第197話 雇用需要

 「宗教くせーなーぁ、神にでも成った積りかよ」

 「え? 日本では神様設定だけど?」


 おどけてアキラの背中をバンバンと叩くスーザンに、アキラは知ってる筈でしょと言う様に真顔でそう答えた。

 そうだ、確かそんな設定だったとスーザンは思い出した。日本国のその公式設定のおかげで他国からの会わせろだとか連れて来いだとか、もっと言えば貸せとかよこせとかいう、内外からの政治利用軍事利用させろ等諸々の干渉をのらりくらりと回避していたのだった、という事を思い出していた。


あきらは当時はその特殊能力を持っているただ一人の人間だと思われていた。それは、彼女が優輝の事を隠していたから。

 アメリカがあきらに会う為に、かなりの根回しをして、最新兵器の供与や経済的援助をチラつかせ、最後はフィラデルフィア計画の詳細なデータや極秘の魔法技術との交換条件まで持って来て、やっと取り付けた会談の席で、デクスターとあきらは出会う事が出来たのだ。

 

 彼女は、日本国の『神祇』、つまり神の内の一柱ひとはしらであるので、政治的に干渉は出来ない。だから、外国が日本国政府にどう難癖付けようが脅しを掛けようが無駄な仕組みになっていた。

 神とは、ただそこにあり、敬い、奉り、祈りを捧げるのみの存在だ。もしも怒らせ災厄を降らせようとも甘んじてそれを受け、何かの気紛れで御利益ごりやくという名の恩恵を与えてくれるなら、其れをただそっと受け取るだけなのだから。

 人間の側から干渉も制御コントロールも受け付ける存在では無いのだ。


 いささか都合の良い詭弁に聞こえるだろうが、日本国がそう決めてしまったのだからどうしようも無い。他国がそれを羨み、奪おうとするなら、戦争でも何でも仕掛けて強引に持って行くしか無いだろう。日本国の立場としては『やれるもんならやってみろ』と言うしか無い。尤も、優輝とあきらの事を何人なんぴとも拉致も監禁もする事が不可能なのだから、手の出し様が無い訳なのだが。


 「じゃあ、僕が最初にあなた達に接触出来たのは物凄いラッキーだったんじゃん」

 「ラッキーとか運とかいう言葉で表現しても良いんだけど、それら一連の出来事は既にアカシックレコードには書き込まれていて、その通りに成っているだけなんだよね。出会いは必然なんだよ」

 「出会いは必然かー…… 何かの歌の歌詞に有りそう」

 「そうだね、多分あると思う」


 自分の治療を放って置いて、スーザンとアキラがそんなのんびりとした会話を始めてしまい、女研究員は段々焦りの色を隠せなく成ってきていた。寄生虫の卵はその間にどんどんと孵化し、女の右手を喰っているのだから。


 「何をグズグズしている! 早く! 早く治してくれ!」

 「治してあげるけど、その右手は諦めてもらうよ」

 「そんな…… 手は進行が早いのを知っていて、わざと遅らせたな!?」

 「知らないよそんなの。医者じゃないんだから」

 「ちくしょう…… この後ただで済むとは思うなよ。早くやれ!」


 治療してもらえるだけでも有難いという立場なのにこの態度である。じゃあ治療しないよと言われたら如何するつもりなのだろうか。

 女は医者でも無いのに何故オロの治療法を知っているのか等々問い質そうとしたのだが、そんな押し問答をしている悠長な時間など無い事に直ぐに気が付き、諦めた様にそう言った。


 体内に注入されたオロの卵は、即時に孵化し、ある程度のサイズへ成長するまでその場に留まり、周囲の組織を自ら分泌した酵素で腐らせながら喰う。そして、ある大さにまで成長すると、筋肉の内部を移動し始め、全身に散って行く。もちろん、宿主は直ぐには死なない。中枢神経の中へ入り込んだ虫により、人の群れの中へ戻りたい欲求を刺激され、ふらふらと人の多く居る場所へ誘導されるのだ。人の群れの中へ入った感染者は、徐々に具合が悪く成って行き、やがて死に至るのだが、何故か死んだ後も立って歩き続ける。体内で成長した無数の線虫は、あたかも神経繊維の様に信号をやり取りし、そして筋肉の内部で収縮運動を行い死体を動かす。体が腐り溶けて原型を留めなくなっても動き続ける。

 そして、ここからがオロの生態の第二段階なのだ。宿主の体内に溢れかえる程に増えた虫は、新たな宿主を捕らえる為に徘徊する様に成る。腐敗し、黒く変色し、溶け、本来の姿を保てなくなってもなお動き続ける。その動物の体は、黒い異形の物体としか見えない。それが歩き這い回り、呪詛を振りまきながら徘徊する姿はおぞましいという形容以外思い付かないだろう。

