第34話 豪角熊

 ユウキが目を覚ましたのは、日もかなり高くなった十時過ぎだった。

 異世界旅行で相当疲れていたのかなと感じた。

 いや、疲れていたのはアキラのせいだろうとユウキ思った。


 「大体、男のアキラの時でも女のあきらの時でもエネルギー有り余ってる感じなんだよな、あいつ」


 ユウキの方が転移回数は多いし、エネルギー量が多い筈なのに何か納得がいかない様子だ。


 『ユウキおはよう。随分良く眠ってたね』

 「うん、ちょっと疲れてたのかも知れない」

 『それはね、ゲートを開く能力に莫大なエネルギーを消費しているからなんだよ』

 「あー! それでか!」


 道理でユウキだけ疲れるのか不思議だったのだが、ロデムの説明で納得がいった。


 『ユウキ、あのね、今貰った分のエネルギーで、どうにかこの中でなら動き回れる様に成ったんだ。見て見て』


 見ていると、黒い球体が急に地面に降り、変形して人型に成った。

 依然真っ黒なままだが、無性別のマネキンかデッサン人形みたいなプロポーションをしている。

 それが歩いて来て、ユウキの隣に座った。


 「本当にロデムみたいだ。でも、やっぱり触れる事は出来ないんだな」


 影のロデムに触れようとして手を伸ばしたが、体を突き抜けてしまい、触れる事が出来ない。球体の時と同じ黒いホログラフィーみたいだ。


 『本当にって何? まあいいや、もう少しすれば、やがて触れ合える様に成るよ』

 「そうか、それは楽しみだなぁ」


 『あ、そうそう、ユウキが寝ている間にアキラから何度か着信が有ったよ』

 「そうなの? ありがとう」


 ユウキは脱ぎ散らかした服の所へ行って、ズボンのポケットからスマホを取り出して確認した。


 (ユウキ、起きたー?)

 (ユウキ、まだ寝てるのー?)

 (いい加減に起きなさーい!)

 (もう、寝坊しすぎ!)

 (ユウキの声を聞かないと、私は寂しいですよー)


 「なんだよ、もう」


 (今起きたとこ。ロデムがね、影だけだけど人型に成って歩き回れる様に成ったよ)


 直ぐに返事が返って来た。


 (なにそれ! 見たい見たい!)

 (うん、じゃあお昼に学食で落ち合って、午後にこっちへ来よう)

 (了解)



 ユウキは服を着て、転移場所へ移動したが、ちょっと考えた。


 「あれ? もう大工さん来てるんじゃないかな?」


 どうするか、もし見られても気のせいだと素っ呆けるか? 誤魔化せるかな?


 「あそうだ、お婆さんの家の生垣の向こう側の庭に出たら良いんじゃないか?」


 お婆さんの家は、家屋と農機なんかを仕舞ってある小屋を含む庭の敷地を生垣で囲ってある。その外の正面と横を私道が通っている訳だ。

 畑はその更に外側にお婆さんの家を囲う様に広がっていて、優輝とあきらの新居はお婆さんの家の生垣と私道を挟んだ隣に位置している。

 ユウキは、お婆さんの家の生垣の陰なら誰にも見られないだろうと考えた。

 勝手に人の家の庭に入るのはどうかと思ったのだが、背に腹は代えられない。後で謝っておこう。

 マップに日本側の地図を表示して、一歩一歩確かめて歩きながら位置を調整すると、未だ草刈りをしていない藪の中へ分け入って行く。

 そこでヘッドホンを装着し、ゲートオープン!


