第36話 狸の雑貨屋さん

 「俺は今日からロデムの所に住む事にしました」


 家主のお婆さんとあきらに向って優輝はそう宣言した。


 「それは向こうの世界に住むって事なのかい? 大学はどうするんだね」

 「はい、ここを通って通わせてもらおうと思ってます」

 「ちょっと待って、向こうへは一人で行かないって約束したでしょう?」

 「それはそうなんだけど、ロデムの所へ行くのだけは許してくれない? アパートはもう引き払っちゃったし」

 「むー…… 不服だけど、家が完成するまでだからね」

 「やった!」


 あきらはかなり不服そうにしているが、優輝は絶対安全な森の中で素っ裸で寝る快適さを味わってしまったので、何としても押し通す積りだったのだ。

 家が完成するまでという条件付きではあるが、凡そ三カ月間は認めて貰えたので良しとしよう。


 「今日はどうする? 町へ行こうか?」

 「そうね、爪も売りに行きたいし」

 「爪とは何じゃい?」

 「あそうか、お婆さんは知らなかったですものね」


 優輝はストレージから豪角熊の爪を取り出し、お婆さんに見せた。

 向こうの世界ではこの爪で刃物を作るらしいと説明した。


 「ほうー? こんな爪を持った獣がおる世界なんか。凄いのぅ」


 お婆さんは長さ20cmも有る湾曲した爪を見て驚いていた。


 「こっちの品を向こうで売ったり、向こうの珍しい品をこっちで売ったりして商売しようかなと思って」

 「まあ、ちょっとした商社みたいな仕事ですね」



 「爪のこの曲がり具合だと、鎌なんかにするとちょうど良いかも知れんの」

 「これで作った刃物がどれ位使えるのか良く分からないですけど、もし良さそうなら一本作って貰って来ましょうか?」

 「それは楽しみにしとるよ。しかしなんじゃのう、向こうにも人が住んでいて町が在るなんて、本当に信じられん話じゃのう」

 「行ってみます?」

 「いやいや! こんな爪の猛獣がそこら中におるんじゃろう? あたしゃそんな怖い所よう行かんわ!」


 おばあさんは腕をぶんぶん振りながら拒んでいた。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 伊豆ヶ崎駅近くのポイントから向こうの世界へ渡った二人は、再び前回宿を取ったミラエステラル・ホテルへ向かい、部屋を取ると直ぐにあの狸みたいなお婆さんの店へ出向いた。


 「ごめんくださーい!」


 店内で呼ぶと、奥の方からあの狸顔ていうか、狸の獣人のお婆さんがゆっくりと出て来た。


 「ああ、あんたらかい。今度は何の用だい?」

 「この間の、豪角熊の爪を買い取ってくれるっていう約束!」

 「ほう、持って来たのかい? 本物だろうね」

 「私達、豪角熊がどういう動物なのか知らないから、本物かどうかと聞かれても分からないよ。だけど、この前店で見たあの爪に似たやつを持って来ました」


 お婆さんは、訝し気に二人を見るが、物を見なければ始まらないと、奥の明るい照明に照らされた部屋へ案内してくれた。

 どうやら物品の鑑定はここでやって、値段を付けるらしい。


 「ほら、見せてみな」


 ぶっきらぼうに言う。

 ユウキは予めリュックの中にストレージから出して置いた18本の爪の一本を取り出して見せた。

 お婆さんは、ルーペを使って隅々まで確認している。


 この世界はガラス製品は普通に存在している。ただし、相当高価な物らしく、家のガラス窓に使う程には普及していないみたいだ。

 二人が泊っているミラエステラル・ホテルは、相当な高級ホテルらしく、窓はガラスだった。ただし、大きな板ガラスは透明度があまり良くない様で、ちょっと黄ばんだ色をしていた。

 お婆さんの使っているルーペは、高級品らしく無色透明の色をしていた。鑑定用の道具に金を惜しんで紛い物を掴まされたら堪らないからだろう。


 「ふん、この爪は何処で手に入れたんだい?」

 「私達の住んでいる家の近くの森の中で見つけたんだ」

 「で? 幾らで売るつもりなんだい?」


 何だろう、豪角熊の爪じゃなかったのかな?

 でも、最初に考えていた金額で言ってみようかな? 長さが二倍って事は、体積は4倍? じゃあ金貨4枚とかかな? あ、でもそれは売値か。じゃあ買値は3枚とかかな? 等と色々考えていたら、アキラが先に言ってしまった。