 水中の卵から水生生物へ、それが陸上へ上がって動物の中へ入り、動物から動物へ感染し広がる。そして、宿主の身体が食いつくされる頃には再び水場へ戻り、水中に卵をばら撒く、というサイクルで宿主を次々と変えながら繁殖して行く恐るべき寄生生物なのだ。

 珍しい生態だが、こういった複数の宿主を渡り歩く寄生虫は居るし、宿主を操って動かす寄生虫もいるのだ。

 ただ、オロが恐ろしいのは、陸上の第二段階から発する呪詛攻撃だろう。この女研究員は、卵を直接陸上生物へ注入する事により、最初から第二段階状態を人工的に作り出し、兵器として使用する研究をしていたのだった。


 そんな人間を助けると言うアキラをスーザンは甘い奴だなとは最初は思ったのだが、生かせばこのまま罪を重ね続ける事が分かっていて、来生にはもっと重い罰が課される事を知りながら生かそうとするアキラは、はたして優しいと言えるのだろうか?


 「本気で罰を与えるつもりなら、人間の記憶を持たせたまま、虫に堕とすという方法も有るんだけどね」


 それは、以前にロデムがやった方法だ。実はアキラにはそこまで高度な事は出来ない。ちょっと悪戯心で言ってみただけなのだ。

 スーザンはそんな残酷な事を平然と言うアキラに、体の芯にぞくっとする様な感覚を覚えた。


 アキラは、女の了承を得て、右腕の痛覚を遮断し、寄生虫に浸食された右腕を肘から先の辺りで切断し、細胞を操作して出血を止め、皮膚を再生させた。切り落とした右手は、直ぐ様スーザンが焼却した。

 女研究員は、不思議そうに無くなった自分の右手を眺めていたが、沸々と怒りが沸いて来た様で、急に叫んで暴れ出した。しかし、ユウキに直ぐ様取り押さえられ、拡張空間の牢の中へ放り込まれたのだった。


 「この奴隷の子達はどうしよう? このままここへ放置する訳にもいかないし」

 「そうだなぁ、自分達の国へ返してあげるのが順当だとは思うけど……」


 子供達へどうしたいか聞いてみた。子供達の気持ちが最優先だからだ。


 「私達の国はもう無い。大人達はみんな親も知り合いも全部殺された。家も土地も取られた」

 「子供が奴隷になっている時点で、きっとそうなんだろうなとは思っていたけれど、帰る所も知り合いも無くなっているとなると、どうしようか?」

 「あそこへ連れて行く?」

 「あそこは駄目でしょ!」

 「あそこってどこです? ああ、あの村か。駄目でしょ」

 「だよねー」

 「どこか、仕事が有って食うに困らなくて、安全な所は無いかなー……」

 「あ」

 「あった」


 ユウキとアキラが言ったあそことは、例の白黒エルフ達の新村の事である。アリエルも直ぐに気が付いて否定した。スーザンも同意した。

 どこかに労働力を必要としていて、安全に暮らせる土地は無い物だろうか。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「と、いう訳で、この子達を雇って欲しいんだけど」

 「はあ? 何だい藪から棒に」


 そんな胡乱な目付きで子供達を見るのは、ミバルお婆さんだ。アキラは、『ああ、最初に会った時にはこんな顔つきしてたな』と思った。ただそれは、決して意地悪からではなく、ただ困っているからといって無暗に助けない、相手の資質を見極めようとする商人の目つきなのだった。


 子供達を連れて来たのは、ノグリ実験農場。オーノ商会主のオーノヒロミと、ミバル商会からは商会長のミバルお婆さんとビベランにも来てもらっている。


 「私の所は、稲作を始めるにあたって人手不足なので幾らでも雇いますよ」


 そう言って一番に手を上げたのは、オーノヒロミさんだった。


 「ちょっと待った、俺の所ももうすぐ始まる刈り入れに人手は欲しいぜ」

 「私の所の女性部で始める商売だって人は欲しいんだけど」


 ノグリとビベランも手を上げた。言葉も分からない外国の子だけど、需要が有って良かった。聞くと、子供だから直ぐに言葉は覚えるだろうとのこと。それに、子供の内から仕込めば何年か後にはこちらが指示を出さなくても動ける重要な戦力に成るだろうとも言っていた。


 「じゃあ、女の子は、ビベランの所へ。残りはオーノさんの所って事で」

 「俺の希望は無視かい!」


 ノグリは拗ねた。

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