 「ヒ、ヒイイイイ!」

 「あちゃー!」


 運悪く庭の草むしりをしていたお婆さんの目の前に出てしまった。

 お婆さんは、また尻餅を突いてしまったのだが、今度は座った姿勢だったために怪我はしなかった様だ。

 優輝はお婆さんの手を取り、立たせてズボンに付いた泥をはたいて落としてあげた。


 「もー、なんだい、優輝君かい! 驚かせないでおくれよ!」

 「ごめんなさい! 大工さんが居るかと思って、見られない様にちょっと生垣の陰を借りました」


 優輝は、両掌を合わせて拝むようなジェスチャーをした。


 「あーびっくりしたよ。まあ、構やしないけどさ。家が完成するまではここを使うかい?」

 「使わせて貰えると助かります! 何処か痛い所が有ったら言って下さいね。治しますから」


 優輝はお婆さんに手を振り、走って大学の学食へ急いだ。

 学食には既にあきらが待っていた。


 「お・そ・い・ゾ!」


 あきらは人差し指でツンと優輝のおでこを突く。うーん、バカップルっぽい。

 でも、周囲の反感をどんなに買おうが、そんなリア充な大学生活は楽しい。


 「あきらの午後の予定は?」

 「ゼミが有るけど、サボっちゃおうかな?」

 「駄目でしょ。大事な娘を一人暮らしさせたばかりに男に溺れて学業を蔑ろにしているなんて思われて、それがもし親御さんの耳にでも入ったら」


 「ふう、そうね、実生活はきちんと節度を守っていないと、卒業後の結婚にも支障が出るかもしれないし」


 あきらは一瞬でバカップルモードから優等生モードへ切り替わった。

 優輝は、心の中で『すげえ……』と思った。


 あきらのゼミの終わりが15時だと言うので、優輝は漫研の部室で時間を潰す事にした。

 部室に入ると、後輩の女子二人組がニヤニヤしながら近付いて来た。


 「ねえねえ神田先輩、卒業したら久堂先輩と結婚するって本当ですかぁ?」

 「うん、まあその積りだけど、何で知ってるの?」

 「さっき学食で、後ろの席に私達が居たの気が付きませんでした?」

 「ありゃ、見られてたのか、恥ずかしいな」


 何時までも居ても女子連中のおもちゃにされるだけなので、優輝は早々に退散する事にした。

 あきらのゼミが終わるまでに二時間程あるので、ブロブ対策の品を仕入れて置こうと、二つ先の国引島駅へ向かった。

 この駅から少し離れた所の国道沿いに、大きなディスカウントストアが有るのだ。


 アルカリの薬品で台所用漂白剤を使っていたのだが、もうちょっと使い勝手の良くて大量に買えて安い物が何か無いかなと思ったのだ。

 粉末状だと敵さんの水分も吸収出来るし、良いかなと思ってスマホで色々検索を掛けてみた。


 「重曹がアルカリ性で安いんだけど、ph8.4の弱アルカリ性なのでイマイチ威力が弱そうなんだよな。お、セスキ炭酸ソーダはph9.8で重曹よりもアルカリが強いっぽいぞ」


