第40話 保護という名の軟禁玉すだれ

 人型の影で歩き回れる様に成ったロデムは、花畑の中を歩き回りながらさっきから一言も話さないユウキを観察して機嫌が悪いのかなと感じていた。

 ユウキはここに来るなりパパッと全ての衣服を脱ぎ棄て、ごろんと大の字に寝転んで先程からぶんむくれなのだ。

 ロデムは何か不機嫌に成る様な事でも有ったのか聞いてみようか聞くまいか暫く考えていたが、やっぱり聞いてみる事にした。


 『ねえユウキ、アキラと何かあったの?』


 ロデムはユウキの寝転んでいる傍まで歩いて行き、隣に腰を掛けてそう声を掛けた。

 その問いにユウキはがばっと身を起こし、聞いてくれと言わんばかりに話し出した。


 男の優輝はそれ程口数が多い方では無いのだが、女に成ると無限に言葉が出て来る感覚にアキラ自身驚いていた。きっとそれは脳構造の違いなのかもしれない。

 その湧き出る言葉に載せて、今さっき起こった事、不満、愚痴、自分の気持ちを思うがままに吐き出した。


 ノイズ情報が多く含まれていて情報を整理する必要が有ったが、ユウキの言葉を要約するとおおむね次の様な事を言っている様だ。

 鷲の台駅で正体不明の男達に取り囲まれた。不愉快だった。

 実はその男達は内閣情報調査室の職員だった。びっくりした。

 彼らはあきらを保護するためにやって来たと言った。保護じゃなくて拉致だろ。

 彼らの用があるのはあきらだけだったので、優輝には帰れと言われた。むかつく。

 優輝はあきらと一緒に行く事を望んだが、彼らはそれを認めなかった。むかつく。

 あきらも一人で行く事を望んだ為、優輝は一人で帰らざるを得なかった。納得出来ない。

 優輝は今ここに一人で帰って来て不満が爆発している。むかつく。


 『と、いう事だね』

 「そーなんだよー! 何であきらは一人で行くって言っちゃったんだろう?」


 ユウキは再び大の字に寝転んで不貞腐れている。


 『ボクの考えを言って良い』

 「どうぞ」

 『多分ね、アキラはキミを守ったんだよ』

 「どういう事?」

 『今のユウキの言葉の情報から推察するに、その内閣情報調査室はアキラの能力に気が付いた。だから、国として保護しようとしているんだと思うよ』

 「国に目を付けられた?」


 ユウキは上半身を起こし、ロデムをじっと見つめた。


 『うん、キミ達の能力は、向こうの人間にとっては絶対に欲しいものだよね。そして、他国には渡したくない』

 「俺を返したって事は、俺の事は未だバレてない?」

 『その様だね、だからアキラはキミを返させたんだ』

 「なんとかアキラを取り返せないかな?」

 『うーん、ボクはキミ達の行き来している向こう側の世界の事を良く知らないからね、推測するしかないのだけど、彼らにアキラを保護する必要が無いと思わせられれば良いんじゃないかな』


 「保護する必要が無い、と思わせる…… か」




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 都内のとある邸宅の一室にあきらは居た。

 ここに連れて来られる時に乗せられた車は、外見はごく普通のマイクロバスだが、中は豪華な本革張りソファーの応接セットにミニバーが設えて有った。

 窓は全てカーテンが閉められ、外からは見えない様に成っている。

 今思えばそれは外から中を見られない様にというよりも、中から外が見えない様にしてあった様に思う。何処を走ってこの邸宅へやって来たのかを分からなくするためなのだろう。


 あきらには、この邸宅の中を好きに歩く自由は与えられている。庭にも出る事は出来る。

 しかし、敷地外へ出る事は禁止されていた。

 保護とは言いながら、体の良い軟禁状態だ。


 部屋の窓から庭を眺めていると、ドアがノックされ、三人の男女が入って来た。

 一人は鷲の台駅近くで名刺を渡して来た年配の男で、二人は二十代後半から三十代位に見える男女だ。

 年配の男はあきらをソファーへ座る様に促すと、その横に女性が座りあきらの正面に年配の男、その隣に若い男が座った。

 あきらは、若い方の男に見覚えがある様な気がしたのだが良く思い出せなかった。


 「改めて自己紹介をさせていただこう。私は内閣情報調査室の総務主幹を務めております、麻野と申します。あなたの隣に居る女性は分析官の野木、私の隣がカウンターインテリジェンスの三浦です。


