいかと思っていたのだが、やはりこっちの物質が弱いのか、自分達が異常なのかのどっちかだろう。


 「1000枚! 大きい方の金貨1000枚でどうだ! これが今うちが出せる限界なんだ!」


 親方はしつこく食い下がる。


 「えー、どうしよう。使うんだけどなー」

 「でも、それだけ貰えるなら向こうでまた買えば良いじゃない」


 それもそうかと思い直し、ユウキはアキラの持つ剣鉈を売ってあげる事にした。

 親方はそんなはした金で買えるなんて、本当は思っていなかったのだが、ダメ元で言うだけ言ってみたら案外すんなり受け入れてくれたので拍子抜けした。


 「おいお前ら! 俺が戻って来るまでこいつらが帰らない様にしっかり見張って置くんだぞ! 絶対だぞ!」


 弟子達に、自分が代金を取りに行っている間にお客様の御持て成しをしておいて下さいと念を押し、慌ただしく上の屋敷の金庫の所へ走った。

 上階の自宅へ走り込むと、金庫を開けるのももどかしそうにダイアルを合わせ、開くと、中に長年鍛冶師生涯を掛けて一生懸命に働いて蓄財して来た金貨を枚数も確認する事無く革袋へ流し込み、それを担いで再び一階へ戻った。

 親方は、二人が未だ居るのを確認すると、ホッとした顔に成り、二人の前に金貨がぎっしり詰まった革袋をずしんと置いた。


 「これが今俺が出せる限界だ。1000枚以上有ると思う。持って行ってくれ!」

 「あ、うん、はい、じゃあこれ」


 アキラは親方の鬼気迫る迫力に圧倒され、剣鉈を鞘ごと親方に手渡し、他の人が見ているにも拘らず、革袋をストレージに仕舞った。

 ユウキはその時、あっと思ったのだが、アキラがあっという間にやってしまったので、止める間も無かった。


 「じゃあこれで」


 二人は武器屋を後にした。


 「アキラ、人前でストレージを使うのは不味いって」

 「えっ? あっ! あの人の迫力に当てられてうっかり!」


 まあ、やっちゃったものは仕方ないかと思い直し、宿へ帰った。


 宿の部屋でさっきの革袋を取り出し、中身を数えてみる事にした。


 「1000枚以上有るって言ってたけどさ、念の為」

 「職人気質しょくにんかたぎでズルする様な人には見えなかったけどね。ふふふ、ざっと一億二千万円か。まあ、金貨一枚でもお釣りが来る値段なんだけどね」

 「え? そうなの!? 酷いぼったくりじゃない!」

 「でも、こっちの人にしてみればそれでも喉から手が出る程欲しかった訳でしょう? 商売的には“Win-Win”じゃないかな」


 確かにこれ程極端では無いとしても、安い所で仕入れて高く買ってくれる所で売るというのは商売の基本だ。売る側も買う側も納得して取引する。誰も損はしていない。


 「じゃあ、数えよう。あれ? 金貨ってこんなに大きかったっけ?」


 アキラもおかしいと思ったらしく、カフェテリアでポケットに仕舞った金貨を出して比べてみた。


 「うーん、大きいね。およそ四倍位大きいかな?」

 「あっ! あの親方、そういえば大きい方の金貨って言ってた!」

 「え? じゃあ、金貨はその上にもう一つ大金貨が有るって事?」

 「どうやらそうみたいね。という事は……」

 「という事は、四進法だから、一億二千万じゃなくてその4倍の四億八千万!?」


 二人はうひゃぁと叫びながら、ベッドの上に倒れ込んだ。

 アキラがユウキの方をチラチラと見てくるのだが、ユウキはがばっと起き上がり、ちゃんと数えようと言った。

 アキラもしぶしぶとベッドから降りて来て一緒に数え始めた。



 大金貨十枚の山が145個とバラ4枚、中金貨十枚が133個と8枚、小金貨十枚が208個とバラ3、銀貨十枚が326個とバラ1、小銀貨十枚が542個とバラ7、銅貨は数えるのが面倒臭かったので数えるのを止めた。


 「しめて、九億五千八百九十九万五千円プラスアルファ也」

 「ヤバいでしょ」

 「ヤバいね! 最初の予定金額の8倍じゃん!」


 「「アハハハハハ!」」


 二人は再びベッドに倒れ込んだ。

 そのままきつく抱き合い、その後めちゃくちゃ愛し合った。

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