第33話 狸の獣人

 次の日、昼前にホテルをチェックアウトした二人は、今日は日本での祭日に当たるのでゆっくり出来ると、現地の美味しい食事や観光を思いっきり堪能しようと町へ繰り出した。

 今日は大通りを昨日とは違う方向へ行ってみる。


 「この世界って、怪物が居て武器屋も在るって事は、冒険者とかハンターみたいな職業が有ってギルドなんかも在ったりするのかな?」

 「まさかそんな異世界漫画みたいな都合の良い設定は無いかもよ?」

 「あれば良いけど、あまり期待しないでおこう」

 「そうだね、魔法は有るらしいし、それは確認したいね」

 「スマホを珍しがられたけど、それ程驚かれなかった事を考えると、魔道具の類も有るのかも」


 そんな話をしながら歩いていると、どうやら道具街の様な所に出た。

 店頭には色々な生活道具が並んでいるが、魔法の道具の様な物は見当たらない。

 ランプは普通に油を入れて火を灯す仕組みだし、火を点ける道具も火打石っぽい感じだ。


 「なんかふつーに昔の街って感じだなー」

 「あ、ちょっと待って、あれ!」


 アキラが指差した先に在る店には、動物の角や骨を加工した様な道具が売っていた。

 加工前の素材も売っていて、何やら見覚えの有る物が並んでいる。

 それは、10cm位の湾曲した何かの動物の爪だ。

 値段の札らしき物が付いているので、スマホのカメラを合わせてみると、12,000リンドと表示された。


 「リンドというのはここの通貨単位っぽけど、銀貨や金貨との相関性が良く分からないね。そもそも金貨はお幾らリンドなんだろう?」


 そんな会話を店頭であーだこーだ言っていたら、店の中から店主らしきお婆さんが出て来た。

 もふもふの毛の生えた先のやや丸い三角形の大きな耳と、目から頬に掛けての黒いライン、そして、太い尻尾。


 「狸だ!」

 「あっ! こらっ! 失礼でしょ!」


 アキラはユウキの口を慌てて塞いだが、ロデムはそれをしっかり翻訳してしまった後だった。

 しかしそのお婆さんは、そんな事は意に介さずに、最初と同じ様に不機嫌そうに立って居るだけだ。

 きっとそんな事を言われるのは日常茶飯事なのかもしれない。


 「買うのかい? 買わないのかい?」


 それだけを言う。

 ユウキは偏屈そうで嫌だなと思っていると、比較的社交的なアキラがお婆さんに話しかけていた。


 「私達、観光客でこの町の通貨が良く分かりません。これは、銀貨何枚?」

 「はあ? 金貨だよ! 小金貨が四枚! 中金貨なら一枚だよ」

 「うわたっか! 何でこんな何かの爪みたいなのがそんなにすんの?」

 「何って、あんたら本当に何も知らないのかい? 武器に加工するんだよ。鉄よりも強度と靭性が有る高級素材なのさ」


 アキラは動物の爪を刃物に加工するというのが、いまいちピンと来ていない様で、それを手に取って見ようと手を伸ばした。

 しかし、お婆さんは歳の割には素早い動きでアキラの手を叩いた。


 「いったーい、何するのー」

 「触るんじゃないよ! 金は持っているのかい?」

 「持ってるけどさ、こんな小さな爪じゃ小さなナイフしか出来ないじゃん」

 「はあ? なーんにも分かっちゃいないね。豪角の爪がどんなに貴重品なのかを。このサイズだって滅多に入荷しないんだよ!」

 「豪角って?」

 「はあ、あんたら一体何処の生まれなんだい。豪角熊も知らないなんて。頭に一本の角が生えた、熊みたいな怪物でね、姿を見て生きて帰った者は居ないという話さ」

 「あはは、またまたー。生きて帰った者が居ないのに、どうしてそんな怪物の爪が有るのさ」

 「偶に死骸が見つかる事が有ってね。そこから剥ぎ取るのさ」


 そこでユウキはハタと思い当たった。頭に一本の角の生えた熊? もしかしてあいつか? と。


 「ねえねえお婆さん、その爪よりももっと大きい、倍位大きな爪が有ったら買い取って貰える?」

 「何を馬鹿な。そんなに大きい爪なんて…… 心当たりでもあるのかい?」

 「うん、まあね」

 「はん、もしその話が本当だったとして、本当に持って来たなら買い取ってやるよ。まあ、話半分に聞いとくよ。さあ、買う物が無いなら行った行った!」


 お婆さんは商売の邪魔だと言わんばかりに二人を追い払った。

 アキラとユウキは、顔を見合わせ、笑った。


 「これは、異世界貿易で結構稼げるんじゃないか?」

 「思った思った。それと、日本円とリンドの通貨比率も分かっちゃった。あの十二万円相当の中金貨一枚=一万二千リンド。つまり一リンド=十円!」

