第124話 狸はイヌ科

 「えっ!? あなた達サク国へはもう行って来たの!?」


 コヴォヴィマテリア商会との契約もスムーズに締結し、皆で帰る前にセンギ国内をちょっと観光して行こうという事に成った。

 その道中で、サク国へ行って酷い目に遭った話や森の魔女に会った報告なんかもした。

 ビベランの話でミバル一家が昔住んで居たのは、町の方では無くあのブロブに占領された村の方だったという事が分かった。


 「あの村の奥の小山の上に龍神の祭壇が在ったんだけど、何か分かる?」

 「ああ、あれって龍神の祭壇だったんだ? 子供の頃はあそこで良く遊んでたなー」

 「ワーシュの居るカグ国に在ったのと同じ形だったから間違い無いと思うんだよね」

 「私の居た頃にはもうあれが何の遺跡なのか誰も知らなくて、だけど毎年お祭りみたいな事はやってたよ。今から思うと、あれって生贄の儀式を様式化した様なお祭りだった気がする。だって、縛られた人を御輿に乗せて運んで行くんだよ」

 「なにそれ、まんまじゃん」

 「当時はあの遺跡を管理する人が居たんだけど、そうか、今はそんな事になっちゃってるのね……」

 「それでね、町の方へ行って見たら、いきなり逮捕されそうに成ったよ」

 「ちょっと! 危ない事しないでよ。あの国は今でもそんな事やってるのね」

 「でね、逃げてる最中に森の魔女に会えた」

 「森の奥の街道脇に変な門が在ったでしょう?」

 「そうそれ! 魔法で隠してあったんだけど、ビベラン達は良くアレを見つけられたよね」

 「ん? 普通に見えなかった?」


 ビベランはきょとんとした顔をした。

 どういう事か?

 つまり、人族と獣人族では見えている範囲が違うのだ。

 人間等の哺乳類の祖先は、ネズミの様な小型の夜行性の動物だったと言われているのは以前に話した通り。

 夜行性の動物は、目の網膜の中の光の明暗を感知する杆状体細胞の数が多いのだ。

 網膜の面積は有限なので、進化の過程で暗闇を見るために止む無く色彩を感じる錐状体細胞の数を減らし、その分杆状体細胞を増やしたのだ。

 その為、夜行性の動物の色覚は、大元の恐竜が四原色色覚だったものから半分の二原色色覚に成っている場合が多いそうだ。

 人間の場合はそこからまた昼行性へ戻り、三原色色覚まで取り戻している。

 しかしビベラン達獣人は、古い哺乳類の特徴を持っている為、光の明暗を感知する能力が高いのだろう。


 「つまり、あの時マップの縮尺とかやらなくても、スマホの暗視機能使えば簡単に見つけられたって事?」

 「う、うん、そうかもね。いいじゃん! 見つけられたんだから!」


 更に言えばあの時ロデムに一緒に来てもらえばもっと簡単に見つかったかも知れない。今更だが。


 「それで何か魔法を習得出来たの?」

 「いやー、それが、特に何かと戦う予定も無いのに攻撃魔法覚えても仕様が無いかなーって……」

 「まあ、そうよねー。ふふふ」


 一緒に食事をしながらビベランが笑っている。

 何が楽しいのだろう?


