第14話 飲み会

 二人は鷲の台駅まで戻らずに、一つ手前の愛ヶ丘駅で降りて優輝のアパートへ寄る事にした。


 「へえ、神田君のアパートここなんだ」

 「ボロアパートですが、どうぞお上がりください」

 「お邪魔しまーす」


 部屋は、古い木造家屋特有の匂いがした。

 あきらは、こういう匂いは嫌いじゃないと思った。何だか田舎の祖父の家へ遊びに行った時の様な気がしたから。


 「散らかっているけど、適当にその辺に座って。今コーヒー淹れます。インスタントだけど」


 部屋は畳で、あきらは足を投げ出して座った。


 「でね、私なりにゲートの開く条件を考えて、仮説を立ててみたわけよ」

 「ブレーキ音というか、あの周波数の音が関係あるのかな?」

 「多分、それが切っ掛けだとは思うのだけど、ゲートの位置は固定では無くて神田君の居る場所」

 「じゃあ、鷲の台駅はホームの端で無くとも良い訳か」

 「多分、あのブレーキ音に類似の音が、あの周波数そしてある一定の大きさで聞こえる必要があるの。そして、音が空間に干渉して開いている訳では無くて、神田君が聞く事により脳内回路に作用してゲートを開く能力を発動するキーに成っているんだわ」


 「ん? でもまてよ、帰りはあの音無しでゲートが開いているんだけど」

 「それなんだけど、まだ仮説段階だからあちこち穴だらけかもしれないのだけど、一つ目の仮説は、一度開いた場所は同じ時間サイクルで何度でも開いたり閉じたりを繰り返している。二、一度開いた場所は、一旦閉じたと思っても痕跡はずっと残っていて、神田君が開けると思えば反対側からでも開ける。三、神田君が同じ場所同じ時間同じ切っ掛けで開くと思い込んでいるだけで実はその三つの要素は必須ではない」

 「はい、一つ目は他の人がゲートを通ってしまったという話は無いみたいなので違うと思う」


 優輝が手を上げて意見を述べた。


 「そうね、私もこれは無いと思う。二つ目の説は、だったらいつでも開けちゃう事に成るけど、神田君が時間の縛りが有ると思い込んでいた可能性もあるので保留。でも私は三番目説ね」

 「だとしたらあの音を録音して持って行けば、どこでもゲートを開く事が出来るんじゃないかな?」

 「その可能性はあるわ。その三つの要素の内本当に必要なのは二つなのか、もしかしたら一つかもしれないし、実はそれすら思い込みで本当は何も無くても自由自在に開ける可能性も無くは無い」

 「ただ、開き易い場所開き難い場所は在るのかも知れないですね」

 「追々検証して行きましょう」


 二人は夜遅くまで色々な仮説を立て、話し合った。


 「あ、もうこんな時間だ。あきら先輩、泊っていきます?」

 「んー、どうしようかなー、なんてね。一旦帰るわ」

 「アパートに誰か待ち伏せているかもしれませんよ?」

 「大丈夫大丈夫、あの強盗みたいにやっつけちゃうから」

 「出来るからって本当に油断しないでくださいよ。武道の有段者だって殺されちゃう事が有るんですから。それじゃ、駅まで送らせてください」

 「ありがとう」




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「じゃあ、また明日、10時頃にアパートまで迎えに行きます」

