第35話 サイロという通称は初めて聞きました

 「犯罪絡みでは無いのだね?」

 「はい、この持ち込まれた金貨の製造国に該当する国は在りません。また、古銭として調べても何処にも記録が無いのです」


 内閣情報調査室、通称CIROサイロ。または内調とも呼ばれる、日本国の情報機関である。

 次長は頭を悩ませていた。

 何か超常現象オカルト的なニオイがする。

 ここはそういう事件を担当する部署では無いのだがなと思っていたのだ。


 報告書の最初のページによると、国内に突如大量の金塊が出現したと有る。

 大量と言っても未だ数キロ程度なのだが、定期的に増え続けているのだそうだ。

 出所は不明、持ち込まれた貴金属店の記録では、祖父の蔵から出た物との記載がある。

 詳細は持ち込んだ本人も良く知らないという話であった。



 世界中の金の総量は、聞けば意外と量が少ないと思うかも知れない。

 過去から現在までに採掘された、世界中に存在する全ての金の総重量は凡そ18万トン、量にしたら公式競技用プールにたった3.8杯分程度の量しか無いと言うのだ。

 そして、地球に残っている未採掘の埋蔵量は、約5万トン程度らしい。


 国際通貨基金IMFによって加盟各国は一定以上の金や外貨を保有する事が義務付けられている。

 何故かというと、戦争や政変、国家破産、恐慌等と言った財政の不安が引き起こされた時の為の保険として、外貨や金を蓄えて置かなければ成らないと国際的に決められているからだ。

 世界一金を保有している国はアメリカ、二位はドイツ、三位は国際通貨基金IMF、そしてイタリア、フランス、ロシア、中国、スイス、と来て日本は九位、十位はインドだ。

 この様に、各国がどの程度の量を保有しているかは把握されているのだが……


 突如日本国内の金保有量が増え出したら、世界的な混乱を呼ぶのは間違い無いだろう。

 一体その金の出所は何処なのか、それを明らかにしなければ成らない。


 何処かの誰かが死蔵していた物が偶然発見されたなんて話を信じる者は、誰も居ないだろう。

 まだ知られていない金鉱が発見されたとかでも無い限り、そんな事は有り得ない。

 何故なら、日本国内に金が入って来るのも出て行くのも厳重に管理されているのだから。


 以前に日本の消費税が8%に値上がりした当時、外国人が金をキロ単位で隠し持って持ち込もうとして摘発された事件が何件か有った。

 それは、消費税の無い国で金を手に入れ、日本で売る事によって消費税分を儲けようとする為だ。

 この密輸行為は、結構罪が重く罰金も高い。

 だから、税関は国内に持ち込まれる金には特に厳しく目を光らせている。


 しかし、外国から持ち込まれた訳では無い、出所不明の金が突如数キロ単位で出現したとなれば、これを公安が見逃す筈が無い。

 直ぐに調査が行われるに決まっている。



 内調の調査官の報告書リポートに寄れば、それはとある大学の女子学生が持ち込んだ物だという事が分かっている。


 「何だこれは、全くガードが甘い。危機意識がまるで無い、素人じゃないか」


 次長はリポートを捲りながらそう呟いた。

 とても組織的な行動とは思えなかったからだ。下手に小細工なんかもしていない。つまり、バックに何かの犯罪集団が居るという訳でも無い様に思える。


 「ん? 新宿で一回襲われているのか」


 先を読み進めると、事件に巻き込まれた経歴も出て来る。

 少なくとも公安警察、暴力団、マスコミからそれぞれマークされていた様だ。

 過去形なのは、この内の暴力団に関しては公安が先手を打って潰しているから。

 公安がマークしていた所、先走った暴力団の構成員がバンで拉致を試みた様で、バッチリその時の映像が撮られてしまっていた為に、あきらの知らない所でひっそりと解決してしまっていたからなのだ。


 「しかし、犯罪と決まった訳でも無いのに、女性の部屋へカメラやマイクを仕掛けるというのはどうなんだ? バレたら言い訳も出来んぞ」

 「はい、バレました」

 「バレたのかよ!」

 「仕掛けている時に偶々早く帰って来てしまい、調査官と鉢合わせしたそうです」

 「間抜けだな」

 「しかし警察から無事に身柄は取り返せてます。ただ問題なのは、彼の足の方でして」

 「鉄製の外階段から下のコンクリートへ転落とあるが、そんなに大怪我をしたのか?」

 「これを見てください」


 部下の男は添付資料の封筒から複数枚の写真を取り出した。


 「転落の怪我は掠り傷程度です。しかし、彼は逃走中に急に左足に力が入らなくなったと言っています。これが彼の左足のレントゲン写真です。おかしいと思いませんか?」


 次長は人体の構造についてそれ程詳しい訳では無いが、一目見て違和感を感じた。

 そうだ、脛の辺りには骨が二本有る筈じゃなかったか?