 「丁度十倍っていうのが出来過ぎだよな。計算が楽で良いけど」



 その後、食事をしたり観光を楽しんだりしながら一日中過ごし、前日にマークしたゲートポイントへ向かった。

 人目に付き難い路地へ入り、昨日壁に付けて置いた印の位置へ立つ。

 さあ、ゲートを開こうという時に、急に呼び止められた。


 「やれやれ、一日中後を付けていた甲斐が有ったぜ。やっと人目に付き難い路地へ入ってくれたんだからな」


 声のする方を見ると、顔を半分布で隠した男が二人立って居た。


 「あー、鍛冶屋のとこの見習い二人か」

 「畜生! 何で分かりやがる!」

 「何でって言われても、なあ」


 ユウキとアキラは顔を合わせた。カマかけただけで白状しちゃうなんて、頭悪そう。

 二人が大金を持っているのを知っているのは、金融商に居合わせた人間か、鍛冶屋の工房に居た人間しか居ない。

 金融商に出入りするのは商人が殆どなので、金貨程度は見慣れているだろう。

 ガラの悪そうな連中と言ったら鍛冶屋の方が確率は高い。


 「親方に金貨を取り返して来いって言われたの?」

 「親方はそんな事は言わねえ! 俺達が勝手にやってるんだ!」

 「そうだそうだ! お頭はちょっと考え無しの所が有って、あんな聖剣を衝動買いしちまったせいで、明日から運転資金が無くて仕事が出来ねぇんだよ!」

 「聖剣って、あの剣鉈の事? 確かディユクラスとか言ってたけど」

 「じゃあ、悪魔デーモンクラスの邪剣なんて物も有ったりして」

 「え? それは聞いた事がねぇなぁ」

 「いや、何を呑気に雑談してんだよ! 早く金貨を取り戻そうぜ!?」


 なんだよ、悪い奴ならやっつけちゃおうと思ったのに、親方想いの良い奴じゃ懲らしめられないぞと二人は思った。


 「あのな、正当な取引で受け取った代金をただでくれてやる訳には行かないんだぞ」

 「だけど、当面の運転資金が必要だというのなら、これを貸してあげても良いよ」


 アキラが取り出したのは、金融商で両替した方の革袋。

 端数の金貨を取り出して、きっかり二百枚入っている。


 「中金貨二百枚が入っている。これで諦めてくれ。当面の資金としてなら十分だろう?」


 アキラはそれを族の一人に手渡した。

 男は顔を隠した布を外し顔を晒すと、涙ぐみながらそれを受け取った。


 「すまねえ、恩に着る」

 「おーい、貸すだけだからなー! ちゃんと親方に渡すんだぞー!」


 走り去って行く男達の背中にそう言って手を振った。

 男達も何度も手を振りながら帰って行った。


 「甘いなー」

 「まあ、良いじゃないか」


 「さて、帰りますか」

 「そうだね」


 二人は日本へ戻った。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「あ、ヤバい。服を着替えるのを忘れてた」

 「どうしよう! あ、駅のトイレ!」


 二人は駅のトイレの個室に飛び込み、元の服装に着替えて出て来た。


 「これ、なかなか面倒臭いな」

 「そうねぇ。シャツとパンツは男女共用ユニセックス物で何とか成るとしても、下着だけはどうしようも無いのよねぇ」


 今後の課題として二人は頭を悩ませた。



 鷲の台駅で降りた二人は、あきらは自分のアパートへ、優輝はロデムの所へ行くという。


 「こんな時間に行くの? うちに泊まって行けば良いのに」

 「もう家財道具は全部ストレージへ入っているしさ、もうロデムのとこに住んじゃおうかなって思って」

 「えー、ずるーい。じゃあ私も行く」

 「え、今日はもう勘弁して」

 「何がよ」

 「だって、向こうでのアキラは激しいからさ。今日はゆっくり寝かせて欲しいんだけどな」

 「やだ、何よ、もう! だったら今日はうち来てあなたが激しくすればいいじゃない!」

 「こら、はしたない! 皆に聞こえるってば! やりたいんじゃなくて、今日は睡眠を取りたいんだよ!」


 変な注目を集めてしまったので、二人は足早にその場を去った。

 あきらは膨れっ面でアパートへ帰って行った。

 優輝はお婆さんの敷地内の建築現場へ行くと、周囲に人が居ない事を確認する。大工さんはもう仕事を切り上げて帰った様だ。

 素早くヘッドホンを装着すると、スマホの音を再生し、向こう側へ行く。


 ロデムの中へ入ると、何時もの快適な空間が眠気を誘う。

 ユウキはパパっと素っ裸に成り、大の字に寝転ぶと直ぐに眠りに落ちた。

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