 「金貨4枚!」

 「はあ? 金貨4枚だってぇ? アハハ、こりゃ傑作だ! あんたら全く物の価値ってもんを知らない様だね」


 ユウキは、なんだやっぱり偽物かとがっかりした。


 「金貨8枚で買い取るよ。あたしゃ素人を騙して買い叩こうなんてゲスイ真似はしないのさ。こんな巨大な爪なんて、十年に一度見つかるかどうかの品だよ」

 「あ、そうなの? じゃあ残りのもお願い」

 「残りの?」

 「うん、一頭分18本あるよ」


 机の上にリュックからガラガラと取り出した。

 お婆さんは目を丸くして驚いていた。


 「あ、でも一本だけ田舎のお婆ちゃんに鎌作ってやるって言っちゃったんで、この一番小さなのを抜かして17本売ります」

 「あははあ、こりゃあ凄い、一財産じゃないか。この一番大きな4本は、金貨10枚で買い取るよ」

 「どうもありがとう! お婆さん、大好き!」


 ユウキはお婆さんの抱き着いた。

 お婆さんはニコニコしている。根は良い人なんだろう。


 「これこれ、危ないよ」

 「あ、そうだ、角なんかも買い取れる?」

 「角も持って来たのかい!? 角は一頭に付き一本しか無い貴重品だからねぇ、高く買うよ」


 ユウキはリュックの中に手を入れて、スマホを見えない様に隠し、リュックを逆さにするタイミングで机の上に角の付いた頭蓋骨をゴトンと落とした。


 「ふえっ!?」


 どう見てもその頭骨はリュックの中に入りそうなサイズじゃない。明らかに不自然で、アキラは下手糞な手品でも見ている様な気分になり、パチンとおでこに手を当てた。

 でもお婆さんは特に驚く事も無く、その角を鑑定し始めた。


 (えっ? 今のあれスルーなの?)


 お婆さんはルーペから目を離さずに振り向かないで返事をする。


 「あんた達、あまり人前で魔法を使うんじゃないよ」

 「はい…… あ!」

 「何だい、見せちまったのかい?」

 「あ、うん、鍛冶屋の工房で……」


 お婆さんはやれやれという感じでこちらへ振り返り、ため息を吐いた。


 「まあ、あのオヤジだったら心配無いさ。あ! そう言えば、あいつが神剣を買ったとかいう二人組って」

 「あ、それ俺達です」

 「あまり目立つ事はしないでおくれ。あたしにゃ関係無いとはいえ、多少知り会っちまったモンがしょっ引かれるのは寝覚が悪いからね」

 「魔法が使えると捉まっちゃうんですか?」

 「犯罪者みたいに逮捕される訳じゃないんだが、強制徴兵されちまうよ」

 「俺達この国の人間じゃ無いんだけど」

 「関係ないやね、無理やり連れて行かれて呪具で縛られて死ぬまで扱き使われるよ。帰って来た者は居ないんだ。あたしの子もね」


 ここは想像よりも酷い世界なのかも知れない。

 ユウキとアキラのストレージは、魔法と言うより四次元の拡張ツールだし、ツールを使わない二人自身の能力と言ったら、エネルギーの流れを目視してちょこっと弄る事も出来る程度だ。

 それを使って出来る事と言ったら、隠しカメラや盗聴器を見付けたり無効化したり、人の具合の悪い部分を治してあげたり出来るという程度。

 最も、治すだけじゃなくて逆に不調にしてしまう事も出来るといえば出来るのだが。


 そんな話に成って、しんみりしてしまい、沈黙が続いていたのだが、お婆さんは何かに気が付いららしく、鑑定作業をしていた頭骨から急に手を離し椅子を立った。


 「ちょっと、お前さん達何を持って来た? 何か居るよ!」


 豪角熊の頭骨は机の上で小刻みにブルブル震えている。

 中に何か入っているのだろうか、脳みそは入ったままだとは思うのだが……


 「あ、もしかしたら駆除しきれていなかったのかも」

 「駆除? 何の話だい?」

 「脳が入ったままだから、もしかしたら入り込んでいたのかも」

 「だから、何の話だよ!」

 「スライム」

 「スライム?」

 「あ、ブロブって言うんだっけ?」

 「ブロブだってー!!」


 お婆さんはギャーと叫ぶと、壁際迄飛び退き、震える指で頭骨を指差しながら叫んだ。

 ブロブは生命反応が弱く、二人の目を持ってしても余程注意深く観察しないとその存在に気付き難い。


 「なんて物を持ち込んでくれる! 終わりだ! 終わりだよ!」


 お婆さんの取り乱し様に二人はポカーンとしてしまった。


 「駆除すれば良いだけじゃない」

 「ブロブは駆除なんて出来ないよ! こいつが出た村は滅ぶんだよ!」


 ユウキはククリを取り出すと、豪角熊の頭骨の側頭部をスライスする様に切断した。

 鍛冶屋での聖剣騒ぎの後に気が付いたのだけど、道具類も世界を行ったり来たりする度に少しずつエネルギーを蓄えるみたいだ。

 それをユウキ達が持つ事によって、体から道具へエネルギーを流す事も出来るみたいで、あの異常な切れ味はそのせいなんじゃないかとアキラは推測していた。

 ユウキはアキラにそれを聞いて、手に持ったククリに手からブレードへ掛けてエネルギーを流すイメージで刃を豪角熊の頭骨へ当てた。

 ユウキが持ったククリは、まるで包丁のデモンストレーションのトマトの薄切りの時みたいに容易く頭骨をスライスした。

 それを見て、お婆さんは驚いていた。


 「頭蓋骨は未だ切られた事に気が付いておりません」

 「何よそれ」


 その切断口から悪臭を放ちながら粘液状の嘔吐物の如きブロブがずるりと這い出し、机の上から床へベシャリと落ちた。

 お婆さんの顔は血の気を失い、白くなっている。


 ユウキはストレージから消石灰の袋を取り出すと、粉をブロブとその這った跡、それと頭骨の内部に撒いた。

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