 「脛の部分には、太い脛骨と細い腓骨という骨が、膝関節から足首までの間に在ります。それが、一本に融合してしまっている。痛みは無いそうですが、彼は足首を回転させる事が出来なく成ってしまい、歩行に支障が出てしまいました」

 「元々障害が有った訳では無いのだな?」

 「はい、階段を転落するまでは異常は有りませんでした。そして、彼が落ちた階段の上部の写真がこれです」


 部下は別の写真を示した。


 「コンクリートの床と鉄骨が円形に窪んでしまっています。これも元々は無かったもので、その日の内にこうなったという事です」

 「これはその怪我をした男が言っているのかね?」

 「そうです。彼は何回も盗聴器やカメラを仕掛けに入っていますので、証言に間違いは無いかと」

 「ちょっと待て、何回も入っているとはどういう事だ?」

 「それが、不思議な事に、何度仕掛けても彼女が帰って来る頃に全部故障するそうです」

 「全部?」

 「はい、全部です。設置場所を変えても毎回一斉に壊れるそうです」


 「電磁波の影響とかは……」

 「ありません」

 「そうか」


 まあ、可能性の一つを聞いてみただけなのだが、即座に部下に否定されたので納得するしか無かった。


 「更になのですが」

 「まだ何か有るのかよ」


 部下は机の上に、中に何かが封入された小さなガラス管を置いた。


 「これは?」

 「永久電池だそうです」

 「はぁ?」


 次長は素っ頓狂な声を上げた。


 「電池なの? これが?」


 疑わしそうに掌で転がして見ている。


 「起電力20V、2.25Aをかれこれ三週間以上も出力し続けています」

 「嘘だろ!?」

 「本当です」


 次長はこの男がそんな冗談を言う人間では無いという事は知っている。

 しかし、つい口をついて出てしまったのだ。こんな物が存在する訳が無いと。


 「これをその女学生が作ったというのか?」

 「そうです」


 次長は眉間を押さえた。


 「仕組みは?」

 「全く持って不明です。そもそもこんな構造で電力が発生する訳が無いそうです。外部から構成物質を調べて全く同じ物を組み立てて見ても一切電気は流れません。有り得ないというか、物理的にこの世に存在してはいけない装置です」

 「そうか……」


 次長の嫌な予感は的中した様だ。

 やっぱり超常現象オカルトかよ、勘弁してくれと、心の中で叫んでいた。


 「国家緊急保護対象人物に指定して頂きたいと思います」

 「分かった、許可しよう。直ぐに手続きに入ってくれ。外国にバレる前に必ず保護するんだ」




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「あの買い取り屋は駄目ね。嘘吐くから」

 「信用出来る人なら仲間に引き入れようと思ったんだけどな。ありゃあ駄目だわ」


 あきらは今では相手が嘘を吐いているのか迄分かる様に成っていた。

 今までは脳の部分は電球の光の様に、ただ眩しく光っている位にしか見えなかったものが、細かい網目状にエネルギーが走っている様子まで分かる様に成ったのだ。

 そして、嘘を吐く時にどういう風に光のパターンが流れるのかも見えていた。

 だから、自分を騙そうと近付いて来る人間は一目で看破する様に成った。

 買い取り商の社長も、その嘘のパターンが見えてしまった為に取引は今回で終わりと決めたのだ。


 しかし、実際はこの社長はあきら達の言う様な悪人という訳では無かった。

 あきらが嘘と言った部分だが、彼も商売人なのだから、多少の駆け引きはするだろうし、守秘義務厳守とは言ってもお上への報告書に嘘は書けない。

 その部分を少しボヤ化した程度だったのだ。


 国家絡みの事態に成る頃には、あきらと優輝は再び彼に再会する事に成るだろう。

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