 「変な奴だったでしょう、あいつ」

 「いや、意外と普通だったかな。学者にありがちな、他人よりも自分の興味を優先させちゃう様なタイプみたいだけど」

 「私達一家は、あいつに助けられたんだ。元気にしてたみたいね、良かった」

 「ねえ……」

 「何?」

 「会いに行って見る?」

 「え? 今?」


 無言で頷くユウキとアキラ。

 ビベランも暫し無言だったが、意を決した様に頷き返した。


 「よし! 行こう!」

 「社長、この後の予定も押しているのですが……」


 秘書のアデーラさんがちょっと渋る。


 「ちょっとだけだから、お願い!」

 「仕方ありませんね」

 「あ、ちょっと待って。お土産持って行きたいから」


 ビベランはレストランの店員に、軽食とデザートのテイクアウトを人数分注文した。

 そのお土産を持って、広場の門に設置した入り口からロデム空間へ飛ぶ。


 「ふわぁー、何ここ?」

 「ここはね、私達の拠点なの。向こうに居るのがロデムです。私達の友達」

 「いらっしゃい。ビベランさん、アデーラさん」

 「あら? まだ名乗っていないのに。よろしくお願いしますね、ロデムさん」

 「さあ、皆でサマンサの所へ行こう」


 ユウキが指差した方を見ると、クラシカルで豪華な門だけがお花畑の真ん中にぽつんとオブジェの様に建って居る。

 アキラが門扉の真ん中に付いているノッカーを鳴らすと、扉がギーッと音を立ててこちら側へ開いた。

 中はまた別の空間へ繋がっている様で、花畑と古木の向こう側には大きな池が在り、その中に浮かんでいる島には小さな小屋が建っている。

 ビベランはその景色には見覚えが有った。

 そして、左側の広場の方へ目をやると、一人の黒い服を着た女性が倒れていた。


 「ええー……」


 倒れていたのは、言うまでも無くサマンサだった。

 一体何があったのだろう?

 ユウキ達は直ぐに駆け寄り、咄嗟に抱き起そうとするビベランを制止し動かさない様に言うと、アキラがサマンサの首へ手をやり脈を確認して、鼻へ耳を近づけて呼吸を確認する。


 「大丈夫、生きてはいるけど衰弱が激しい。手足や肋骨の何か所かも骨折しているみたい」


 アキラは患部の神経を宥めて痛みを取り、ユウキは骨折箇所の修復を試みる。

 ロデムは、二人の作業を見守り、ビベランとアデーラはオロオロしている。


 「よし! 体組織の損傷も修復完了。後は安静と、目を覚ましたら栄養と水分補給だ」


 アキラがサマンサをおぶり、家へ運んでベッドに寝かせた。

 部屋の真ん中の丸テーブルに五人は掛けて様子を見る事にした。


 「一体何があったのかしら?」

 「おおかた何かの実験でもしていたんじゃないの?」

 「でもあんな怪我する?」

 『まあ、あれこれ推測しても仕方が無い。目を覚ますのを待とう』


 心配して緊張していたのが一転、ベッドでスヤスヤ寝息を立てているサマンサの呑気な顔を見ていたら、何だかお腹が空いて来てしまった。


 「本当は一緒に食べる積りで買って来たのだけど、私達の分は食べちゃいましょうか」

 「じゃあ、俺達もお土産に買っておいたイチゴのショートケーキを出そう」

 「ちょっと何このお菓子、美味し過ぎるんだけど!」

 「アサ国にはこの手のお菓子は無いの?」

 「帰ったらレシピ教えなさい!」

 「まいどありー」

 「え、有料?……」


 カチャカチャと食器の鳴る音と和気藹々わきあいあいとした人の話し声、そして美味しそうな匂いに、眠っている筈のサマンサはうーんうーんとうなされ始めた。

 そして、くわっと目を見開くと、ユウキ達の方を睨み付け、大声で怒鳴った。


 「ちょっと、あなた達! 何を人んちで勝手に、しかも人の寝ている枕元で宴会しているのよ!!」

 「あ、目を覚ました」

 「サマンサも食べる?」

 「早く来ないと無くなっちゃうよ」


 起きて来たサマンサは、ちょっとふらついては居るがもう何とも無い様だ。

 ユウキの椅子を譲ってもらい、目の前にある料理とお菓子やケーキを貪る様に食う。


 やがてお腹が一杯に成ったサマンサは、やっと落ち着いた様で、そこにビベランが居る事にやっと気が付いた。


 「あら? あなたはたしか……」

 「ビベランよ。十数年前にあなたに助けられたミバル一家の長女」

 「あー、あの時のお嬢ちゃんね。そう言えばミバルさんから手紙貰ったんだったわ。で、あなたも魔法を習いたいの?」

 「そうじゃないの。あの時のお礼を言いたいと思って」

 「お礼? お礼なら帰り際に言ってたじゃないの」

 「私達一族は、一度受けた恩義は一生忘れないのよ」


 どんな恩義かと思ったら、山中の強行軍でへとへとに疲れたミバル一家を三日位庭で寝かせてあげただけだった様だ。

 御飯もちょっと分けてもらったらしいが、その代わり山で獲物を取って来たり水汲みに行かされたりと扱き使われたり、魔法の実験に付き合わされたりもしていたらしい。


 それで恩義を感じるとか、ユウキは『犬か!?』と心の中で突っ込んだが、そう言えば狸はイヌ科だったっけと思った。

 犬は三日飼えば一生恩を忘れない、猫は三日で恩を忘れるとは言うが、獣人もその性質を持っているとしたら……


 「ヤバい、可愛い!」


 思わず声に出た。

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