 「また明日ね」


 あきらは鷲の台駅で下車し、自分のアパートへ向かって歩き始めた。

 途中コンビニに寄って夜食を買い、再び歩き始めると後ろを着かず離れず付けて来る者が居る事に気が付いた。

 ここで普通の女の子なら恐怖に駆られて身が竦むとか、悲鳴を上げるとかするのだろうけど、そうは成らなかった。


 一般的に女性は男性より腕力で劣るから、暴力を振るわれれば抗え無いと思うが故に怖いと感じてしまうのだ。

 しかし、今のあきらは劣るどころか逆に圧倒している自信が有る。

 それは、腕力では無く、能力。圧倒的な能力故に彼女は恐怖を感じる事が無い、いや出来なかった。


 あきらは唐突に走り出した。

 人気ひとけの無い方へ走る。尾行していた男は、これ幸いと追跡を開始する。

 あきらは、スマホを取り出し、110番へ通報する。

 しかしそれは、恐怖からの行動では無かった。


 人目の届かない資材置き場の一角へ入ると、そこは行き止まりに成っている。

 男はそれを確認すると、退路を塞ぐ様に足を止め、余裕の表情で舌なめずりしながら行き止まりの奥で立ち尽くすあきらへ向かってゆっくりと歩き出した。

 しかし男は勘違いをしていたのだ。意図的にここへ誘い込まれた事に気付かなかった。


 あきらまで後数歩という距離まで来た時、男は急に前のめりに倒れた。右の腿を抱えて蹲っている。

 あきらは、その男の脇をすり抜け、資材置き場の入り口まで来ると大声を出して助けを求めた。


 「キャー!! 助けて―! 誰か―!!」


 予め通報して呼んでおいた警察官があきらに気が付いて直ぐに走り寄って来る。

 事情を話すと、警官は奥で倒れて呻いている男に手錠を掛け、連行して行った。

 今度も側を通る時に神経は元通りにしておいた。


 前の時と違うのは、接続を切ったのではなく、腿の外側に伸びる神経に過大な信号を流してやった事だ。

 男はいきなり訪れた強烈な激痛により倒れ込んでしまったという訳だ。脚が千切れ飛んだかと思う程の激痛を味わった事だろう。


 あきらは、この能力を徐々に使い熟し始めていた。


 アパートへ着き、ドアを開けると、少し異変を感じた。

 先ほどの事件で少し興奮しているのかもしれないと最初は思った。

 しかし、何がと言われると上手く説明は出来ないのだけど、鋭敏になった感覚で何かを感じ取ったのかもしれない。


 部屋の電気を点ける前に、部屋の中を凝視すると、ブレーカーからコンセントまでの屋内配線、そしてその先の電化製品迄のラインが光って見える。

 もっと良く目を凝らすと、電池で動いている機器も薄ぼんやりと光って見えた。

 目覚まし時計やテレビのリモコン等が淡く光っている。


 それとは別に不自然な場所で光っている場所が幾つか在った。

 電波を発している機器は、その周辺に光る靄の様な物を纏っている様に見える。

 カーテンレールの上、エアコンの吹き出し口の中、頭上のシーリングライトの中、壁コンセントの中、冷蔵庫裏の電源タップ、ベッドの裏、電池式や外部電源式等取り交ぜて計六つ。それらを取り外す事は敢えてせず、指先を触れると電波の発信を一つ一つ止めて行く。


 あきらは、室内の明かりを点けると、スマホに着信がある事に気付き、メッセージを確認した。送信主は優輝だった。


 「やっぱり何か遭ったみたいですね」

 「分かっちゃうか。私達、一心同体みたいなものだもんね。心配ありがとう。でも全部何とか成りました」

 「そうですか、安心しました」


 優輝とあきらの共感覚は、魂が融合した結果の産物なのだが、今何か困っているなとか怒っているな程度の感情の揺らぎが遠隔で分かる程度で、実際に何が起こっているのかまでは分からないものだった。

 だから優輝はあきらが何か困る状況に遭遇しているのではないかと感じ取り、メッセージを送ったのだ。

 通常では、困っているのに『大丈夫です』『解決しました』なんて言われたら、余計に心配に成りそうなものだが、あきらの感情が落ち着いた状態に戻ったので優輝は素直にその言葉を信じたのだった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「あきらさーん! 今朝のニュースで見ましたよ! 大丈夫ですか!?」

 「久堂さん、危なかったね!」

 「通り魔だったんですか? 怖い!」


 登校すると、学部中今朝のニュースの話題で持ち切りだった。

 医学部の研究棟へ優輝の血液検査の結果を受け取りに来たついでに、協力してくれた学生達にお礼を言おうと教室を訪れたら学生達に取り囲まれてしまったのだ。


 「ご心配かけました。通報してくれた人が居て、近くの交番から警官が直ぐに駆け付けてくれたので何事も無く済みました」

 「久堂先輩、ここの所凄く綺麗に成ったって評判だから、悪い奴に狙われちゃったんですね」


 後輩の女子が目をキラキラさせながらそんな事を言って来る。

 魂のエネルギー量、俗に言う徳と言い換えても良いかもしれない。その量が通常の人の4倍とも成れば、魂の格としてのカリスマ性、つまり魅力の方も増えるのかもしれない。

 あきらは自分の容姿を褒められるのは嫌いでは無かったし、悪意を向けられるので無ければ素直に受け入れる方だった。


 「あきらさん、さぞお辛い目に遭われた事でしょう。憂さ晴らしに皆で明日明後日あすあさってにでも飲みに行きませんか? 皆玲あきらさんの話を聞きたいって」

 「うーん、そうねえ、木曜の午後とかなら空いてるわ」

 「よーし、決まり! 木曜の午後に飲み会決定! 店は俺が予約しておきます」


 医学部の先輩の男、優輝の検査の時にちょっと話した事があるだけの男だったが、その彼が音頭を取ってあっさりと飲み会が決定してしまった。

 あきらは、医学部にはこれからもお世話になるかもしれないと思い、もう少し親交を深めておこうかなと思っていたところだったので、彼の申し出を快諾した。

 学生は何かと理由を付けて飲んだり騒いだり(二十歳以上だけ)するものだ。

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