 セスキ炭酸ソーダは、酸という漢字が入っているくせにアルカリ性なのだ。優輝は掃除の時にはほぼ重曹の上位互換と認識していた。

 水酸化ナトリウムがアルカリで最強だと思うのだけど、大量に購入は難しいかもしれない。

 もっと調べて行くと、消石灰という単語が出て来た。

 土壌改良にも使う物で、別名水酸化カルシウムと言い、白い粉末でph12の強いアルカリ性。

 昔は小学校の校庭でラインを引くのに使っていたのだが、目に入ると失明の危険性が有るので今では炭酸カルシウムに変わったそうだ。


 消石灰は園芸用品コーナーで20kgの大きな袋入りが二千円前後で買える。

 酸性に傾いた土質を改良するために使用される為だ。

 結構強いアルカリ性なのだが、劇物指定されていないのは農業関係者が誰でも買える様にとの配慮だと思われる。

 だが、劇物指定されていないからと言ってイコール安全という訳では無いので、取り扱いには十分な注意が必要だ。


 ホームセンターの外側に設置されている園芸用品コーナーへ行くと、まさしく優輝の探していた条件にピッタリの物が見つかった。

 優輝は早速園芸コーナーへ行き、そこに積んであった五袋を全部買い占めた。


 ディスカウントストアの中を色々見て回って、必要な物を買って居るとあきらのゼミの終わる丁度良い時間に成ったので、鷲の台駅で待ち合わせてからお婆さんの家へ向かった。



 お婆さんの家を訪ねると、ちょっとゆっくりしていきなと麦茶を出してくれたので、少し雑談をした。


 「なんだそんな物が必要なら、うちにいっぱい有ったのに」


 ディスカウントストアで消石灰を大人買いした話をしたら、そう言われてしまった。

 そうだった。お婆さんの家は農家さんで、そういった農薬系は納屋に沢山ストックが有ったそうなのだ。

 無くても言ってくれれば農協から纏めて購入出来たのにと、口をとんがらせて拗ねられてしまった。

 今は農協ではなくてJAなのだが、お婆さんは昔からの呼び方の癖が抜けていなくて農協と言ってしまう。

 ちなみにJRは国鉄だし、NTTは電電公社だ。


 お婆さんはスマホも持っているのだが、何故かそれを懐中電話機と言ってしまう。

 そこは携帯電話でしょうと優輝は突っ込みたかったが、能々考えると懐中と携帯の違いって何だろうと考えてしまう。

 何故懐中電灯は携帯電灯では無く、携帯電話は懐中電話では無いのか、一人考え込んでしまった。


 そんな優輝の悩みを他所に、お婆さんは孫みたいな二人の力に成ってあげられたのに頼ってくれなかったのがほんの少し悔しかったみたいだ。なんだか可愛い。

 あきらは、まあまあと宥めながらお婆さんの肩に手を当て、肩こりを治療してあげていた。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 お婆さんの家の生垣の陰から向こうの世界へ飛んだ二人は、直ぐにロデムの中へ入ると黒い人型のロデムが出迎えてくれて、アキラはキャッキャ言いながらロデムと踊りながら喜んでいた。


 剥ぎ取りをする為に二人はツナギに着替え、レジ袋の中に直ぐに使える様に消石灰を少し小分けにして持ち、周囲に警戒をしながらスマホのビームを直ぐ撃てる状態にして構えながらあの怪物、豪角熊の死骸の在る場所へ直行した。


 以前のカメラアプリの一部だったビーム兵器を、危険すぎると言う二人の苦情を聞いて独立したアプリという形に再構築したものだ。

 ビームも、ボタンを押している間だけ発射して、ボタンから指を離せば直ぐに止まる様に変更して貰った安全設計だ。



 豪角熊の所へ到着し、二人はその死骸を見て驚いた。ほぼ白骨化していたのだ。

 普通に考えて僅か数日で白骨に成るなど考え難い。多分ブロブが生き残っていたのか、別個体が他からやって来てこの死骸を食い尽くしたのだろう。


 ユウキは消石灰を小分けにして入れておいたレジ袋をから、死骸を中心に広範囲に渡って地面が真っ白になる程に粉を撒いた。


 「こうしておけば、万が一作業に集中してブロブの接近に気が付かなくても安全を確保出来るから」


 ブロブは音も無く近寄って来るので、念には念を入れて警戒して置く必要が有るのだ。

 死骸にも入念に掛かっていない所が無い位にまぶす。

 暫く観察して見るが、動く物は居ない様なので、剥ぎ取り作業に入る。


 アキラには、買って置いた刃渡り100mmの狩猟用のシースナイフを手渡し、ユウキはククリナイフで作業を始めた。

 豪角熊は、その殆どがブロブに食い尽くされ、骨だけに成っていたので皮を剥いだりする手間は無く、骨の間の軟組織を切って爪を外す程度で済んだのだが、流石に臭いがキツイ。

 二人は持って来た不織布マスクを二枚重ねにして、粉塵防護用のゴーグルをかけ、ビニール手袋の上に軍手をして黙々と作業を続けた。


 剥ぎ取りの成果は、前足と後ろ脚合わせて18本、メジャーで測ると20cmから25cmにも成る長い爪を剥ぎ取る事が出来た。

 内部の髄みたいな部分に未だブロブの小さなのが潜んでいるかもしれないので、剥ぎ取った爪は全部消石灰の袋の中に埋めて置く。


 「もしかして、この角も高く売れたりするのかな?」

 「一応取って行く?」


 アキラが角の根元から切り取ろうとしたが、どうやら頭蓋骨から生えている骨質の角みたいで切り離せないので、頭蓋骨ごと持って行ってみる事にした。

 それも消石灰漬けにしてストレージへ仕舞う。



 ゲートで日本へ戻ると、二人は生垣の片隅できゅっと抱き合った。

 性別が変わると、また愛情の感じ方も微妙に違う気がする。なんか、どっちも良い。


 「じゃあ、売りに行くのは次の休みで」

 「うん、その前に金貨を売りに行きましょう。資金を作らないと。前に二千万位って言ったけど、家の建築資金も必要だからちょっと多めにね」

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