 その名前を聞いてあきらはやっと男の顔を思い出した。大学の研究室に居た男だ。


 「あっ! 確かキサラギ自動車の……」

 「申し訳ありません、あの時は身分を偽っておりました。カウンターインテリジェンス・センターの三浦と申します」


 カウンターインテリジェンス・センターというのは、日本版CIAともいえる組織で、諜報活動等を行う部署だ。

 爽やか笑顔のイケメンがウインクをしてみせた。

 あきらはちょっと好みのタイプかなと思った。

 麻野は、それを見て軽く咳ばらいをし、話を続ける。


 「こんな所へ御呼び立てして申し訳ありません。我々は、あなたの能力について知りたいのです」

 「はぁ、何の事です?」

 「お隠しに成りたい気持ちは分かります。ですが、我々は興味本位でお伺いしている訳ではありません」


 隣に座った野木と紹介された女性が話を続ける。

 そして、テーブルの上に金貨を一枚とガラス管のヒューズを置いた。

 それは、あきらが銀座の買い取り店へ持ち込んだ金貨と大学で作った永久電池の試作品だった。


 「私達はあなたの能力を概ね把握しております。新宿での暴漢の右腕の異変、伊豆ヶ崎駅での身体消失現象、鷲の台での不審者の右足、監視カメラや盗聴器の謎の故障…… この屋敷に仕掛けられている物も全て無効化されていますね。そして、この金貨と電池です。」


 あきらはそれを見て、ソファーの背もたれに体を預けると、目を閉じ深呼吸をして目を開け、正面に座っている男を睨みつけた。


 「私をどうしたいの?」

 「そう身構えないで頂きたい。先程からご説明させて頂いている様に、あなたを害するつもりは無いのです。寧ろあなたを利用しようとする諸々の悪意からあなたを守ろうとしています」

 「私を利用しようとしているのはあなた達も同じではないのかしら?」

 「そんな事は、私達はあくまでも……」

 「いや、広い意味で言えばその通りかもしれない。我々はあくまでも日本の為、そこに住む日本人の為に存在している組織だ。あなたも日本人であるならば、ご理解頂けると有難いのだが」


 野木が否定しようとするのを麻野が制し、認めたうえであきらに協力を求めた。

 確かに言われる通り、彼らの言う事は筋が通っている。要はあきらが彼らを信じる事が出来るか否かの話でしかないのだ。

 いきなり拉致同然に連れて来られて、はいそうですかと云い成りになるのが少し癪なだけで、その一点で反発しているのは自分でも理解している。


 「話は分かりました。少し考える時間を頂けないかしら」

 「分かりました。お考えが纏まる迄、何時迄でもご滞在頂いても構いません。外出は許可出来ませんが、邸内は何処でもご自由に利用できます。売店や温泉も有るので是非ご利用ください。こちらの野木を身の回りの世話係に付けますので、ご要望が有れば何なりとお申し付け下さって結構です」


 「身の回りの世話兼監視って訳ね」


 麻野は少し苦笑いをして、三浦と共に退出して行った。


 「では、私は何時でも隣の部屋に控えておりますので、御用時の際はそこのインターフォンをお使いください。直通に成っております」


 野木もお辞儀をして部屋を出て行った。

 誰も居なくなった事を確認して、あきらは応接セットのテーブルの下に仕掛けられた盗聴器を無効化した。

 それから隣の部屋で電源の入っている受信機もついでに無効化した。

 暫く待っていると、部屋のドアを強くノックする音がしたので開けてみると、ちょっと機嫌の悪い野木が立って居た。


 「あの! 何でもかんでも壊すの止めて頂けますか!?」

 「だってー、盗聴されるの嫌だしー。私の仕業だと分かってるなら何しても無駄なのは分るでしょう?」

 「あの機械高いんですから、勘弁してください! 私が怒られます! あれも税金から出ているんですよ!」

 「わかりました! そんなに怒らないでよ。直せばいいんでしょう?」


 あきらは隣との間の壁を指差し、ちょっと横に振った。


 「受信機の方は直りました。これで良いんでしょう?」

 「えっ? たったそれだけの仕草で?」


 野木は直ぐに自分の部屋へ戻って行き、部屋の中から『直ってる!』という声が聞こえた。

 野木に付いて行って、開けっ放しのドアから隣の部屋中を覗くと、各部屋をモニターする液晶画面が沢山並び、大きな高そうな機器類が並んだコントロールルームに成っている様だった。

 あきらは、ああこれが壊れたら本当に怒られそうだなと思った。

 機器のチェックに夢中に成っていた野木は、部屋の入り口のドアに寄り掛ってその様子を覗いているあきらに気が付いた。


 「ちょっと! この部屋は秘密なんですから覗かないで下さい!」


 野木は、あきらを追い出すとドアを閉めて鍵を掛けた。

 あきらは、廊下で外人みたいに肩を竦めてやれやれといった風なポーズをすると、野木さんって意外とポンコツなのかもと思った。

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